―開― 02:97の國 士官学校開始
星歴3002年・万朶の金剛。春は来訪しているのに、肌寒い日であった。
「諸君は本日からこの士官学校の学徒となる。そして、ここには階級制度は持ち込まれないため、家名を名乗ることは禁じる。
将来それぞれの国軍に所属することになろうとも、ならずとも、ここでの生活は諸君らにひとつの経験として人生に刻まれるだろう」
それが、この独特な文化を持つ『97の國』と呼ばれる島国にある士官学校に入ったたった十四人の新入生たちへの最初にかけられた言葉だった。
狭い室内には、ハンドラー候補生の九人と、ラヴァーズ候補生の五人が、所属国の関係性を示すように配置された並びで席についている。
明らかに委縮する様子を見せる者、平然と受け入れる者、元々興味もない者などそれぞれが違う反応をしていた。
教卓に立つのはこの士官学校の教師であり、97の國の軍人でもある女性だった。彼女と同じ黄褐色の軍服を着ているのは、室内には一人しかいない。彼はどこか楽しそうな表情で教師の言葉を聞いている。
教壇に立つ、この国の軍服を着ている女性は生徒たちを見渡す。怯えるように視線を逸らしたままの者もいれば、こちらを真っ直ぐに見つめている者もちらほらと窺えた。十四人の中で唯一、彼女が上から通達されて知っている自国の軍属の少年は一番後ろの席でにやにやと不愉快な笑みを浮かべていた。漆黒の髪と瞳をしてはいるが、眉は薄く、三白眼である。彼が国軍所属であり、この士官生たちの中に混じる異分子だということは内密に、一年を無事に終わらせなければならなかった。
各国から毎年やって来るハンドラー候補生たちは、そのほとんどが貴族出身であり、この士官学校の過程を教養くらいにしか思っていない者も多い。態度の悪い少年や少女は、明らかにその傾向が強い。
毎年、こうして万朶の金剛のヒの日にこの教壇に立つことが多くなった彼女は少しだけ鼻先に皺を寄せた。今年度の生徒たちの不穏さに、不吉さを覚えたからだ。
亜麻色の髪をした、まるで人形かと思うほどの美貌を持つ少年と、その隣に怯えたように肩を竦めている少し暗い赤髪の少女はテラスト連合国から来ている。グラス戦争でカース・ウィッチと呼ばれた兵士・アネモネの出身国であり、軍事力では世界の一位を継続している五大国の一つだ。
その国から久々にやって来た彼らはハンドラー候補生が少女のほうで、補助となるラヴァーズ候補生が少年だという。反対ではないかと、情報を見ると誰もが怪訝になるのは間違いない。しかし少年は、左目を覆うように黒い眼帯をし、左手だけ白い手袋もしている。横の少女と比べて、異質さが際立つほどに彫像のように微動だにしない。
どう見ても、少年は出来損ないと判じるしかなかった。送られた情報から、彼はハンドラー候補生になれないからラヴァーズ候補生になったと見るべきだろうと仲間内から意見が出ていた。あの国がわざわざこの士官学校に送り込むような素材とは思えない。
弱体化したという噂は聞くことはないかの国は大々的な戦争はしていないものの、ほんの四年ほど前までは未登録のハンドラーがマギナを兵士から奪って暴れまわっていたらしい。普通に考えればありえないことではあったが、きな臭い噂が絶えない連合国ならばあり得ると思う者は少なくない。
死神ジョン・ドゥと名付けられたそのハンドラーは一時期カース・ウィッチの亡霊だとも言われていたが、いつの間にかぱったりと噂を聞かなくなった。捕まったか、それとも破壊されたか……もしくは、潰したか。真相は明らかではない。97の國に入って来る情報は微々たるものであり、中立とされるここが存在を許されているのは『ウラノメトリアを多く含んだ純度の高い鉱物』が採掘される場所だからだ。
「座学と実技の授業がそれぞれあるが、その講習内容は均一ではない。
毎回、授業の最後に『スコア』を計測し、卒業する頃にはその数値を安定させなければならない。もちろん、それが適わなくとも卒業は可能だが、帰国した際に傷となるのでよく考えるように」
それを聞いた士官生の誰かが舌打ちをしたのが聴こえた。
生徒の誰かだと教壇に立つ女は理解していたが、そんなことをする者ほど芳しくない結果しか残さない。ここはすべて計測された『スコア』と、実技で決定される。座学などおまけだ。
強い意志の光を持つ生徒もいるのは見える。けれど意志とスコアは関係性があるという研究結果は出ていない。ほぼ、生まれ持った才能で決定されるのがハンドラーという存在で、マギナを動かせない者はラヴァーズになるか、退散して帰国するかに分かれる。現実というのは、本人の希望にそぐわない残酷さを持つものだ。
万朶の菫青に、どれだけの人数が残っているのか見ものだと、女性は内心ほくそ笑んで言った。
「ようこそ、97の國へ。友好国からの志願者に、よりよい未来を育むのは教官の我々ではなく、諸君の能力次第だ」




