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真紅の鉄壁と恐れられる辺境伯へ姉の代わりに私が嫁ぎます!  作者: 小野寺雀


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5/10

5.新たな日常


「ではごゆっくりどうぞ…」

「………」

「………」


カチャ___


テーブルには朝食にしては豪華で量も多い料理の数々が並び、レアナとアルマンだけとなった部屋には食器の微かな音が響く。

初日のディナーでも思ったが、この屋敷ではこれが通常らしい。

そして咀嚼音にまで気を使うレアナの横で、次々とその料理たちが消えていく。


「今日は…」

「き、今日は!このあと、書庫に…行こうかと…」

「………そうか」

「はい………」


レアナがここへ来てから1週間ほどが経ち、朝食と夕食はだいたい共にし日中アルマンは仕事で書斎に籠ったり外へと出かけ、レアナは自室や書庫に籠もるという日々がなんとなく続いていた。

レアナは領地のことや自国の歴史、作法の復讐など頭に詰めないといけないことばかりで毎日のように書庫へ出向いていたが、ここはレアナが密かに憧れるベルアニームと最も隣接する所でもあるため隣国に関する書物も多く、レアナはそんな毎日を楽しんでいるようでもあった。


「今日は午後仕立て屋を呼んでいる。好きなものを選ぶといい」

「式用のドレスですか?」

「いや、それとは別だ。普段着る物でも…」

「であれば今あるもので十分です」


この屋敷をほとんど出ることのないレアナにとって、毎日そんな豪華なドレスで着飾る必要はないし、そんなに興味もない。

アルマンと会う時も何着かすでにもらった豪華なドレスを着回せば十分だと思っていた。


「頂いたドレスは皆素晴らしいものばかりですし。あ、すみません…いつも同じようでは失礼でしょうか?」

「………私は特に気にはしない。とりあえず、午後は自室にいるように…」

「かしこまりました」


顔色を変えず食べ進めるアルマンの様子をチラチラと伺い、レアナも小さなカケラを口に入れた。


 

「今日は〜…これを読んでみようかしら」


レアナはズラリと並んだ本棚から、一冊の古びた本を手に取った。

ドゴール辺境伯が代々領地としているこの地は山や海に囲まれ、その豊富な食材から新たな料理が多く生まれてきた…らしい。

そのため、海沿いにある街では食事ができる店が多くあり、そこからも数多くの名物料理が生み出されているんだとか。


「あ、私この料理大好き!まさかこれもここで生まれたものだったなんて…」


レアナが手を止めたページには、煮込んだ肉と野菜の上にこんがりと焼き目がついたチーズがたっぷりと乗った絵とそのレシピが書かれていた。

領地のことがまとめてあるはずの本も途中からまるでレシピ本のようになっていて、昔からこの地と料理というものが深く関わっているのだということがよくわかる。


「姉様とよく作ってたわねこれ…え!待ってこれ牛肉なの?いつも鶏で作ってたわ…ってもうこんな時間!お昼が終わったらお部屋にいなくっちゃいけないのよね」


なんて新たな発見も多々ありつつ、レアナは思ったよりも穏やかな日々を送っていた。



*******


コンコン___


「旦那様、失礼いたします」


芯のあるノックと重い声が書斎に響き、返事も聞かずにそれは入ってきた。


「なんだ、これはまだ終わってないぞ」

「仕事の話ではありません」

「………」


アルマンもなんとなくジルが入ってきた理由はわかっている。そこまで怒られるようなことはしていないはずではあるが…


「旦那様…奥様は採寸をしただけでドレスを一着も選ばなかったそうですよ」

「知っている」

「な!ご存じなんですか?」

「朝食の時に話したがいらないと言われた」

「はぁ〜…」


アルマンはなぜこんなにも責められ、ため息までつからないといけないのか頭の隅でムッとしながらも目の前の書類に目を通していく。


「………なぜそんなため息をつかれないといけないのだ」


が文字がまったく頭に入らず顔を上げた。


「旦那様、何のために仕立て屋を呼んだのですか?もしかしてあの話もしていないのですか?」

「別に今日じゃなくてもいいだろう。ただ街を案内するだけならいつでも…」

「"ただ"案内するだけではありません!私はお二人だけの"デート"にお誘いを、と言ったのです。そのために新しいドレスでもと呼んだのに…」

「………はぁ〜」


目をぐるりと上へ向けぶつぶつ言っているジルにアルマンはため息をつき、目線を手元に下げた。


「旦那様、いくらこの婚姻が王命だとしても…」

「わかっている…だから彼女には不自由のないよう計らうつもりだ」

「ならまず旦那様がもっと優しく接して差し上げてください」

「これでも善処しているつもりだが?」

「旦那様はそうでなくても威圧的でおまけに言葉足らずなんです。いや、足らずというか…なんかそうじゃない感?と言いますか…」

「な!…そうじゃない感ってなんだ!」


戦場では常に上の立場であり、周りを警戒し気を張って生きてきたアルマンにとって威圧的なのは当たり前で合理的な生き方だった。

緊張感は身を引き締めるために大事なもので、ベラベラと世間話をする必要は全くない。


「ここはもう戦場ではありません」


頭の中まで覗かれているようで、心地の悪いジルの目線から顔を逸らす。


「……彼女はいつも静かで何を考えてるのかわからん」

「だから会話をするのです!」

「………」

「奥様は初日から泣いておられたそうですよ?」

「………」

「それに、ここへ来る前にお姉様を亡くされて…」

「わかっている…やはり結婚なんてするべきではなかったんだ」

「それは違います!これはこの家のためでもあるのです」

「だがそのせいで要らぬ不幸を生んだのだ…」

「奥様のことを思うのであれば、もう少し優しく、笑顔でお願い致します。ドレスは私の方でとりあえず一着頼んでおきました」

「………そうか」

「では私はこれで失礼いたします。必ず奥様をお誘いくださいね!"笑顔で"ですよ?」

「あぁ………」



バタン___


入って来た時よりも静かにドアが閉まり、アルマンは頑張って頬を上げてみる。


「………はぁ〜」


が、上げた頬がひどく引き攣るのを感じ、アルマンは椅子にもたれ大きく長いため息を天井に吐いた。

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