17.
「さっき…どこが"好きだ"と言っていた?」
「え?………」
ドクン___
その響きに反応したように胸は跳ね、顔を隣へと向ける。
しかし黄金の瞳とはわずかに目線が合わず、それをたどり下を向くと彼の視線は本を抱える私の手元に向けられていた。
「あ、あぁ!こ、これですか?はは…」
「さっきは遠くてよく見えなかったんだ。もう一度見せてくれないか?」
「は、はい!1番す、すす…好き、なのは………」
自分でもよくわからない焦りを誤魔化そうとすればするほど焦りは加速し、それが彼に伝わってはいないかと確認するように目線を向けるとすぐ側で本を覗き込む彼に今度は急速に時の流れが遅くなっていく。
「………………」
「…ん?」
「ひゅっ………」
ゆっくりと上下する長いまつ毛や暗がりに光り浮かぶ吸い込まれそうな瞳に思わず見惚れていると、目元だけでこちらを見上げ首を傾げるそのしぐさのひとつひとつにレアナは自然と息を詰まらせる。
「あ、すまない…」
「あ、いや違うんです!その…このページです!見てください!この凛々しい姿!まさに動物界の王様ですわ。一度生でお目にかかりたいものです…」
固まるレアナを見て身体を引いたアルマンに勘違いされてはいけないと、気にはしていない素振りで本を開き前のめりで見せるレアナはそのままの勢いで長年の想いを次々に述べていく。
「本当に好きなのだな。あぁ、だからこの前もライオンの刺繍をしていたのか」
「え?あ……はは」
つい言いすぎたと途中で気づくが、感心したように話すアルマンに棚の奥に仕舞い込んだいつぞやの自称向日葵のハンカチが思い出され、レアナは少し心えぐられる。
「ラ、ライオンも好きですがトラや豹なんかもカッコ良くて憧れます!あの鋭く尖った牙や爪なんて…あ」
「ん?どうした?」
無理に戻すように話し出したレアナはあることを思い出し小さな欲望が顔を出すが、言っていいのかと躊躇し口は止まってしまう。
「あ、いや…なんでもないです」
「なんだ?気になることがあるならなんでも言って欲しい」
「その…あの、もし可能であれば旦那様の…牙を、近くで見てみたいな…なんて…」
「え………」
「いや!なんでもありません!私なんて失礼なことを…申し訳ありま…」
「怖くはないのか?」
「………怖くはありませんわ。旦那様ですもの」
そう即答するレアナの中ではそれよりも理想的な彼の姿を見てみたい、と言う欲の方が勝っていた。
なんだったらベルアニームの人達のように旦那様が黒豹と融合した姿をしていたら…なんて夢見てたんですもの。旦那様の凛々しい姿をそりゃもちろん近くで一目でもいいから見てみたいものですわ!
という鼻息の荒さまではさすがに表には出さず、少し微笑んで見せる。
「そうか…少しだけ…なら」
そういってアルマンは身体を少しだけ後ろへ引き、小さく小さく唸りながら口を開け鋭く伸びる牙を出した。
「ッ!…あ、ありがとうございます」
想像以上の勇ましい姿に風変わりなツボを見事につかれたレアナは、キャッ!っと思わず出そうになる声をなんとか飲み込んだ。
「こんなもの見てもなにも…」
「そんなことありませんわ!黒豹の描かれた紋章に相応しい立派なお姿です!きっと旦那様ほどそれが似合う方はいらっしゃらないと思いますわ」
「ッ!…そう言ってもらえると…これも悪くないのかもしれないな」
「ええ…とても、素敵なお姿です」
見開いた瞳をすぐに細め柔らかく微笑むアルマンにつられ、レアナも頬を上げ微笑み返した。
「ッ!…あまりそんな風に笑わないでくれ…」
「え?……あ、すみません…」
「いや……………いいんだ」
「……………」
「……………」
急にそう言われ、よくわからないがとりあえず笑ってはいけないのだとレアナは頬を下げ口元と全身にキュッと力を込めた。
そしてそれから目線を逸らし黙るアルマンに何を言ったらいいかわからず、とりあえず目線を手元の本へと注ぎ彼を待った。
そして少しの間重い沈黙が続き…
「も、もう夜も遅い。そろそろ部屋に戻るんだ」
「あ…はい」
急に立ち上がったアルマンはそういうと目線を逸らしたままレアナに手を差し伸べた。
「ありがとうございます…」
「このまま部屋まで送ろう」
「いえそんな!一人で戻れます」
「こんな時間に暗い廊下を一人で歩かせるわけにはいかない…」
「……すみません、ありがとうございます」
引き下がる気配のないアルマンにレアナは素直に従い、差し出された彼の腕に掴まり部屋へとふたり静かに歩き出した。
「………」
「………」
その間も沈黙は続き、あっという間にレアナの部屋へとたどり着く。
そしてそれに堪らず先に動いたのはレアナの方だった。
「だ、旦那様…?今日は勝手なことばかりして申し訳ありませんでした」
「いや………いいんだ。私の方こそ怖い思いをさせて申し訳なかった」
「そんなことは…」
「もしよければだが………」
慌てて否定しようとするレアナの言葉を遮り話し出したアルマンだが、途中で止まりその先へと進む様子はない。
「旦那様…?」
「………よければアルマンと、呼んでくれ」
「ッ!………」
固まったままのアルマンを恐る恐る見上げると視線を逸らしたままそう告げられ、レアナの胸はまたドキンと跳ね上がる。
「さ、さあはやくベッドに入って身体を休めなさい」
「はい、ここまで送っていただきありがとうございました………おやすみなさい、アルマン様…」
嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げ、レアナは頭を下げたまま彼の名前で呼んでみた。
「…………おやすみ、レアナ」
「ッ!………」
低く優しい声で微かに呼ばれた自身の名前にさらに胸の音は加速し勢いよく顔を上げるがそこにはもう彼の姿はなく、暗く続く廊下に向けレアナは熱くなる頬を上げ静かに扉を閉めた。
*******
あれから数日後…
「旦那様、ベルアニームの商人が参りました」
「あぁ、わかった」
ジルがそう告げるとアルマンはすぐにペンを置き部屋を後にする。
ガチャ___
ジルが応接間の扉を開け中へ入ると、ひとりの青年がすぐに席を立ち頭を下げてアルマンを迎え入れる。
「この度はこのような機会をいただき誠にありがとうございます。ベルアニームの物はなんでも取り揃えておりますので、何なりとお申し付けください」
「あぁ、今日はとりあえずどんな物があるのか話をまず聞きたい」
早々に話しながら身振りで座るよう促し、アルマンが席に着く。
「武器か何かをお探しですか?我が国の武器は…」
「いや違う…ドレスや宝石類が見たいんだ」
「奥様への贈り物ですか?」
「………あぁ」
「それはそれは!最近ご結婚なされたとお聞きしました。おめでとうございます!ベルアニームには独自の柄やデザインのドレスが数多くございます…」
「ふむ…」
その男は簡単なデッサン画を取り出すと、これはあれはとテーブルの上はあっという間にたくさんの資料が広がり話がどんどんと進んでいく。
「ではまた来週実際のものをお持ちいたしますのでよろしければ、奥様にも直接見ていただけたらと…」
「いや、私が選ぶからよい」
「………承知いたしました」
一瞬手を止めるとにっこりと微笑み商人は資料を手早く片付けていく。
「本日はこれで失礼致します…」
「あぁ、よろしく頼む」
「おっと!これは大変失礼致しました…」
大きなカバンを抱え急いで頭を下げるとその商人はアルマンの目をまっすぐに見つめながら微笑んだ。
「申し遅れました、私ベンジャミン・スミスと申します。今後とも何卒よろしくお願い致します」
「あぁ…」
アルマンが差し出した手を力強く握ると、彼はまたにっこりと笑った。




