第5話:埋め尽くされるパズル
第5話:埋め尽くされるパズル
「寄生」が始まってから、季節は一巡した。
佐藤家は、高田邸という巨大な有機体の中で、もはや欠かせない臓器のように機能していた。
父・誠は雷斗の「影」として、不倫の密会から裏取引の送迎までを完璧にこなし、今や雷斗が「佐藤さんがいないと外に出られない」と口にするほどの信頼を得ている。姉・美咲は豊の精神的な支えとなり、るかと健一の間には、秘密を共有する者特有の、危うくも強固な連帯が生まれていた。
そして健一は、地下室で静かに次の「一手」を待っていた。
「……そろそろ、母さんの番だ」
映像記憶のノートには、高田家の最後の欠落が記されている。それは、長年この家を支えてきた古参の家政婦・近藤さんの限界だった。
その日の午後、健一はリビングで、かよ夫人が電話口で困惑している声を耳にした。
「……ええ、そうなの。近藤さんが階段で腰をやってしまって。お医者様からは長期の安静が必要だって言われたらしいのよ。あの方に代わる人なんて、そう簡単に見つからないわ……。明日のパーティーの準備も、豊の食事もどうすればいいの」
受話器を置いたかよ夫人の肩は、心なしか小さく見えた。贅沢に慣れきった彼女にとって、実務を完璧にこなす家政婦の不在は、城の石垣が崩れるに等しい非常事態だった。
健一は、さりげなく、しかし流れるような所作でお茶を差し出した。
「奥様、お疲れのようですね。……近藤さんのこと、伺ってしまいました。大変ですね」
「そうなのよ、佐藤先生。新しい人を雇うにしても、今の時代、誰を信じていいか分からなくて。主人の仕事柄、プライバシーも守らなきゃいけないし……」
健一は、わずかに目を伏せて、ためらうような芝居を打った。
「……実は、母のことなのですが」
「母は若い頃、一流ホテルの客室部門で働いておりました。今は父の隠居に付き合って家で燻っておりますが、掃除と料理に関しては、息子である僕が引くほどの完璧主義者でして」
健一のプレゼンテーションは完璧だった。
「もし、新しい方が見つかるまでの『繋ぎ』でよろしければ、一度母を試してみませんか? 父もこちらでお世話になっておりますし、身元は……これ以上なく明らかですから」
翌日、地下から這い出してきた母・**よし江(仮)**は、地上の光を眩しそうに浴びながら、高田邸の玄関に立った。
彼女の武器は、健一から共有された「高田家の好み」の完全データだ。
雷斗が好む、アイロンの効きすぎたワイシャツの襟。
かよ夫人が愛飲している、特定の温度で淹れたオーガニック・ティー。
豊が食べ残さない、細かく刻んだ野菜入りのハンバーグ。
よし江が働き始めてわずか三日。かよ夫人は感嘆の声を上げた。
「佐藤さん……あなた、魔法使いみたいね。近藤さんには申し訳ないけれど、あなたの方がずっと家のことを分かってくれている気がするわ」
一週間後、近藤さんは正式に引退し、よし江が「住み込みの家政婦」として正式に採用された。
これで、高田邸の主要な機能はすべて佐藤家によって占拠されたことになる。
移動(車): 父・誠
教育(子供): 健一・美咲
生活(家事): 母・よし江
休息(地下): 佐藤家全員
深夜。家族四人は、かつてのボロアパートからは想像もできないほど豪華な地下室に集まり、静かに乾杯した。
「……ついに、やったな」
父の言葉に、母と姉が微笑む。しかし、健一だけはモニターに映し出される、リビングで一人酒を飲む雷斗の姿を無表情で見つめていた。
5. 歪んだ祝杯
「健一、これで私たちの勝ちね」
美咲が隣で囁いた。しかし、健一はノートを閉じ、冷たく言い放った。
「勝ち? いや、まだだ。僕たちはまだ『使われている側』に過ぎない」
健一の視線は、モニターの隅に映るるかの部屋へと向かった。
るかは、天井の監視カメラに向かって、まるで健一が見ていることを知っているかのように、妖艶に微笑みながら中指を立てていた。
「この家には、まだ僕たち以外の『怪物』が潜んでいる。……次は、高田家の血を入れ替える番だ」
一年前、単なる「住居侵入」から始まった物語は、一つの家族を丸ごと乗っ取り、血肉を入れ替える**「完全寄生」**の最終段階へと突入しようとしていた。




