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―開― 11:97の國 襲撃ー迎撃 前編


 闇夜を疾駆(しっく)する影があった。少女を背負って走る小柄な少年の、左耳につけている髪飾りに似せた小型のマシンがその動きに合わせて揺れている。

 目標は練習機のマギナが格納されている倉庫だ。

 少女が走ったのでは遅くなる。舗装もされていない、道もない山の傾斜を軽々と跳び、闇などものともせずに遮蔽物を避けて目的地へと到着した。


 降ろされた少女は心配そうに少年を見上げる。だが彼は汗ひとつかいていない。「大丈夫」と言うや、シャッターを見遣る。

「ニアナ、少し退()がって」

「え、う、うん」

 彼の回し蹴りでシャッターがぐにゃりと(ゆが)むと思った時には吹き飛んで奥の壁にぶち当たった。ニアナは「はぁ……」と、理解できないような奇妙な呟きを洩らしていた。


 倉庫の中の照明はすべて消えているというのに、リシウスは迷いのない動きでニアナの手を引っ張って奥へ進む。そして、片膝をついた姿勢のまま沈黙している練習機のマギナの前まで来た。通常ならば練習機とはいえ勝手に動かせないように保護機能が働いている。だというのに、二人は些事(さじ)だと言わんばかりの態度だ。


 いち早く察知したリシウスたちが一目散に下山した。当然ながらこの場所には練習機のマギナしかない。実戦用のものがあってはならない。だからこそ、ここは中立で、世界唯一のハンドラー候補生の為の学び()なのだから。

 練習機の性能はかなり劣る。ふつうのハンドラーであるならば。

「リシウス、い、いいのかな!? か、かか、勝手に……」

 戸惑いの声を発するニアナに、リシウスは静かに応える。

「『敵』を迎撃するのがオレたちの任務の一つだ、ニアナ」

「う、うんっ!」

 そうだ。そのために、この国に来たのだ。


 リシウスが素早く練習機に脚をかけ、ニアナをコアの部分に誘導する。

「行こ、ニアナ」

「う、うん」

 どこか頼りない表情のニアナよりも先に、リシウスがコアの中に足を踏み入れる。急激な落下をし、そのままぴたりと身体が停止する。自然と膝を抱えて身体を丸めるような姿勢になると彼は(まぶた)を閉じた。目に見えない液体でも満ちているように、彼の衣服や髪が(ゆる)やかに揺れている。

 そしてニアナが背面からコアへと飛び込んだ。リシウスのような落下はなく、そのまま宙に浮かぶような姿勢になる。真下にいるはずのリシウスの姿は閉じられた遮蔽物によって見えない。

 指先の、身体の端々(はしばし)まで同時に『接続(シンクロリンク)』される。ニアナの顔にうっすらと血液が光るように輝きが見えた時には。


「よ、よしっ!」


 ニアナが自分の身体(からだ)を動かすのと同じように、練習機が前進を開始した。そのまま倉庫の閉じているほうのシャッターをこじ開けて外へと出た。刹那、近くで学舎の一棟が燃え上がった。爆破されたのだ。

 リシウスがすぐさまその規模や原因を知らせてくる。さすがに火薬という古典的な方法での爆破ではなかった。火薬を使われていたらこの一帯が火の海になっているところだ。それは相手も望むところではないはず。

 緊急の警報が大きく鳴り響く中、彼女はコアの中で視線を動かす。内側の壁面に映る外側の景色の中に怪しいものはいないかと探った。


「ど、どこに敵が?」


 足音を響かせて進む。あちこちで聴こえる悲鳴は練習機を通して拾えるが、邪魔と判断して遮断した。人命が優先ではないのだ。必要ない。

 コアの中は上下を除き、すべて周囲のウラノメトリアによって知覚対象となっている。その知覚により、士官学校の敷地に入ってくるマギナが何体であるか、どこから侵入しているのかすべてがニアナに伝わってきた。距離が開きすぎていなければハンドラーには可能な能力である。そしてその精度は、リシウスが補うことで跳ね上がる。


 たった一体、ほかのマギナとは違う動きをしている機体があった。


 まずはあいつを倒すべきとニアナは目標を定めて機体に装備されている武器を探った。当たり前だが、練習機は実戦用ではない。武器がないことに「そう」とだけ思いながらニアナは狙いをつけたマギナ目掛けて突っ込んだ。

 体当たりに近いものだったが、相手は衝撃を受けて見事に転倒する。ニアナは相手から武器を奪い取り、それから思いっきり踏んづける。

 嫌な(きし)み音をたてるが破壊できない。

 ニアナは何度もマギナの脚を、己の脚のように振り上げて、おろす。重量だけではなく、彼女の操るウラノメトリアによってその破壊力は増幅されているはずなのに。

「……壊れない」


 かたい。


 ならばとニアナは奪った武器を振り上げた。誰から見てもなんの変哲もない棒状のマギナアームズではあるが、そこにきらきらと光るものが収束される。ありえない光景であり、ありえない事象である。

 ニアナの思考に影響された、大気に混じるウラノメトリアが反応をしてマギナアームズに集まって形状を変える。より頑強に、より大きく。


「だああああああありゃああああぁぁぁぁぁっっ!」


 渾身の力を込めて振り下ろす。

 激しい火花が散って、コアの部分の装甲が徐々に窪んでくる。

 脳内で響いたリシウスの警告の声に反応してニアナはすぐに身軽に避けた。振り下ろされたマギナアームズがすぐそばで見え、ひやりともせずに彼女は相手の腕の部分を(つか)んだ。べきべきべきっ、と一気に握り潰してしまう。

「っ、強度が違う?」

 驚いてしまうがその隙に、コア部分を壊そうとしていたマギナが体勢を直してこちらを見返してくる。


「わたしみたいにやってる……?」


 だとしても!

 倒すことに変わりはない。

 片手に持っていた武器に、さらに粒子を集めていく。もっと、もっともっと!

 背後からの狙撃に反応してまた大きく跳躍する。着地する時に機体の制御機能が甘く、「うぐ」とニアナが苦い声を洩らす。所詮は練習機だ。

 脳内にリシウスの声が届く。当然ではあるが、たった一機で立ち向かっているので恰好(かっこう)(まと)になっているようだ。

「ああっ!」

 別方向からの射撃の衝撃にニアナが悲鳴をあげる。

 せめて、せめてあの手強い一機だけでも倒しておかないと!

 あれこれと思考してしまう。そういうのは得意ではない。片っ端からぐちゃぐちゃに潰して、目の前から消せばそれで……。

 ハッと我に返る。リシウスからの注意が飛んできたのだ。ごくりと喉を鳴らし、結んだ唇に力を込める。


「……うん、大丈夫。落ち着いてる、よ」


 たぶん、たぶん。落ち着いてるはず。もどかしさはきっと、いつもみたいな戦い方ができないせいだ。

 せめてこの棒状の武器ではなく、自分の手に馴染むものならばもっと簡単に済んだだろうに。だが戦いというのは万全にはできないと決まっている。そうだ、だから動揺してる場合じゃない。大丈夫、大丈夫だ。いつもみたいにただ、考えなしに暴れてはだめだ。

 でも。

 勝つことはできるだろう。だが、人命を優先にはできない。――――いつものように。


 分厚い雲に覆われた天涯の下、充分な明かりも得られない状況でニアナは五機に囲まれている。一機は間違いなく、己と同じ要領で周囲のウラノメトリアを反応させてマギナの装甲や武器を強化しているはずだ。

 マギナが高密度のウラノメトリアの集合体だからこそ可能な、干渉。だがそのためにはハンドラーと、ウラノメトリアの親和性が高くなければならない。その点において、ニアナの右に出る者は存在していない。三百年前に存在していた最強のハンドラー・アネモネをも凌駕する、生まれながらの才能であった。

 ニアナにとってハンドラーというのは死なないための手段に過ぎず、固執するようなものではない。逆に言えば。

 生きるためには、手段を選ばないということだった。


 重力が存在していないようなコアの中で、ニアナはぶつぶつと独り言を繰り返しながら攻撃を避け続けていた。だが避けるだけでは敵を撃破できない。

「右後ろ、左、右、右、後ろ、左」

 リシウスから伝達される情報に従って避けながら、一機ずつ潰すために距離を詰める。こんな戦い方では、時間ばかりかかる。もどかしい。


「ううう、落ち着いてる、落ち着いてるよ……ううううう」


 強烈な圧迫感にニアナの表情が引きつる。ここは士官学校の敷地で、同じ士官生がいる。彼らの命を守ることが目的ではない。ニアナとリシウスに下された命令は、あくまでこの国の防衛だ。

 中立であるこの島国が領土の狭さからして、奪い合いになるのはわかっていた。各国は軍事力のためにこの国から鉱石を買い取っているが、欲を出さない者はいない。

 テラスト連合国は、この国を守護することを三百年前に締結している。利害の一致かなんなのか、三百年前のグラス戦争終結の際か、それとも渦中か、97の國はテラストの守護を得た。軍事力でこの世界の先頭に立つテラスト連合国は、各国の拮抗を保つために欲を出すこともなく、ただ、情報を得て適切な人材を送り込んだだけだった。



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