15.
「ふぅ…あってよかった〜」
改装中の書庫の中は物に溢れていたが、見慣れているお目当ての本は思っていたよりもすぐに見つかった。
ぎゅっと本を抱きしめ深呼吸をすると、徐々に鳴り響いていた胸の音が鎮まっていくのがわかる。
「さぁ、急いで戻らないと…」
顔を上げぴょんと飛び上がり、床から足をほんのり浮かすとランプを持って足音もなくまた廊下へと顔を出した。
「え…こんなに暗かった?」
長く続く廊下は窓からのびる月明かりが少し照らしている程度で、その薄ら青く冷たい空気はまたレアナの心臓を刺激し始める。
そんな重い静けさは忘れていたレアナの恐怖心を煽り、スッと全身の何かが下へと下がっていく感覚に包まれる。
言いつけも破ってひとりで出歩くなんて…旦那様はまだ帰って来てないかしら…
来る時は本のことで頭がいっぱいだったが、改めて考えてみると自分がしていることに足が震えてくる。
___「"捕まえた人間を屋敷のある秘密の場所で
食べている"なんて噂…ご存知ないのですか?」
「ッ!………」
そしてなぜかふと浮かんだあの台詞に思わず声が出そうになるが、レアナは唇を噛み締め頭をぶんぶんと横に振り、力強く静かに廊下へと歩き出した。
「………うぅ」
でもやっぱり行きより長く感じる道のりを恐る恐る進み、ゴクンと鳴る自身の音にも気をつけながらひたすらに突き進む。
あれ…ここで合ってたわよね?
自室から書庫は何度も行き来していた為慣れていたはずだが、押し寄せる不安といつもと雰囲気の違う暗い廊下に道がわからなくなる。
え…どうしよう…とりあえず一度戻る?
と静かに浮いた足を行ったり来たりさせているとそれはもつれ…
「ッ!………」
その場でレアナは勢いよくすっ転んだ。
「………ふぅ…」
あっ…ぶなかったぁ〜。
が、倒れた身体は音を立てずに床の上に横たえ、手にしていたランプも大きな音を立てずふわりと床から隙間を開ける。
これを落としていたらそれはもう大きな音が響いていたわね。
ランプをすぐに立て直し、身体を起こそうと顔を持ち上げた時…
「………ん?」
レアナは続く廊下の壁の下の方に、うっすらと隙間が空いている箇所があることに気がついた。
その隙間は扉一つ分くらいあるが、もちろんそこにドアはなくノブもない。
「秘密の…場所?…いや、まさか〜」
フッ…と鼻から抜ける空気の音が顔の周りに漂う。
ヴゥー…___
「ッ!………」
隙間の奥から微かに唸り声のような音が聞こえ、レアナはキュッと口と喉を締めた。
か、風の音か何か…よね?
頭では必死に現状を否定し早く部屋へ戻らないと…という考えが巡るのだが、なぜか耳を澄まし身体は壁の方へとゆっくり近づいていく。
ダメよ…よくわからないけどここは絶対に、好奇心を膨らませるべきところではないわ…全部忘れてこの本を読みながらベッドで寝るの!そうよレアナ!アナタが今やるべきことはベッドで気持ちよく寝ることよ…
カチャ…___
「ッ!………うそ…開いちゃった…」
レアナは頭の中をぐるぐると動かしながらも、どこか開く場所はないかと壁をペタペタと探っていた。
前に王女様が言っていたのだ。お城には隠し通路がいくつもあって、壁の分かりづらい所にその扉が開くスイッチが埋め込まれているのだと。
そして本当にそこはその通り開いてしまったのである。
この屋敷にもそんなところがあったのね…ちょっと、ほんのちょっと中を…覗くだけ…
もうここまできたらやめられないとレアナは本を脇に抱え直し、強く握ったランプを前へと伸ばしその中をゆっくりと照らした。
「………」
ん?…階段?
その中は石造りの階段が弧を描いて下へと続いており、ここからでは先は見えない。
地下に続いているのかしら…あぁもう気になって仕方がない!
こうなったレアナを昔から止めていたのは姉のベアトリスだ。がしかし、それを止める姉はここにはいない。
レアナは自身が浮いていることを一応再度確かめ、一段一段階段を降りていく。
古い造りのようだけど綺麗に掃除されてるわね…
弧を描く階段は先が見えず、レアナはひたすらに降りていく。
どこまで続いてるのかしら…
「ッ!………!?」
曲がった先に急に灯が見え、マズイ!と思ったが勢いのついた重力には逆らえず、そのまま身体を進めてしまう。
「…………」
灯りの先には同じ石造りの空間がありその奥に、大きな黒い人影が見えた。
ドサッ___
「ヴアゥ!…」
「ッ!………」
大きな背中の向こう側で何かが落ち、それに驚いたレアナの身体は小さく飛び上がった。
カタ___
「ッ!…」
「ん?…」
声を出さないようなんとか堪えたのだが、飛び上がった身体と一緒に手に持っていたランプが小さな音を立てた。
そしてそれに反応した大きな背中がこちらに振り返った…
「君は!…なぜここにいる!」
「………旦那…様?」
そこには真っ赤に染まる口元から鋭い牙を2本生やし、同じように赤く染まる瞳を見開くアルマンが立っていたのだ。
ガシャン___
「ッ!………」
「ッ!………」
震える手から離れたランプは大きな音を響かせ、それにハッとしたレアナは微かに動き出したアルマンに身構え大きく後ろへ下がる。
「キャッ!…か、勝手にこのようなことをして申し訳ありません!!!」
しかし足元の段に躓きバランスを崩したレアナはそのまま階段に座り込み、そう叫びながら襲いかかってくるであろうアルマンの衝撃を待った。
「………………ん?」
だが予想していた衝撃は何も来ず、レアナは咄嗟に顔の前に出していた腕越しに恐る恐る目を開けた。
「…………え?」
目の前に見えたのは牙を剥き出し襲い掛かろうとするアルマン…ではなく、彼は部屋の奥の方で顔を隠し大きな身体を縮こませていた…
「だ……旦那…様?」




