11.
「………」
雲ひとつない青空の下、見て見て!と言わんばかりに咲き乱れる花の中心で、レアナは真剣な顔を手元一直線に向けていた。
「………お、いい感じじゃない?」
目線の先には黄色い糸が通された針とハンカチが握られており、上手く進んでいる様子の向日葵の刺繍を自画自賛しながら刺していく。
あぁ、無心でブスブスと刺しているとなんだかスッキリするわ…刺繍もだいぶ上手くなってきたんじゃない?向日葵の花は見てるだけで元気がもらえるわね。
あぁ、この庭の花もすごく綺麗ね。できれば旦那様と一緒に見に来たかったけど…朝もランチには誘ってくれなかったし…って違う!期待なんてしてないわ。別にそんな…ただここの庭が素敵だから来ただけよ。天気もとってもいいし…
「って違う!集中集中!邪念は捨てるのよ…」
といつの間にか止まっていた手を動かし、レアナはまた真剣な眼差しを下へと向けた。
「………ふぅ〜」
没頭し過ぎて針の形に合わせ指先が凹み痛くなってきたところで、ようやく一息つく。
「ん?………え?」
テーブルにハンカチを置き顔を上げると向かい側に黒く大きな影が見えた。
「だ…旦那様?」
「………ん?」
思わず声をかけると綺麗な黄色い瞳が一つから二つに増え、片方だけ眉を少し上げながらこちらを覗き込むその仕草に胸の辺りが一瞬にして力強く動き出す。
「あぁ、もう終わったのか?すまない声をかけたんだが集中しているようだったから…」
「………」
鮮やかな花と青々とした草木に囲まれ、爽やかな風に髪を揺らすアルマンの姿にレアナは見惚れ、ひとり時を止める。
「…どうした?」
「ッ!…あ、いや…旦那様はいつからそこに?」
「ついさっき来たばかり…ん?あぁ、眺めていたら1時間も経っていたようだ…」
「え…1時間も前からですか!?す、すみません!気づかずにお待たせしてしまって…」
「いや別に良い…刺繍が好きなのか?」
「…あ、はい」
薄らと笑うアルマンにまた心浮つき出すレアナは流れでそう答えるが、刺繍なんて何も考えずに済むからしてるだけで好きでも得意でもない。
「あ、いや…」
「そうか。これは…ライオンか?」
「はい………え?」
ぼーっとしていたレアナはまた咄嗟に答えるが頭の中に4文字のカタカナがただ浮かぶ。
ライオン…?
「珍しい物を縫うのだな。だがなかなか良い」
「いや………ありがとうございます」
嘘でしょ、これライオンに見える?………見えなくもないか…
と心の中で泣きながらも表には決して出さないようにと顔を強張らせる。
「………すまない急に」
「いえ、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「ん?あぁ、大丈夫だ…その、そろそろ昼食の時間だな…よければこのままここで一緒にというのは…どうだろうか?」
「………え?」
思いもよらない展開に、レアナの心臓だけが動き頭が全くついていかない。
「この前はすまなかった。今日こそは一緒にと、思うのだが…ダメか?」
「い、いえ!ではそのように準備してもらうよう声をかけてきますわ」
いろんなことを忘れ、ただただ嬉しさに顔が熱くなるレアナはとりあえず一旦彼から離れたいと適当な言い訳を捻り出し席を立つ。
「失礼致します。もう少しで料理が参りますので、ご準備に参りました」
「ッ!…」
どこからともなく現れたジルはドームの外で頭を下げ、静かに手早くテーブルの上をセッティングしていく。
そして完全に逃げ場を失ったレアナは中途半端に浮いていた腰をゆっくりと下ろした。
「………」
「………」
チラチラと目線を向けるたびに彼と目が合い、その度にレアナは口元にキュッと力を入れ目線を花へと戻す。
な、なんで旦那様はあんなに見ているの?え、私を見ているのよね?目が合うんだから…そうよね?え、なに?なんか顔についてる?てか変な顔になってない?
とプチパニックになりどんどんと身体に力が入り、顔からは硬い笑顔さえも消えていく。
「君の好きな物ばかりだ」
「ありがとうございます…」
気づけば朝食のようにアルマンが皿に料理を盛り、レアナの前に置いていく。
でもそれはどれもちょうど良い量に盛られており、そんな彼の優しさにまた緩みそうになる頬に力を入れほんの少しだけ微笑んだレアナはすぐにフォークを手に取った。
「………おかわりが必要な時は言ってくれ」
「ありがとうございます…」
「………」
「………」
草木が揺れる音や小鳥の囀りが聞こえるほど静まり返るドーム内は、日の光が入ってこないせいか外より少し冷たく感じてくる。
なにか話した方がいいのかしら…
と黙々と食べ進める目の前に目線を流しながらレアナも口に運んでいく。
「………失礼致します。奥様、よろしければ食後のデザートもご用意しておりますがいかがでしょう…」
「まあ…どれも美味しそう」
ジルが押してきたワゴンには、フルーツがたっぷりと乗ったケーキや小さなお花で飾られたピンクの可愛らしいムースなど心くすぐられる物がたくさん並べられていて、自然と頬が持ち上がってしまう。
「好きなだけ選ぶといい…」
「ありがとうございます!」
上がった頬そのままに前へ向くと彼は柔らかく目を細め、ジルに取り分けるようすぐに指示を出す。
「………よかった」
「美味しい…」
低く呟いた声は甘い物で満たされ上機嫌なレアナには届いておらず、そのさらに後ろではジルが目線でしきりに促している。
「んん!…その、ひとつ話したいことがあるんだが…」
咳払いをしアルマンはレアナに友人から招待されていることを話し始めた。
「だが…山を越えたさらに先で行くだけでも馬車で半日はかかるところだ。道も険しいし無理に行く必要はない。今回は私だけで行こうと思う」
「………そうですか。しかし、旦那様がわざわざ出向くようなお方であれば、招待された私が不在となると失礼ではありませんか?」
行かなくていいのかと思うと少しホッとするが、ここに来てまだ妻らしいこのなんて何もしていないのも事実である。正式な婚儀の前とはいえ、毎日のんびりと過ごす中でそのことも、レアナの内をモヤモヤさせていた。
まあ、姉様であればどんな男性だって見せびらかしたくなるだろうけど。私じゃあ………ねぇ?
と自分で考えながらキュッと胸が詰まり、可愛らしいデザートも途端に輝きを失っていく。
そしてそんな目線がどんどんと下がっていくレアナの後ろで、ジルは額に手を当て大きなため息をついた。
「いや、アイツはそんな偉くもない。ただお互いに背中を預けて戦った仲だと言うだけだ。まあ俺を呼びつけられるのは王以外にはアイツだけだろう…」
そんなことにも気づかず、懐かしむかのように暖かく笑うアルマンだが、それにつられレアナの身体に入っていた力もふっと抜ける。
「だからいいんだ。無理には…」
「…お会いしてみたい」
「え…?」
彼が懐かしみ笑う友とは一体どんな方なのだろうかと、命を預けるほど信頼する方とどんな時間を共に過ごしてきたのだろうかとレアナは気になってしまい、思わず言葉が口から溢れた。
「え…?あいや!すみません…ただどんな方なのか気になっただけで…それに、そうですよね。私なんかが旦那様の妻として隣に立つだなんて…」
ついにそう口にしてみると、本当にそうだと…私は姉の代わりでしかないのだと、徐々に冷えていく身体が硬くなり頬だけが一瞬だけ上がった。
「行きたいのであれば…一緒に出席してくれるか?そんな大した奴ではないし、楽しい物でもないと思うが…」
「…いいのですか?」
「君が行きたいのであれば…ただサッと顔だけ出して帰ってくるだけだが…」
「…………行きたいです」
「………そうか」
ただ同行の許可が下りただけなのだが、重く落ちていた気持ちが少し掬われ、レアナは軽くなった頬をほんのちょっとだけ持ち上げた。




