13.
「お招きいただきありがとうございます。どうぞ"レアナ"とお呼びください」
下っ腹に力を入れ椅子の横に立ち、姉を思い出しながら微笑み顔で軽くお辞儀をする。
お茶会では今までずっと立場が最も低い男爵令嬢として参加してきただけに、レアナと呼んでちょうだい?とまでは流石に言い切れず、せめてもの抵抗としてお辞儀は軽く澄ましてみる。
この会のホストであるリリアーヌがすぐに深いお辞儀をし、それに続いて令嬢達もお辞儀をしていく。
「………ん?ん"ん!」
挨拶が終わりニコニコと立っていたレアナだが、すぐに気がつきそれを悟られないよう優雅に席に着く。すると次々と席に座り、レアナの身体の中ではゴングが鳴った。
ふぅ〜ん…私が座るまで皆待っていたということは、この場では一応辺境伯夫人である私が格上だと認識されているみたいね。
「レアナ様、宜しければお菓子をどうぞ」
「ありがとうございます」
リリアーヌが取り分けた皿を受け取り微笑みかける。
「そういえばリリアーヌ様!この前…」
ひとりの令嬢が割り込みリリアーヌとの話をし始める。
あら、あの方はそう来るのね…
あえて格上である招待客を外して会話を繰り広げるということは、先制攻撃と受け取っても誰にも非難されることはないだろう。
しかしレアナはあくまでも夫の友人夫婦に招かれた身であり、なるべくならここは穏便に済ませたい。
「ん、美味しい…」
レアナは会話を聞きながらも気にしていない風を装いお菓子や紅茶をひとり楽しんでいく。
王都でのお茶会には何度も参加したが皆の注目は必ず姉の方に行くため、レアナはいつもこのように空気となり周りの様子を伺い誰と誰が繋がっているのか、姉に悪意を向ける者はいないかと言葉の裏や表情の変化に神経を常に使っていた。
まあ、あからさまな悪意を持って接したとしても、どこか抜けてるところもある姉様にはほとんど効いていなかったけどね…それに姉様には"最強の友人"がいたから表立って妬みをぶつけられる人なんてそうそう居なかったし。
「今日のお召し物は随分と簡素でいらっしゃいますわね。もしかしてドゴール卿からドレスの一着もご用意していただけないのですか?…"ドゴール夫人"?」
「………ん?」
あのいきなり先制攻撃を繰り出してきた令嬢から急に話を振られ、レアナの思考は過去から現実に引き戻される。
私ったらダメね、昔の思い出に浸っている場合ではなかったわ。でもあの方今、ドゴール夫人って言ったわよね?あぁ、そう…
上からそう呼べと言われたら階級関係なくその場ではそのように呼ぶのがお約束である。それをあえてしないということは彼女はやはりレアナが上であることを認めてないということだ。
「あらごめんなさい、お菓子につい夢中になっていましたわ…なにか?」
本当にちゃんと聞いていなかっただけだが、貴方の話、つまらな過ぎるわね…ととりあえずジャブを返してみる。
これは姉の話で盛り上がっている場を面白く思わない上のご令嬢がよく言っていたセリフだ。
「………」
「ご満足いただけているようでよかったですわ」
黙り込む令嬢をそのままにリリアーヌがレアナへと笑みを向ける。
リリアーヌは率先して悪意を向けるわけではないが、彼女を止めはしないということはやはり中心はリリアーヌなのだろう。
「ドゴール夫人は王都の男爵家のお生まれでしたよね?あ、お生まれになった時は平民でいらしたんでしたっけ?」
「………」
「………ええ」
一瞬レアナの手が止まったが、リリアーヌはこれにも何も言わないため最低限の返事をする。
はい遂にどストレートで来たわね。所詮は平民で成り上がりの男爵令嬢でしょ?ということね。にしても彼女さっきから笑っちゃいそうになるくらい考えが表に丸出しだし、マナーがわかっていなさ過ぎじゃないかしら?
「でしたらこういったお茶会はあまり出席されたことがなかったりして…」
「………ふふ」
「あら、それは残念ですわね。王都では"王女様"がよくお茶会を開いているとお聞きしていますわ。リリアーヌ様はご出席されたことがお有りでしたよね?」
「ええ…かなり前に一度だけね」
「あら、そうなんですね」
王女様のお茶会には何度か出席していたけど…もうめんどくさいから適当に流しておこう。ほら、なぜか彼女勝ち誇ったように鼻を鳴らしているわ。もう自分が上になった気でいるようね。
「ドゴール夫人はお姉様もいらしたんですよね?それはそれはお美しい方だったと噂では聞いておりましたわ」
「…………………ええ」
「レアナ様、そういえばご結婚されていかがです?もうあちらでの生活には慣れましたか?」
彼女の釣り上がる口から姉のことが飛び出し、ピクっと思わず左のこめかみが動く。それに気づいたのかさすがにリリアーヌは話を逸らし始めた。
「姉は…見た目だけでなく、心根も大変美しい人でした。そうなれるかはわかりませんが、私も姉のようにありたいと今でもずっと…思っております」
レアナは目は細めず頬だけを上げながら令嬢をまっすぐ見つめ、語尾を強めてそう言った。
「……そ、そうですか。でも大変ですわね!"あの"ドゴール卿の元へ嫁がれたなんて…」
顔は逸らしたが彼女も負けまいとまだレアナに食ってかかる。
「あの…とはどういう意味ですの?私の夫は…」
「"人喰い辺境伯"…というのは本当なのですか?」
「……………は?」
「おやめなさい…」
今度は右のこめかみが動き、なかなか言わない一音が口から自然と飛び出す。
「ある夜になると使用人でさえ屋敷内を出歩くことを禁止し、"捕まえた人間を屋敷のある秘密の場所で食べている"なんて噂…ご存知ないのですか?」
「………」
リリアーヌが静かに止めに入るが彼女には全く届いている様子はない。
「あれって本当なんですの?」
「もういい加減にしなさい!」
「でも気になるではありませんか!あ、もしかしたら夫人のお姉様もドゴール卿に食べられてしまったんじゃ…」
カチャン___
「「ッ!………」」
レアナが思わず記憶の片隅にあったご令嬢のようにティーカップをソーサーに押し付けると、テーブルの周りは一瞬にして静寂に包まれる。
旦那様が人を…お姉ちゃんを……食べた…?
この人…一体何言ってるの?
レアナは静かに重く息を吸い、いつの間にか閉じていた瞼と一緒に口を開いた。
「旦那様は…私の夫は不器用なところもありますが、私のような者にも気をかけてくれるとても思いやりのある方です。日々領民の言葉一つ一つに真摯に耳を傾け、戦争で深く傷ついた街を美しく笑顔と活気溢れる街へと見事に復興させました。皆が夫を領主として慕い、尊敬の眼差しを向けていたのを私はこの目で見ました。そして私もそんな夫を尊敬し、誇りに思っています。どんな噂が流れようと…それは揺るぎのない事実です」
一気に捲し立てたレアナは、息を整えるように小さく深呼吸をして目線を上げた。
「………あ」
するとなぜか皆の顔は青ざめ、怯えるようにドレスのフリルが小刻みに震え始める。
ん?え…え?これは私、やってしまったの…かしら?
でもそんな怖がるほどのことを言ったつもりはないのだけど?
と不思議に思っていると…
「………これはどういうことだ?」
「ッ!………」
背後から空気を揺らすような低い唸り声にも近い声が聞こえ、レアナの喉元も反射的に細く縮こまる。
「………旦那…様?」
振り返るとそこにはあの黄金の瞳をギラギラと見開き立つ、アルマンがいた。




