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真紅の鉄壁と恐れられる辺境伯へ姉の代わりに私が嫁ぎます!  作者: 小野寺雀


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14/19

14.空気


ガタガタ___


「スゥー…」


レアナは一人ぽつんと馬車に揺られ、行きより広く感じる空間に息を吸う音がやけに響く。

あのお茶会はアルマンの登場で当然のことながらお開きとなりすぐに帰ることとなったのだが、夜の山道は危険だと彼は屋敷からずっと馬に乗り馬車の外を走っている。

いやきっと…彼は妻としてまともにその勤めも果たせない私に怒っているのだろう。同じ空気を吸いたくもない…的な?


「…はぁ〜…あぁ、もう…」


あの時、怒りに任せて出た全てをレアナははっきりとは思い出せないが、らしくない太く低い声で強く言い放ったのを頭に浮かべては、気づけば詰まっている息を胸から吐き出すのを何度も繰り返していた。

そして締め切っている窓の外へ目線を向けるが、さっきから流れていくのは薄暗い緑の景色だけで気分転換の手助けにはとてもなってくれない。


「…………はぁ〜」


それにアルマンが登場した後も、レアナは失態を繰り返してしまった。

あの場で怒りを露わにするアルマンを止めたのは、彼の友人でありこの会自体の主催者であるエリックだった。

そして彼はこのお茶会は自分がリリアーヌに指示したものだと主張し私たち夫婦に向け頭を下げたのだ。

どこの誰ともわからない物が急に友人の妻となり、一体どんな人物なのかその底までも知りたかった…ということらしい。

レアナはまんまとそれに乗っかってしまったわけだが、沸々としたものが奥底でまだ燻ったまま、震え頭を下げるリリアーヌを見てそれがまたふと沸いてしまった。

そしてアルマンが口を開ける前に、レアナはまた余計な一言を言ってしまったのだ。


___「リリアーヌ様のお腹には子がいるのですよ?

      なんてことをさせるのですか!………あ」


夫の友人になんて失礼な態度をとってしまったのだろうと後から気づいても吐き出した言葉を戻すことはできず、眉間にシワを寄せたまま「帰るぞ…」と言う夫の大きな後ろをレアナはただただついて行くことしかできなかった。


「あぁ、もう!…はあぁ〜…とりあえず旦那様にちゃんと謝らないと…」



コンコンコン___


ため息とそんなつぶやきを繰り返していると馬車はいつの間にか止まっており、到着を知らせるノックが聞こえた。


「はい!………あ」


急いで降りようと頭を出すとそこにはアルマンが手を伸ばし待っていた。


「飛ばしたのだがやはり遅くなってしまったな…大丈夫か?」

「は、はい…大丈夫です。ありがとうございます…あの!…」


恐る恐る彼の手を取り馬車から降りると、レアナは意を決して先程の失態の数々を謝ろうとアルマンにグッと近づき見上げた。


「ッ!…俺はやる事があるから先に行く…今夜はゆっくりと休むんだ」

「え?………」

「おかえりなさいませ…って旦那様?どうされたのですか?」


アルマンはなぜか顔に深いシワを寄せ後退り、出迎えたジルの横を素通りしながらレアナを避けるように屋敷へ消えて行った。


「ん?…奥様?」

「………はぁ〜」


あぁ、もう私、終わった…かも…

この時レアナの頭に浮かんだそれは、決して大袈裟なことなどではなかった。


「はぁ〜………ダメだもう刺繍にも集中できない…」


あれから何度も謝ろうとしたがその機会を彼は与えてもくれず、その夜も…次の日の夕食になっても彼は現れなかった。

そしてまだ1日しか経っていないがもう4度もチャンスを逃したことに、レアナは勝手に膨らむ焦りと不安に遂には針に逃げることにも罪悪感を抱いてしまうようになっていた。


「はぁ〜もうどうしよう…………あ」


こんな時、実家ではよくあの本を木の上で読んでいたわね。書庫はまだ改装中だし、本は読めないと思っていたからすっかり忘れていたわ…

とレアナは実家からこっそり持って来ていたあの隣国の本のことを思い出した。


「あれ?そういえば私、あの本どこへやったかしら…」


このところずっと刺繍にハマっていたレアナはあの本の最近の記憶がないことに気づき、必死に記憶を辿った。


「あ!え、うそ…書庫へ持って行ったままじゃない…?」


それは本棚を倒してしまったあの日にまで遡り、それからすぐに改装が始まった為レアナはあれから一度も書庫へは行っていないのだ。


「あぁ、どうしよう…あんなのを大事に持ってるなんて言えないし…」


少し前まで敵国だったベルアニームの本が大切な物だなんて言えないし…ましてや「この青年の姿を見て!美しくて凛々しくてカッコいいでしょ!」なんて下心しかない力説はもっと言えない…なんだったらもう勝手に処分されてるかもしれない…


「あぁそんな…なんで私ずっと忘れてたのかしら…」


あれは幼い頃からのレアナの心の支えでもあった。もはや中身というより本そのものが大事なのだ。


「どうしよう…」


それがないとわかると、元々抱えていた不安も相まって途端に身体の芯が震えるような不安がレアナを襲い出す。


「あそうだ!今夜は旦那様狩に行くと言っていたわ…今なら誰もいないはず….とりあえず探しに行かなきゃ!」


ギィー___


レアナは駆られる焦燥感そのままにランプを手に取り、静まり返る廊下へと顔を出した。



バタン…___



*******



「スゥー………はぁ〜…」


月明かりが微かに照らす森の奥…

アルマンはひとり暗い森の闇を身に纏い、頭を冷やす為たぎることのない無機質な空気を肺に送り込んでいた。


「…………」


がしかしすぐに浮かんでくるそれにいつの間にか息は止まり、無意識にその香りを記憶の中から手繰り寄せる。


「ッ!ダメだ…ふぅ〜………」


そんなことをぶつぶつと木に向かいくり返していると…


ガサガサ___


「おいこの道で合ってるのか?真っ暗で何も見えねぇぞ!」

「大丈夫だ!早く帰らないとまたかみさんに怒られる!こっちが近道な…はずだ」

「おい!本当に大丈夫かよ…お前こんな酒臭いんじゃどっちにしろ怒られるだろ〜」

「それもそうだな…」

「「あははは〜」」


アルマンが近くにいるとも知らず暗い森をふらふらと草木を分け歩くのは、かなり酔っ払った様子の漁師たち。


「…………ヴアゥ…」


アルマンは鋭い牙を剥き出し短く息を吐くと、見開いた目に光を宿しそんな男達の方へゆっくりゆっくりと近づいて行った…


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