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―開― 16:幽玄 世界会議後


「姉さま」

 五大国の中でも一番領土の小さなトゥラーザ国の、代表ハンドラーである姉に、ルルゥ=ポルックスは神妙な顔つきのまま小声で言う。

 すでに帰国する船の中であり、姉のフィフィは「ん?」と顔をあげた。

「連合国のハンドラー、女の子よ」

 妹はラヴァーズではあったがウラノメトリアへの適性が高い。世界会議の場にあえて同席させられたのも、他国のハンドラーたちを探るためだった。

 そしてテラスト連合国のハンドラーが少年ではなく、少女のほうだと見抜いた。適正値が低いハンドラーたちは男のほうへと視線が向いたはずだ。赤毛の少女は奇妙な気配をさせていた。

 ただの人間ならば嫌悪を抱く空気を(まと)っていたが、ハンドラーたちからもどうにも認識されにくい弊害(へいがい)があったように思われる。この姉妹もまた、すでにあの赤髪のハンドラーの姿を憶えていないのだが、そのことを自覚できなかった。

「そうね。隣の男は顔が良かったけど、趣味じゃないわ」

 それに。

 不敵な笑みを姉は浮かべた。

「あんなおどおどしてる女、敵でもなんでもないわ。どうせスコアがいいだけよ」

「……同意見。あのラヴァーズがいることで威力を発揮するということでしょう」

 ルルゥが最も警戒していたのは無表情の眼帯の少年のほうだった。あの場にわざわざラヴァーズを同席させる意味がルルゥと同じであるならば、ウラノメトリアの操作能力がハンドラー並みに高いということだ。

「問題はアスバのほうよ。あの自信満々な様子見た? ケバケバしい女だったわ」

「派手好きだからといって、戦闘もそうとは限らないわ。姉さまとワタシなら、倒せない敵ではないもの」

 穏やかな表情と笑みと声ではあったが、褐色の肌の双子の娘たちは喉の奥を鳴らして笑い合った。





 帰国の船に戻ると、すぅすぅと寝息を立てている少年を、青い髪の青年が軽く頭をはたいて起こした。

「った!」

「アァク、眠りこけるとは軍人として……」

「あー、ハイハイ。ごめんて。でも仕方ないじゃん。オレは留守番とかさぁ……。

 それで、他の国のハンドラーはどうだった?」

 問われたクレンはやれやれと肩を落とす。アァクはファルス国の切り札でもあったので、ここに待機をさせていたのだ。才能はあるがどこか猫のような男である。そして、97の國へと潜入させられていた今回の元凶でもあった。

「見た印象では、全員私より年下だった。アァクと同い年くらいだろう」

「おー。十七、八ってところ? 見たかったなぁ、直接」

 かの『カース・ウィッチ』の再来とまで言われる才能を有するアァクが、鮮やかな明るい金髪を軽く掻きあげて笑う。外見のこともあり人気のある彼は女性に困ったことがないが、それでもつき合っている間は恋人しか相手にはしない。

 ファルス帝国の天才ハンドラー。代表ハンドラーであるクレンの陰に隠されている、正真正銘の天才なのだ。

「で? オレを撃退したテラストのハンドラー、いたんだろ?」

 アァクからすればあの時のことは苦々しいという表現では済まない。潜伏させられていた期間に対して、たいした収穫がなかったからだ。

 だがたった一つ、彼にとっては朗報であり、最悪な情報になったのは……迎撃した練習機のマギナを操っていたのがテラスト連合国の候補生だということだ。あの出来事を考えればあのハンドラーは正式に軍に所属されているはず。

 今までクレンであっても歯が立たない才能を所持するアァクが撤退を余儀なくされたほどの強力なハンドラーの存在は脅威であり、正面からぶつかるのを避けるべき相手である。

 存在を知れたことは僥倖(ぎょうこう)ではあったが、あの作戦でまさかアァクを退却させるほどのハンドラーがいたことは本当に計算外であった。

 勝算があると思っていたからこその計画だった。だからこそ、アァクは一年以上も辛抱強くあの島国で生活していたのだ。

 仲間の手引きで帝国に戻ってきたアァクは、しばらくは茫然自失だった。国内で負けなしの天才が、逃げるしかないなど(みじ)めになるだけだった。

 慰めるために訪ねたクレンからすれば、それは見当違いだったわけだ。アァクはなにかに執着したり、勝敗にこだわる性格ではない。本人は久々の自国での生活に自堕落になっており、差し入れを持ってきたクレンがそのだらしない恰好に怒声をあげたほどだったのだ。

「ああ。十七くらいの男女がいた。男のほうだろう」

「妙な戦い方をするやつだったから気になってたんだ。そっか」

 大きく両手を伸ばしながら、アァクは欠伸(あくび)をした。言葉と態度が合致していない。「じゃあもうひと眠り」と言ったところで、アァクはクレンに思い切り頭を(こぶし)で殴られた。





 アスバの首相である女性は薄く笑う。

「いずれこうなることはみな知っていたわ。こちらも手は打っているもの」

 腰に片手を当ててすぐ背後に立っている娘は少し気に入らない。だが財源のことを思えばそれは仕方ないとも言えた。

(貴族でもないハンドラーに、負けるものですか)

 それだけが彼女の矜持(きょうじ)だった。ハンドラーとしてアルバの頂点に立ったのはいいが、軍籍になったことで家門の名を名乗ることができなくなってしまったことはまだ恨めしい。

 先ほど視線を遣った時に特に気に入らなかったのは、ほかの五大国のハンドラーたちだった。ファルス国は堂々たる様子だったが、他はそうではなかった。踏み潰してやる。

(いや)しい出自の者たちばかり……。誰もかれも貧相だったもの)

 そう、華美な者などあそこにはいなかった。ウラノメトリアが極端に少ないあの小島に集まったハンドラーたちはこぞって、()()()()()()()()()だった。

 あの特殊な島はアネモネを閉じ込めた牢獄。彼女ほどのハンドラーが逃げ出すこともできず、処刑されるまで居続けた場所。

 たしかに。

(動揺していなかったわね、五大国のハンドラーたちは)

 どうせ彼らも、空気が薄い、くらいの感想だっただろうけれど。

 脳裏に()ぎるのは、一度だけ対面した銀髪の美しい乙女だ。思い出すだけで頭の奥が甘く(しび)れるような快感を持つが、同時にそのことにカペラは心の底から屈辱を覚える。

 あの女はハンドラーではない。貴族でもない。

 だが決して、勝てる相手だとは思わなかった。人生で唯一、勝てないと感じた女だ。今日見たどのハンドラーよりも――――不愉快だ。





 船室でリゲルは先ほど見た、あの赤毛の少女を思い出していた。いつも手にしているはずの遊戯マシンを卓に置いており、どこかぼんやりと宙を凝視している。

「リゲル……?」

 怪訝(けげん)そうにした首相の男に、リゲルは口を開く。

「テラストの、あの赤毛の女……」

「あ、ああ。おそらくラヴァーズだろう」

「ラヴァーズ……」

 反芻(はんすう)するように言葉を(つむ)いでから、リゲルは真っ直ぐに首相を見つめた。その視線の強さに気圧(けお)される。

「あの女、俺のラヴァーズにする」

「…………は?」

 言っている意味がわからず、首相が訊き返す。それもそうだ。真っ向からテラスト連合国と戦って手に入れられるわけがない。空想にしては、無茶過ぎる。

「一緒にいたあの男は、すり潰す」

「…………」

 もしや。これは好機ではないか? あのリゲルが珍しくだれかに執着している。これは使える。

 だがラヴァーズは言ってみればマギナの動力であり、使い捨てだ。しかしわざわざあの場にいたのだから、かなり優秀なのだろう。リゲルの爆発的な加速についていけずにだめになったラヴァーズは多い。誘拐するのも容易ではないだろうが……リゲルが飽きない限り、凝り性のこの男は求め続けるはずだ。少しだけいい風向きになってきたと、首相は内心でほくそ笑んでいた。





 甲板に立つリシウスは、隣に立つニアナに自分の上着を着せている。海風にリシウスが目を細めた。

 97の國への行き来に利用したものと違って随分と豪華な船だ。どの国よりも軍艦に近い船ではあったが、どれだけ武装したところで幽玄に近づけば近づくほど、ウラノメトリアは機能しなくなる。

 あの小島で最も威力を持つのはハンドラーのみ。だからこそ、各国の代表ハンドラーを伴っていたのだ。

 世界で唯一ウラノメトリアが少ない場所。アネモネの最期の地とされる場所。三百年前の天才ハンドラーを閉じ込めた場所でまともに動けるのは、ハンドラーだけ。ただの人間があの場所に長時間留まると発狂するとされている、喪失技術時代の遺物の島。

 リシウスと違ってニアナはその変化にまったく気づかなかったようだ。少ないウラノメトリアよりも、喪失技術によって作られた建物やその仕掛けのほうに彼女は(おのの)いていた。

帝国(ファルス)はあの時のハンドラーを出してこなかった」

 小さなリシウスの言葉に、ニアナは見つめていた海から視線を彼に移動させる。

「そ、そう、なんだ」

 あまり感心がないニアナの、声。

「ああ。あの青髪の男ではない。

 それに」

「ん?」

 軽く首を傾げているニアナに、「なんでもない」とリシウスは小さく笑った。

 すれ違っただけのあの刹那、ヨリルア国のハンドラーがニアナを凝視していたことにリシウスは気づいていた。思わず殺気が出そうになったが、なんとか(こら)えた。

 他国のハンドラーだけが敵なわけではない。それをリシウスはよく知っている。(もっと)も厄介な敵と、彼は対峙したことがある。そしてその気配を数名、感知していた。いずれまた、戦うかもしれない。ハンドラーの中にソレが混じっていなくとも、毒された者が混じっているだけで戦況は変わる。

「船内に戻ったほうがいい」

「う、うん……」

 なぜ覇気がないのかも、リシウスは知っている。彼女が船室にこもらないのは、苦手な大人たちがこの船に多く、隠れられないからだ。苦手なこの場所より彼らの方が怖い、ということだろう。

 無表情のリシウスが彼女の髪に手を遣った。視線だけでその動作を見ていたニアナが徐々に顔を赤くしたが、一気に青くなる。

「う、うわー! さささ触っちゃダメだよ! べたべたするでしょ!

 あー! もしかしてだから上着! ぎゃっ、リシウスの制服、べたべたしてるよっ! ご、ごめんなさい……!」

「…………」

 (せわ)しないニアナを、彼はまったく変わらない表情で眺めていた。


 先ほどまで居た島が小さな粒のようになっている。なぜあの場所だけがあれほどウラノメトリアが少ないのか、今の世界の人間には永遠にその謎は明かされることはないだろう。そしてまた、この戦争の中でもあの場所だけは三百年前と同じように静かに在り続けるのだろう――――。



 こうして、第二次グラス戦争は幕を開けた。




序章「開」はここで終幕となります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次からはそれぞれの視点の章へと突入します。

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