―開― 09:97の國 野営訓練開始
エニフは士官学校に来てからも絶えず考え続けていた。戦争は終わった。大勢の犠牲を払ったというが、その顛末というのはお粗末な記録しか残っていない。
座学の授業中、必死に聞いているのにまったく理解できないという表情のニアナを見る。彼女はもうすぐ実施される野営訓練において、間違いなく足手まといになる。とにかく物覚えが悪い。そんな彼女とはまったく正反対に、寡黙なまま教官の説明を聞いているリシウスはなにを考えているかさっぱりわからない。座学も実技もどちらも好成績ではあったが、とにかく喧嘩っ早い。
ナナミは欠伸をしながらほぼ聞き流している状態であった。他の面々は内心などわからないがそれぞれ真面目に聞いている。……戦う敵が、もういないはずなのに。
資源の奪い合いは確かに各地で起こっている。そのために軍が動いていることも理解はしている。数年前まではテラスト連合国の紛争地で正体不明のマギナ『死神ジョン・ドゥ』が暴れまわっていたらしいが、しょせんは噂だ。
国に戻って正式に軍に入ったとして、エニフはどうするべきか迷っている部分がある。国の、民のために尽くすのは当然ではあるが資源問題をなんとかしなければ永劫に続くことになるのだ、争いは。
食堂での食事は、エニフ、ナシラ、ナナミの三人でとることが多くなった。エニフは誰とでも仲良くなっていたが、ナナミが問題児の一人であるため同じ士官生たちからは距離をとられているようだった。箸の使い方はまだ不格好ではあったが、使えるようになると便利なことにエニフは驚いた。
米の一粒まで食べられるので、最近は丼ものを食べることが多い。ナシラは慣れないようでいつものようにナイフとフォークを使っている。
「ここに居る者のほとんどは、国に戻って軍に所属するのだろうな」
「あー、まあそうだろうな」
「ナナミもかい?」
「おれ?」
かつ丼を頬張っていたナナミは少し思案顔になる。
「そうじゃねーの。スコアクラスの高いやつらは、間違いなくそっちに引き抜かれるだろーし」
あまりにもあっさりとした口調に、エニフは少し呆れてしまう。
「ナナミも成績はいいだろう?」
「おれは出世とか興味ないしなー。ま、貴族でもねーから関係ねーけど」
その点に関しても、エニフは問題視していた。階級社会とはいえ、能力のある者を評価しないのは軍の中でも同じだ。平民はよほどの戦果を出さなければ出世はしない。そして今は戦争がない。低い階級のまま使い続けられるということだ。
明らかに突出しているニアナとリシウスもそうだろう。
「表情暗いな~。なに、野営訓練そろそろだから心配? おれは心配~。だってキャンプってわけでもないし」
憂鬱そうなナナミは、ナシラを見る。
「虫とかすっごくいるけど、ナシラは大丈夫なん?」
「……我慢するわよ」
士官学校に来た以上は、その程度は我慢しなければならない。実際にナシラもまた、この一年を終えたら軍に属する予定なのだ。貴族の跡取り以外は軍に入ることのほうが多い。だが女性はわざわざ軍に入らなくてもいい。しかしその事情をあえて踏み込んでまで知ろうとする必要はない。ここに居る者たちは一年ののち、それぞれの道を歩くのだ。交わることがあるかもしれないが、それは未来の話である。
「組み分けどうなんのかね~。おれ、エニフとがいいな~。楽そうだし」
「あなたねえ!」
「ナシラだって一緒がいいっしょ? ん-、でも十四人だし、五人と四人で分かれる感じかな」
確かに妥当だと思える人数だった。それに単純な野営訓練ならばハンドラーでもラヴァーズでも関係ない。エニフは誰と組もうが全力を尽くせばいいと思っていた。
だが、予想とはまったく違う班分けに教室内が静まり返った。
「では最後の班は、リシウスとニアナの二名」
教室の者たちの視線が二人に集まる。これは明らかにおかしい。二人を除いて班は四人で構成されている。さすがにナナミもぽかんと口を開けていた。
「きょ、教官!」
エニフが見かねて挙手をした。教官の女性が発言を許可する。
「リシウスとニアナの二人だけというのは問題だと思うのですが」
「きちんと彼らの成績から割り出した組み分けだ」
座学、体力面で最下位のニアナと、最高位のリシウス。確かにこの二人が同じ班になるのはいいだろうが、たった二人というのが問題なのである。
「やめとけ、エニフ」
トーが舌打ち混じりに嗤う。
「どっちも足手まといなんだ。放っておけよ」
その言動からは明らかにニアナとリシウスへの軽蔑が含まれていた。確かにトーからしてみれば気に入らない相手ではある。実技ではニアナに劣り、少しでもニアナに声を荒げればリシウスが容赦なく攻撃してくる。教室内に反対の声は挙がらなかった。二人は協調性がなく、組む方が大変だと誰もが思っていたのだ。
「なにか意見があるか、リシウス、ニアナ」
教官の冷ややかな眼差しに軽く喉を引きつらせて視線を逸らすニアナとは違い、リシウスは静かに「ありません」と応じた。




