8.
「「領主様!なんと!おめでとうございます!」」
「………」
「はぁ〜…」
昼食のお店へと向かう途中、人だかりが一斉にこちらへ振り向くと様々なお祝いの言葉が押し寄せアルマンとレアナはそれに囲まれた。
あくまでも姉の代わりであるレアナは、そんなに喜ばしいことではないのでは…と心の隅で引っかかり、群がる中心で必死に頬を上げることしかできずにいた。そしてチラチラと隣を確認すると、大きな身体が勢いよく下がり重いため息が斜め上から聞こえてくる。
ほらね?また迷惑をかけてしまったわ…
なんてレアナは思い、愛想笑いで止めておいて良かったと頬をさらに引き攣らせた。
「皆にはそのうち正式に知らせようと思っていたんだ。そんなに騒ぐのはやめてくれ」
困ったようにただただ笑うだけのレアナに群衆は目線だけを向け、話し始めたアルマンに一斉に群がっていく。
どこのお嬢さんですか?
まだ子供のようだ、何歳なんですか?
なぜあの子を?
などなどいろいろな質問が重なり合っていく。
「話はまた今度な…それよりも…」
と、とりあえずこの場から逃げたいアルマンは全てを横へ流し前へ進もうとする。
しかしそれはなぜか徐々に違う方向へと逸れ、あそこが壊れた!あれが欲しい!など日頃の不満や相談会のようになっていく。
「なに?それはこの前直しただろう?」
そしてアルマンもそんな話になると逸らしていた顔を群衆へと戻し、飛び交う悩みに耳を傾け出した。
「………」
そんな熱気溢れる輪から少し外れたところにレアナはお淑やかにひとり立ち待っていたのだが、当たり前のように一人一人と真摯に話し合うアルマンを見て、こんな風にしてこの街は復興して行ったのだなとまた胸の奥は人知れず暖かくなっていた。
旦那様がきっと普段からこうやって身分も隔てもなく皆から真面目に話を聞いて来たから、"彼だからこそ"この街がこんなにも素晴らしい所になったのね。
なんてまだ何ヶ月にもならない代わりの妻ではあるが、そんな彼を少し誇らしく感じていたレアナだった。
「………ん?」
ポツンと立っていたレアナは、同じくポツンと立っている小さな男の子が目に入った。
その子はじっとこちらを見つめていて、その表情からは感情がうまく見当たらない。
レアナは優しく微笑み首を小さく傾げるとその子はゆっくりとこちらへ向かって来た。
「こんにちは。どうかしたの?」
「………」
そう声をかけるが同じくじっと見つめその子は止まったまま。
「お母さんが見当たらないの?」
話しかけても反応のないその子に困っていると、レアナを見つめる大きな瞳がゆらゆらと光り揺らめいていく。
「あら、どうしたの?何か嫌なことでもあったの?」
「………」
とうとうそれは瞳から溢れ出し、その子の顔は歪んでいく。
何かを押し殺すような、子供っぽくない泣き方に違和感を感じているとその子はレアナの手をぎゅっと握り自分の方へ少し引き寄せた。
「ん?」
「おい!」
「ッ!………」
その動きに抗うことなく前へと倒したレアナの身体は、アルマンの声によってピタッと止まった。
そしてその声に驚いたのかその子はギュッと繋ぎ直した手をパッと離し…
「あ…ちょっと待って!…」
走ってどこかへ行ってしまった。
「すまない。少し話し込んでしまった…」
「あ、いえ…あの、さっきの子はご存知ですか?」
「あれは確か…街の入り口にあるパン屋の1番下じゃないか?何かあったのか?」
「いえ、あの子とても悲しそうに泣いていたんです…何か言いたそうにしていて…」
「なら今度会った時にでも聞いてみよう」
「ええ、お願いします」
「さあ昼食を食べに行こう」
さっきの悲しげに揺れる瞳が引っかかりつつも、レアナは歩き出したアルマンの横に並んでお店へと向かった。
「わぁ…いい香り」
たどり着いたのは街でも1番と言えそうなほど大きな木造のお店で、木の温もり溢れる大きな窓を覗くとすぐ目の前には鮮やかな海が見える。
そしてそれに見惚れているとアルマンが慣れたように頼んだ料理が次々と大量に運ばれてきた。
「どれもこの街の名物だ。残りは私が食べるから好きに食べるといい」
「ありがとうございます…」
沸き立つ感情の波に思わず大きく開きそうになった口をキュッと閉め、キョロキョロと色鮮やかな料理を眺める。
ん!あれは一度食べてみたかった私の大好物じゃない!本場の味はどうなんだろう…
とチーズのたっぷり乗ったお皿のところでレアナの目が止まった。
これは…自分で取り分ける感じ?私が先に旦那様の分を取り分けたりした方がいいのかしら?
「ん?これが気になるのか?他のも全て食べてみるといい…嫌いなものはあるか?」
「あいや!私が…」
じっと料理を見つめながら考えているとささっとアルマンが取り分けレアナの前にお皿を置いた。
「そんな気にしなくていい。私は自分で好きなようにやる。後はなんでも好きに取って食べなさい」
「ありがとうございます…」
「ほら温かいうちに」
「あ、はい!い、いただきます…ん!美味しいです!」
促され急いで食べ始めたレアナだが、その美味しさについいつもを忘れバッと顔を上げ目を見開いた。
「ふ…そうか。それはよかった…」
「ひゅっ………はい」
しまった…と思った瞬間目の前にいるアルマンが優しく微笑み、レアナはグッと胸を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
「ここの料理はどれも美味い。ぜひさっきみたいに感想を聞かせてくれ。気に入ったものがあれば普段の食事でもそれを出そう」
「いえそんな!いつも美味しくいただいています」
「そうか?いつもあまりいい反応ではないからどれも好みではないのかと…」
「そんなことありません!いつもいただいているお料理もどれも大変美味しく思っております」
「ならいつもさっきの様に伝えて欲しい。君が何が好きなのか、何をしたら楽しいのか私は知りたいんだ」
「ッ!………」
黄金に光る瞳を真っ直ぐに向けられ、レアナの胸はなぜか更に詰まっていく。
あぁ、この人は綺麗な瞳と同じく真っ直ぐで真面目な方なのね。姉様の代わりに来たその妹だというだけの、取るに足らない私にもこんなに真摯に向き合ってくれるだなんて…
と思いながら、そんなアルマンにちゃんと返さねばとレアナも素直に気に入ったものを伝え、今の私は何をしたら楽しいんだろう?なんて一生懸命考えた。
「本当にもういいのか?」
「はい…今日は連れて来ていただきありがとうございました」
「………そうか」
悩みに悩んでいると時間はあっという間に過ぎ、行きたいと思っていた他の店のことよりも屋敷での生活の方がレアナの頭をいっぱいにしていた。
なにが楽しいのか、自分は何がしたいのか、旦那様にとって自分はどうあるべきか…
いやそうよ、そもそも楽しむために来たわけではないわ。私が旦那様のために、この街のために何ができるのかを考えないと…
帰りの馬車へと乗り込んだレアナの顔は、どんどんと険しい表情になって行った。
「いろいろあって疲れただろう。屋敷に戻ったら少し休むといい」
「あ、はい…」
そこでやっとレアナは屋敷に向かっていることに気づき、一瞬のように感じた美しい街でのことを少し惜しみ窓の外を眺める。
「あ………」
するとそこにはあの泣いていた少年が母親らしき女性と並んで手を振っているのが見え、さっきの暗い面影は微塵も感じないようならしいニコニコ笑顔でこちらを見送ってくれていた。
レアナはモヤモヤとしていた胸の内が少し晴れ、それにつられ自然と頬を上げその親子に手を振ったのだった。




