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―開― 04:97の國 実技授業開始


「なーなー」


 馴れ馴れしい呼び声に、眼帯の少年は反応しない。ハンドラー候補生は二組に分けられ、今は前半の者たちが用意された練習機のマギナに初めて乗り込むところだった。

 巨人を模したマシン。マギナと呼ばれるそれが兵器として扱われ始めた記録は正確に残っていない。それこそ、世界をウラノメトリアが占めてから後の時代のものであるため、人が創り出したものであっても細かい部分まではたとえ技術者であってもすべてを把握はできていない。


 なにせ、動かすための『動力』が人間なのだ。


 ラヴァーズ候補生は女性がなることが多いため、少ない男性の一人である彼は初日からずっと目立っていた。そしてその彼に図々しく声をかけていたのは、整列して立っている漆黒の髪の少年だった。

 微動だにしない眼帯の少年には早速、『アイス・ドォル』という揶揄(やゆ)の名がつけられてしまっていたが、それを体現するような態度はまったく変わらない。彼の視線は同じ国から来た少女の一挙一動だけに向かっている。


「そんなに熱烈に見つめなくても今は授業中だ。なにも起こらねぇよ」


 とうとう列から離れて、亜麻色の髪の彼に近づいて来た。他のラヴァーズ候補生たちが一斉に距離をとる。

「ふつうは自己紹介とかするもんじゃねえの? 士官学校ってこうなのかねぇ」

 なあ? と顔を覗き込むが、深紅の軍服の彼は瞬きこそすれ、完全に無視を決め込んでいた。本日の座学の授業でも彼は置き人形のように動くことはなかった。瞬きをしているから人形ではないと確認できるだけだ。


「おれ、ナナミ。軍事力がアンタの国の足元にも及ばないから、仲良くしたいっつーか」


 にこにことしたままそう伝えるが、無視をされ続けて彼は小さく笑う。

「ってーのは、ウソ。アンタの国がうちの国を一応守護してくれてるのは、さすがに知ってるし」

 大胆な発言に驚く者もいたが、前半の者たちが教官にあれこれを指示をされているので黙って彼らの動向を見る羽目になっていた。



 97の國は小さな島国だ。領土があまりにも狭い。だが純度の高い鉱石が採れる貴重な場所でもある。三百年前の戦争の時に、この国はテラスト連合国とある締結をしたという話は有名だった。有事の際にはテラスト連合国が応戦するという、明言されていない暗黙のもの。

 四方を海に囲まれている97の國は、他の国よりは多少なりとも安全とされていた。むやみやたらと資源の奪い合いが起こらないというのが大きな理由であった。

 だからこの国がどこかの国によって襲撃を受けるなど、ほぼありえないと考えられている。採掘の技術は開示されておらず、尚且つこの国の人間は口が堅い。裏切者を許さず、国益を貪ろうとする者は民衆によって私刑を受ける羽目になる。貧富の差はあっても、きちんと統制のとれている国なのである。

 

「おれはフツーにアンタに興味があるんだよ。あっちの女の子より、アンタのほうがよっぽどハンドラー向きじゃん」


 いい加減に諦めればいいのに、彼はさらに距離を縮めた。ラヴァーズ候補生の誰かが「ひ」と声をあげる。

「アンタが乗ればいいじゃん、マギナに。女の子に戦わせるなんて、五大国の一つの名が廃るんじゃねぇの?」


 一瞬だった。


 訓練場の金網の床に、黄褐色の軍服の少年が頭を叩きつけられていた。網の鳴る音が鈍く響いたのは、その光景が認識できてからだった。

 足を払われて(かし)いだその反動を利用して、斜め上から抑えつけるように床へと少年の頭蓋をぶつけた彼は、いつもと同じ表情のままで囁く。


「ボクと彼女に近づくな」


「痛っ、つ……ひでぇな」

 そう返した途端に、床に倒れ込んだ彼の腹部が蹴り上げられて「げっ」と(うめ)き声が洩れた。その凄まじい蹴りに、様子を見ていた者たちが真っ青になっている。見た目の繊細さとは真逆な乱暴さと狂暴さに、絶句するしかなかった。


「近づくな」


 再度そう言い放ち、何事もなかったように彼は姿勢を正した。足元で呻いて身体(からだ)を曲げている少年には目も遣らない。

 何度も咳き込んでいる少年に気の毒そうな視線ばかり向けるだけで、誰も助けない。教官の人数も少ないこともあり、彼は死角になる場所でうまく事を起こしていた。明らかに場数を踏んでいる者の行動である。


「その見た目で詐欺だろ……いってー……」

 文句を混じらせながらなかなか起き上がれないナナミは、視線だけを動かす。

「……どこが人形なんだっつーの……」

 そう洩らした時だった。一気に訓練場がざわついたのだ。




 前半のハンドラー候補生は四人。用意された練習機であるマギナは人間の平均身長の八倍ほどではあったが、乗り込むという表現よりは武装するというものが合っている気がするものだった。

 ウラノメトリア。空気だけではなく、この世界のありとあらゆる無機物、有機物に混じっている負の遺産。


 大昔に使われた兵器だったかなどの逸話が多く広まっているのは、そのせいで人類は絶滅しかけた、というのが有力な説となっているからだった。ウラノメトリアは世界を今も害し続けており、人類は短命になった。だというのに、その物質に対する解明が進まず、いまやウラノメトリアを使わない方法が存在しない世界になっていた。


 はるか昔に存在していたあらゆる力となる物質は損なわれ、新しい資源としたのが人類を苦しめ続けているウラノメトリアだ。目に見えない細かいマシンを、逆に利用しようという思想から研究が発展し、今の人類はその力に依存する形となっている。


 誰もが毒だと理解している存在が、今はなくてはならないものでもある。同時に、そこまでに進化したあらゆる武器や兵器は利用できなくなった。

 大気中に混じっているウラノメトリアが反応し、広範囲の爆発を起こすことが確認されてから汎用されてきた物質は倉庫の奥にしまわれることとなっている。捨てきれないのは、常に他者や争いを警戒するうえでどうしても必要だからだろう。


 鮮やかな青の軍服に金の髪の少年。高身長なのに、その上半身を覆うような一回り大きいであろう軍服の少年。淡い青色の髪をうなじのところで一つに括っている、躊躇いがちな視線の少年。そして、その四人の中で唯一の少女は暗いおさげの赤髪を震わせて、助けを乞うような落ち着かない様子だった。

 そわそわしている彼女に苛立たし気な視線を向けたのは高身長の少年だったが、小さく舌打ちをするだけだった。


「説明は以上となる。実際に乗ってから一度ハンドラースコアを計測させてもらう。スコアが大きければマギナを動かすのに有利にはなるが、あくまでマギナは『武装兵器』だ。

 乗り込んでから自在に動かせるまではかなりかかるが、それに歯痒さを感じなくていい。それはみな、同じだ」

 では、と教官の男性が四人をひとりひとり吟味してから、指名した。


「最初はエニフ。おまえから搭乗だ」


「はいっ」

 姿勢よく返事をしたのは、金髪の少年だった。明らかに安堵したのは青髪と赤髪の少年少女だった。

 エニフは自分の倍以上はあるマギナの目の前まで歩くと、緊張に喉を鳴らす。

 一応人型のマシンではあるが、内部は空洞に近い。その空洞部分にハンドラーとラヴァーズが乗り込み、大きく開いた胸部の正面が閉じて完全に密閉状態になる。

 乗り込みやすいようにとマギナは金網のデッキの前に準備されていた。かなりの高さがあるが、なにかの弾みで落下しないようにと柵もある。今回はラヴァーズがいないので、まともに動くことはない。


 心を決めてマギナの空洞へと背中から入る。いや、入りかけて動きを止めた。なにか分厚いものが邪魔をしているのを感じて怪訝(けげん)な表情をするが、それはマギナの内部が高濃度の空気密度だからだと思い出す。

 勢いよく背中から入ると、最初こそ抵抗を感じたが一気に中に『落ちた』。ぐらりと視界が回り、呼吸ができなくなる。落下しているのに、停止しているような奇妙な感覚に衝撃を受けていると真正面ががこん、という音とともに一気に閉じられる。


 浮遊状態に近いその気色悪さに慣れないままエニフは戸惑い、暴れた。まともに息ができないのだから仕方ないが、真っ暗でなにも見えない。マギナの内部には高濃度の空気しかない。つまり、ウラノメトリアの濃度が高いということだ。


 何秒経ったのかさえわからない。とにかく暗闇で藻掻いていると、入って来た正面がバタンと開き、教官に力づくで引き出された。外の空気に触れてやっとエニフはまともに咳き込んで蹲る。

「ハンドラースコア・クラスは(ワン)。一年後に少しでもクラスが上がっていればいい」

「は……はい」

 息を整えながらなんとか返事をして、元の位置によろめきながら行くが平衡感覚がおかしくなっていたためその場に尻もちをついてしまった。それを長身の彼が嘲笑ったがすぐに教官に呼ばれた。


「次、トー!」

「はい!」

 トーが勇ましく乗り込むが、結果はエニフと同じだった。彼もまた、苦しそうに咳き込んでエニフの横で力なく座り込んでいる。


「次、オリバー!」

「っ、は、はい」

 とうとうだと言わんばかりに明らかな怯えの表情を見せる、深い草色の軍服の彼はかなり躊躇を繰り返していたが、教官に押し込まれて下部から正面の部分が閉められる。マギナの胸部にあたる部分ではあるが、すぐにそれが開かれた。教官が力づくでオリバーの腕を掴んで引っ張り出すと、彼はその場に崩れ落ちて涙と鼻水と涎を垂れ流してごほごほと苦し気にうめいた。

 やっとふらつきながらトーの横に移動すると、そのまま腰が抜けたように蹲り、血の気の引いた顔ではあはあと荒い息を吐く。


「次、ニアナ!」

「ひゃっ、ひゃいっ」

 びくっと身体を震わせながらおずおずと前に出ると、ニアナはそのまま座り込む少年たちを横目で見てから今度は教官を見て身を縮こまらせた。


「ひぃっ、おおおおさえて、おさえて」


 ぶつぶつと呟く彼女は開かれた胸部の部分を歩いてあっさりと背を向け、まるで倒れるような姿勢でとんっと軽く両足をついてマギナに乗り込んだ。その、まるで慣れているような異様な動きに、まだ息が整わない少年たちが驚愕した。

 バンっと勢いよく胸部が閉じ、()()()()()()()()

 まるで人間のように一歩分後退したその様子に、訓練場にいた全員が目を見開き、ざわついた。


 唖然としていた教官が、慌てて手元の小型の計測マシンを操作してからマギナに見えるように大きく腕で丸印を作る。すると「よかったぁ」とばかりにマギナが胸を撫でおろす動きをして、元の位置に戻ると胸部が今までとは違って内側から開かれた。


 ニアナはおずおずと顔を出して、へらっと情けなく笑って見せる。

「あ、あ、あのっ、い、いまので、いい、ですか?」

「…………乗ったことがあるのか?」

「ひゃいっ!? い、いっ、いいえぇ!」

 明らかにしどろもどろになる彼女はマギナから出てくると、迷いなく元の位置に小走りで立つ。そして明後日の方向を見ながら「へへ、へ」と洩らしていた。

「ハンドラースコア・クラス(セブン)。……七?」

 自分で言ったくせに、教官が不審そうな瞳をニアナに向ける。彼女は視線を逸らしていたのでそのことに気づかなかった。

「ハンドラーでも記録された最高クラスだ。

 この数値をこんなところで拝めるとは……いや、継続的に計測すべきか」


 信じられないものを見たように慄く生徒たちの中で、ナナミは見た。全員が驚いていたわけではない。ニアナと一緒の国から来た彼だけは、さも当然と言わんばかりに表情を崩さなかったのだ。



 初めての実技で体調不良を起こさなかったのは三人だけだった。ニアナとリシウス、そしてナナミだった。残った生徒たちは全員医務室へ行き、そこでアステリズムを計測された。

 体内に蓄積されたウラノメトリアの不調で起こる『アステリズム』という状態は特殊で、適切な処置をされなければ命も危うくなることがある。そもそもアステリズムを計測されるのは一年で一度あればいいほうで、普通はしないことが多い。

 しかしハンドラーとラヴァーズは『マギナ』というものを動かすために、体内のウラノメトリアも使わなければならず大抵の士官生の初日はこのような状態になるらしい。


 腕に計測器をつけられて、乱されたウラノメトリアをもとに戻す生徒たちの中でトーだけが毒づいた。


「あの女、ズルでもしてんじゃねえか!?」


 憤りに誰も反応できない。全員が疲れ切っていたというのもあった。

 エニフはしばらく考え込んでから口を開く。

「確かにあんなにすぐに動くのは不自然ではある。だけど」

「この国のヤツと、テラストの奴らだけが平然としてるなんておかしいだろ!」

「憶測は良くない」

 少し苦く言ってしまったエニフ自身も、そう考えてしまっているからだろう。不自然さがあまりにも強い。

 だがハンドラー候補生は全員同じ機体に乗った。ニアナの次も、後半組が乗っては同じように溺れるような錯覚を経ていたのだ。なにか細工をされているならば、教官が驚いていたのに理由がつけられない。知らされていなかった、ということも考えることはできたが。


 ナナミは「乗ったことありまーす」とにたにた笑っていたが、それでも乗り込んでからすぐは動かせなかった。ナナミの動きが、通常のハンドラーとしては正しいはずだ。マギナという異物を自身の手足のようにすぐに動かせるなど、ありえない。動力であるラヴァーズがいないのに、だ。あからさまな異常光景だった。

 元々無表情のリシウスはラヴァーズスコアの計測をされてもまったく動じてはいなかったが、昨日から彼はずっとあのままだから、動揺があるとは想像できない。

 『連合』とついていることからテラストは元々は小さな国の集合体だった。グラス戦争で連合国と名乗ったそれらは戦争中にひとつの国となっているが、今でもそのことを忘れないためかそのままになっている。


 世界最強の国。そこからやって来た候補生の二人は、どう考えても怪しさしかなかった。



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