―開― 01:幽玄 世界会議 前編
約三百年前に起こったグラス戦争……黄昏の戦争とも呼ばれる争いから再び戦火が起こったことは民衆にとっては納得半分と、億劫という気持ちが半分だったはずだ。
この世界の資源がほぼ枯渇している以上、侵略戦争はまた起こるであろうと予想されており、それが今だっただけだ。
大気に混じる、生物に悪影響を及ぼすウラノメトリアという微細なマシンはすでに滅んだ文明の負の遺産でしかなかった。人はその影響が大きく、生誕から死亡までの間までにそれらが体内に蓄積され、体外へ排出されることはない。現在まで、解決方法は見つかっていない。
人類は平均的な寿命が五十歳前後の短命種であるために諍いが増大し、新しい技術や資源を求め続けていた。
小さな争いは絶えなかったが、こうして真っ向からそれぞれの大きな国が衝突することになったのは、黄昏の戦争の戦犯としてカース・ウィッチという異名を持つアネモネが戦争終結のために処刑されてから、初めてのことだ。
たった一人の処刑で戦争が終わるなどというのは、今では不思議かもしれない。けれど、黄昏の戦争時代に最終的に帝国と連合国が衝突した際にアネモネは稀代のハンドラーとして名を馳せ、当時は英雄のように扱われていたそうだが敵味方問わずに虐殺の限りを尽くしたこともあり、大戦犯として今はその名が挙げられる。
当人がどのような思惑で命令に従ったのかは不明であり、事実として公開ではないにしろ処刑されたということ、以降、アネモネが姿を現していないことからも、平和へと踏み切る要因のひとつとなった。
一人の死で腹の虫がおさまるはずもなく、新たな資源が手に入るわけではなかったが、喪失技術で作成されたレガリア・マギナの劣化品マギナがなんとか量産されるようになってからは、乗り手であるハンドラーと、その補助となるラヴァーズが必須になったこともあり、グラス戦争の時のような大量虐殺は起こらなくなった。
世界は相も変わらず格差社会であり、階級社会であり、代替資源を各国が模索、研究しているが実を結んでいない。
それでも人口が激減した人類は、それぞれの位置でただ、ウラノメトリアを多く含んだ曇天をいつも見上げるだけだ。
私は、いつか人々が晴天を見れるようになった時のためにこの記事を残すこととする。未来のだれかに私の気持ちが届くことを、願うばかりだ――――。
『星歴三千二年・万朶の黝簾・リの日』
記事・セクンダ 「ガイアの道標」より抜粋
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星歴3002年・万朶の灰簾のことである。
この『世界』の、大小問わず各国の代表がとある小島に集まった。そこは三百年前、大罪人のアネモネを処刑前まで収容していた場所であった。
島の名は「幽玄」と言う。97の國の領海に存在している島ではあるが、この場所の特殊性により誰もが忌避している。古語では『サイケデリカ』とも言われていたこの島の名が幽玄になったのは、遥か昔に世界統一がされた時の名残だと言われている。
半円の屋根の白亜の建物だけが、鬱蒼と茂る森の中心地に静かにある。滅びた時代の建造物が奇天烈に目に映るのは仕方がないことだろう。
自然の草木がこの丸屋根の物体だけを避けているように広がっているのでさらに奇妙に見えた。異質さが強調されるこの島の在りように、来訪した者たちは息苦しさに眉をひそめてしまう。
ここが高山であるならば、酸素が薄いと喘ぐことだろうがここはそんな場所ではない。だというのにこの、呼吸のし辛さは大気に含まれるウラノメトリアの量がこの島だけ極端に少ないだからだろう。もはやかの『毒』は、人とは切り離すことのできないものであるということだ。
どこに入口があるかも不明のその建物に近づけば、なにかを感知しているのか自然とぽっかりと中への通路が出現する。どこからでも入ることができるが、大量虐殺をしたというアネモネを捕らえ続けたいわくのある建物に、彼らは足を踏み入れた。
始まった戦争を終結させるために集まったわけではない。少ない資源を奪い合う紛争は各地で起きており、止められないところにまで来ている。そして五大国の一つであるファルスが97の國にあるハンドラー専用の士官学校を襲撃したことで、三百年の間の沈黙は完全に破られた。
どの国につき、どの立場にいれば、生き抜けるのか。国を存続できるのか。
彼らは決着のつかない論争に意味など求めていない。体裁も必要としていない。戦争をする理由はもっとも単純なものだ。『生きる』ためである。
最後の来訪者である痩身でどこか神経質そうな顔つきのうえ顔色の悪い男は、眼鏡を軽く押し上げた。このような場所にアネモネは捕縛されてから処刑されるまでの間を過ごしたというのは、なにかの冗談ではないかと疑ってしまうほどだと男は感じている。
漆黒のスーツ姿の彼はこの世界で軍事力一位のテラスト連合国の代表である。意味のない話し合いなどには皆目興味などないが、参加をしないことで余計な軋轢を作りたくはない。
男は優秀ではある為、無駄と思われる時間を厭うところがあった。この会合もまた、それに値する。どうせどの国も枯渇する資源を他所から奪うしか方法がないと理解しているのだから、和解することなどできはしないのだ。
新たな資源として目をつけられているのはこの世界を覆うウラノメトリアという、粒子のマシンだ。扱いやすいかと問われれば否と答える者が圧倒的だろう。解明されない物質など、害にしかならない。
誰も管理をしていないはずなのに、建造物の壁も床も汚れひとつない。目的の場所までの道をこの建物は『組み替えて』こちらを通しているという話だった。使用されている喪失技術の高さがうかがえるが、面倒なことをしているとも思っていた。だがこの建物が自動で道順や部屋を移動させているのならば、アネモネが逃走しなかったのも納得できる。
男の背後に続いているのは十代の若い男女だった。どちらもテラスト軍である証の、漆黒と深紅を基調とした詰襟の軍服姿である。
少女はくせのある赤毛をしており、挙動不審な動きをしていた。視線をあちこちに遣り、ひどく怯えた様子なのは常のことなので男も、隣の少年も気にした様子がない。
少年は彼女とは違って絶世と称していいほどの美貌の持ち主であった。少女より少しだけ背が高い小柄さだったが、左目を覆うように黒の眼帯をしている。亜麻色のさらりとした髪が彼の歩みに合わせて揺れている。左手だけ手袋をしていたが眼帯ほど目立ってはいない。少女とは違い、特に緊張もしていないようだ。
廊下の先に扉が見えた。扉の前に立つと自動で開く。室内にはすでに各国の代表者が、『戦力』を従えて待ち構えていた。
部屋もまた円形で、机も円形。中央だけがぽっかりと空いているが、気にせずに誰も座っていない席についた。彼の背後に、ついて来ていた少年と少女が並び立つ。この特殊な場所で最も火力の強い『武器』は背後の彼らだ。
互いを様々な意図を含んだ視線で見遣っている中、男が口を開いた。
「では、これからの戦争の話をしよう」
司会者のいない『話し合い』という名の宣戦布告が静かに開始された――――。
初めまして。ともやいずみと申します。新作長編ノベルとなります。
複数の人物たちが世界に満ちる毒の粒子マシン「ウラノメトリア」と関わった物語となります。
まずはこちら「開」。いわゆる序章です。
登場人物たちはそれぞれの価値観で世界を見ております。
興味がありましたらどうぞ、この世界に触れてみてください。
応援があるととても喜びます…!




