12.たのしいかい
ガタガタ___
「こんなに素敵なドレスをご用意していただけるなんて…ありがとうございます」
招待されたアルマンの戦友の元へ向かう馬車に揺られながら、レアナは向かいに座るアルマンに微笑みそう頭を下げる。
レアナが今着ているドレスは胸元は淡い黄色で、下へ行けば行くほど色が濃くなっていくデザインになっている。フリルはなくスカート部分のボリュームがあるくらいで、ぱっと見は落ち着いた印象だがキラキラと光る糸で細かい刺繍がびっしりと施してあるため、簡単に買えるような代物ではないだろう。
「よく似合っている。気に入ってもらえただろうか?」
「ええもちろんです!」
不安そうにこちらを伺うアルマンに、レアナはいつもより感情を乗せさらに微笑んだ。
「よかった。もう一着、この前気に入ったと言っていた形でそれと同じデザインの物を頼んである。出来たら着るといい」
「え…そんな、もう一着だなんて…この素敵なドレスを頂いただけでもう十分ですわ」
「後何日かしたら届くだろう。普段着にでも使ってくれ」
「本当に…ありがとうございます」
「別に、大したことではない…」
レアナは改めて頭を下げ礼を言うとアルマンは息が詰まったように小さく呟き、ふいっと開いている窓の方へと顔を逸らした。
「ふふ…」
「…………ふぅ〜」
レアナは隠しきれない嬉しさをこぼし、淡い黄色から金色へと綺麗なグラデーションを見せる刺繍を優しく指先で撫でながら、馬車にしばらく揺られた。
カタン___
「着いたようだな」
「はい」
永遠と続く荒い草木の風景が終わると、あるお屋敷の前で止まった。
「思ったよりも長かったな。大丈夫か?」
「大丈夫です…」
いくら柔らかいクッションに乗せていたとはいえお尻はひたすらに揺れる振動でジンジンと痺れている。がしかし、見れば見るほど細やかなドレスの技術にときめき、風にそよぐ爽やかなアルマンの横顔を盗み見ていたらあっという間に着いてしまった気は…する。
そしてそのふわふわとした高揚感に浸っていると先に降りたアルマンがすぐに振り返りレアナへと手を差し伸べた。
「ん?どうした?…大丈夫か?」
「は、はい…ありがとうございます」
暖かく大きな手に恐る恐る自身の手を乗せるとギュッと力強く支えられ、レアナはグッと顔から全身に力を入れゆっくりと降りていく。
「おぉ!来た来た!久しぶりだな〜」
名残惜しさに手を繋いだままアルマンに見惚れているとそんな声が聞こえ、レアナは慌てて手を離した。
「はぁ〜…お前は相変わらずだな」
ため息混じりにそう言い放つアルマンの目線の先には、ブロンドの長い髪を後ろで一つに束ね、青い瞳を細めて笑う好青年が立っていた。
「そちらがアルマンの奥さんかい?やあ!私はエリックだ。こんな遠くまで来てもらってすまなかったね。今日はとびっきりのおもてなしをさせてくれ」
「…本日はお招きいただきありがとうございます。レアナと申します」
彼はウインクをしながらレアナの手に軽い口づけをし、レアナは戸惑いがバレないよう薄い笑みを貼り付け淡々と挨拶を返した。
「あ、あの…」
手を握ったままなぜかニコニコと見据えられ続ける終わらない様子の挨拶に、居心地の悪さを感じていると肩にかけられた熱によってやっと解放される。
「おい…」
「ッ!…」
「おっと、これは失礼。あまりの美しさに見惚れてしまったよ…」
肩にあるのがアルマンの腕だと気づき顔の熱が一気に上がるレアナは、それを隠すのに必死でエリックの青い瞳の奥に漂うほのかな冷たさに気づいていない様子。
「奥様大変申し訳ありません!ご無礼をどうかお許しください。はぁ〜あなたって人は…もっと伯爵家の人間らしく振る舞っていただかないと困るわ…」
「いいだろ?アルマンの奥さんなんだから…」
と後ろから現れた女性がぶつぶつとエリックを注意するが彼は慣れたように笑顔でそれを受け流している。
「ん"ん!」
「あぁ、すまない。こちらは私の妻リリアーヌだ。彼女のお腹には今、俺たちの愛の結晶が宿ってるもんでね」
見かねたアルマンが軽く咳払いをすると、申し訳なさそうにするリリアーヌの紹介から今回の招待の経緯へと流れるように話は進み出し、二人は屋敷の中へと案内された。
「戦場だからだと思っていたが、そのしかめっ面は今も相変わらずだな」
「………知らん。俺は元々こういう顔だ」
「本来であればこちらから伺うはずですのに、こんなところへお呼び立てしまって申し訳ありません…」
「いえいえ、喜ばしい事ではありませんか。おめでとうございます。お身体は大丈夫ですか?」
気づけば痺れも取れたお尻をふかふかのソファーへと預け、すぐに出された紅茶を飲みながら各々自然と談笑が始まった。
当たり障りのない会話がなんとなく続く隣では、エリックの笑い声だけが響いてくる。
「おぉそうだ!今日のためにいい酒を用意したんだ」
がやがやと話していた合間にそのセリフが耳に入り込んで来る。
パッと無意識的に目線を向けると嫌そうにするアルマンの肩をバシバシとエリックは遠慮なく叩き、長居をするつもりはない…と言うアルマンにレアナは私のことは気にしないで楽しんで、という意味を込めた微笑みを彼に向けた。
「せっかくお会いしたのですから…」
「ほら彼女もそう言っているじゃないか!」
「よろしければ他にもお菓子をご用意しておりますので、お庭でお話の続きを致しませんか?」
リリアーヌが柔らかく微笑みそうレアナを誘うと、旦那様の御友人の奥様だもの。ちゃんと交流を深めておかないと…とレアナはやっと妻としての仕事ができると腹の奥で意気込んだ。
「いや、それは…」
「それは是非、ご一緒させてください」
レアナの瞳が少し輝いたのを感じ取ったのかリリアーヌはまた笑みを浮かべ、早速庭へと誘導し始める。
このくらいこなせないと辺境伯の妻として成り立たないわ…と改めて背筋を伸ばし、退室の挨拶をしてその場を離れるレアナだが、なぜかアルマンはそんなレアナに不安そうな眼差しを向けてくる。
それにも少しハイになっているレアナは心の中で、大丈夫です。お茶会は姉様に連れられ王都で何度も経験しておりますから!立派に役目を果たしてみせますわ…と思いながらそんな目線に微笑んだ。
「こちらでございます…」
「え…あ、はい」
だがしかし、それはレアナが思い描いていたようなものではなかった。
色鮮やかに整えられたお庭には大きなテーブルがあり、その上にはたくさんのお菓子が並んでいる。
「すみません奥様、キッチンが張り切り過ぎてお菓子をたくさん作り過ぎてしまって…私の友人を何人か呼んでいるのですがよろしいでしょうか?」
そしてテーブルの周りには3人のそれは豪華なドレスを纏ったご令嬢達が立っており、こちらに向け頭を下げる。
「え、ええ…もちろんですわ」
レアナは初対面なはずなのに既視感のある温かみのない笑みに違和感を感じつつ、テーブルの方へとゆっくりと近づいていく。
あ、もしかしてこれは…そういうこと?
そこでレアナはやっと他と同じように微笑むリリアーヌに気づき、ゴクッと息を飲みながらこれから始まるであろう恣意的なお茶会に向け、頭を動かしお腹の奥へと力を入れ直したのだった。




