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―開― 08:97の國 二人の関係


「ひどい。ひどい」

 殴られたほうの頬にガーゼをしているナナミの訴えに、ニアナが肩をすくめる。昨日から一夜明けても、当たり前だが傷は簡単には治らない。

 リシウスに殴られ蹴られの面々はそれぞれ痛みを(こら)えながら午前中の座学を受け終わり、昼食のために移動する前だった。

 懲りないナナミが勇敢にも声をかけていたが、リシウスは無反応のままニアナを見ている。移動待ちのようだ。


「なんでアンタそんなに狂暴なんだよ~。女みたいな顔してるのにさ~」


 わざとか? と室内でナナミが視線を集めたが、リシウスは反応しない。本当に人形のようだ。


「いや、え、えっと、普段はあんなのじゃない、んだよっ、リシウス」

「そーなの? でもおれが見た限りだと、ひと月に一度は誰かをボコボコにしてない?」

 一年は二十四分割されており、一ヵ月はおおよそ十五日。

 つまり、その日数で一度は彼にぼろ雑巾なみにされる者がいるということに、ニアナが苦い表情をする。否定ができないのだから仕方がない。そしてリシウスが暴力を振るう原因はすべてニアナとなっている。


 昨日の騒動とて、トーがニアナの言動に苛立って八つ当たりをしたのが問題であった。ナナミはリシウスを止めようとはしなかったが、巻き添えで殴られてしまったのだ。


「ご、ごご、ごめん、ね」

 委縮して謝罪をするニアナだったが、ふーんとナナミは声を出す。

「ニアナって、おれたちの名前憶えてない感じ?」

「っ」

 ぎくりとしたように彼女が青ざめてナナミを見上げた。リシウスの視線がそこで、ナナミへと移動する。「やば」と言って慌てて教室から出ていく者がいた。

「ご、ごめ、なさ……わ、わたっ、わたし、お話、するのっ、へた、へたくそ、で」

「そんなの気にしなくていーのに」

 にかっと笑うナナミにニアナが安堵したように不器用な笑みを返す。明らかな愛想笑いだった。




 やり取りを眺めていたエニフにナシラが近づく。

「エニフ、よければ昼食一緒に……」

「え? ああ、いいとも。ナナミも呼ぼう」

 そう言うと少し残念そうに(うなず)かれたが、エニフはリシウスによってできた青痣のある部分の痛みのほうに気が向いていてそれどころではない。


 ナシラは呆れたような視線をリシウスたちに向けた。

「すごい過保護よね、彼」

「ナシラもそう思うかい?」

「ええ。ナナミは恋人じゃないかって言っていたけれど、そうは思えないわ」

 今だってそんな雰囲気が微塵も感じられない。


「ナナミはなぜああなのかしら。リシウスに近づくなと散々言われたと聞いたけれど」

「野営訓練があるからだろう」

 積極的に親睦を深めようとするナナミの行動は、もうすぐある大規模な野外訓練のためだと踏んでいた。四つの班に分かれて野営をしながらの訓練までするとは、士官学校らしい。ハンドラーの士官学校に行った貴族はそれなりに(はく)が付くのは、この野営訓練があるからだ。

 連携も考慮されることもあり、マギナは使わないがかなり厳しいものだというのは有名だった。


「あの、エニフは帰国したら軍人になるの?」

「……オレはそのつもりだ。今は停戦協定があるけれど、跡取りではないから」

「わ、私も。末っ子っていうのもあるけれど、家門に少しは貢献したいと思っていて……」

 髪の毛の先を指で弄っていたナシラが、エニフが少し顔をしかめているのでそちらを見遣る。ニアナが身を縮こまらせてナナミの応対に困り果てている。不思議になった。困っている彼女をリシウスが助ける様子がない。


 そこで気づく。


 これまでのリシウスは、ニアナへの危害が加わったらすぐさま反応をしていたが今は違う。なんの違いだろうかと怪訝(けげん)そうにしていると、エニフが思慮深く(うなず)いた。


「保護者ではない」


 あんなものが、保護者であってはならないだろう。故郷の両親を思い出しても、リシウスの態度は異常に見えた。

 エニフの中に芽生えたリシウスへの警戒心が、彼の横顔を見ていると膨れ上がる。ナナミの言う通りにハンドラーであったならば、自分たちを凌駕するのではないだろうか。人並外れた美貌を持っているのに感情の揺らぎを一切見せない徹底ぶり。アイス・ドォルとせせら笑われても些末(さまつ)だと思うどころか、そもそも耳にも入れていない様子だ。


 なにを考えているのかもわからず、表情も変わらない。人間のふりをした人形と言われても疑う者はいないと思わせるほどに。

 リシウスの瞳にはニアナに対する感情がなにも浮かんでいない。人間から感情を奪えばこうなるという見本のような男なのだ。


「ナナミもいい加減にしたらいいのに」


 ナシラの言葉に我に返る。そして改めてナナミを呼ぶと、彼は機嫌よく「りょーかい!」と明るく笑ったあと、殴られた頬の痛みに顔をしかめた。



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