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小説の中の人を拾いました ─辺境領主のご落胤─

作者: あま猫

 

「いや、セルジュさまが良い男すぎて現実がつらい」


 最新話まで読んでしまった南海は、盛大にため息をつく。

 彼女の場合、最新話まで読んでしまうと続きがないという虚無感に襲われる。

 そのため、最新話の数話前でいったん読むのをやめる。


 そしてある程度、更新が進んだら読むのを再開するのである。


 しかし!


 この「辺境領主のご落胤」という作品。おもしろすぎて、あっという間に最新話に到達してしまった。


 評価0、フォローも0。

 なんだったら視聴数も私、南海祭みなみまつりしか読んでいない勘定になる。


 嘘だろ?

 こんな面白いのが眠っているなんて、WEB小説こえーっ。


 更新が途絶えて1年は過ぎている。

 このまま更新されなかったら、死んでも死にきれねー。


 それにしても、辺境領主の落胤であるセルジュさまが良い男がすぎる。

 領主の妾の子として、人知れず平民として生まれ育った主人公。

 しかし、スペックが高すぎて、幼少期から目立つ、モテる、かわいい。

 もうお姉さん、セルジュさまが実物だったら、いくらでも貢いじゃう!


 しかし、現実はつらいことしか待っていない。

 私もそろそろ売れる作品を書かなきゃアカンのだが……。

 大学時代に気まぐれで書いた作品が、すごく売れてかなり稼いでしまった。

 そのせいで自分に才能があると勘違いして、専業作家の道を選んでしまった。

 だけどあれから3年。書けども書けども鳴かず飛ばずで、スランプに陥っているといって過言ではない。


 そのため、インスピレーションを得るため、小説投稿サイトを読み漁る毎日を送っていた。


 そして出会った運命の一作。

 でも片思いの相手が主人公の物語は結末を迎えていない。


 可憐な第1王女、聡明な侯爵令嬢、隣国の強烈なカリスマを放つ若き女王。

 ふさわしい候補の女性はたくさんいる。

 セルジュさまには幸せになってほしい。

 でも、誰とも結ばれてほしくないという願望もある。


 それにしても、作者はなぜ続きを書かないのだろう。

 誰も読まないから?

 それとも書くのに飽きたから?

 いずれにしても、見ず知らずの素人の作品の2次創作したくなるほど、主人公にどハマりしている。


「はぁーーっ」


 田舎に移り住んで3年。

 平屋の一軒家の屋上で、きらめく星々をあおむけになって眺める。


 ん? UFO? ──いや、流れ星か。


 綺麗な白い尾を引いて、とんでもなくゆっくり流れている。

 ふと我に返り、とっさに願い事を3回唱える。


「せるじゅせるじゅせるじゅ」


 どうにか3回言えたが、なんだ「せるじゅ」って?

 本当は作品を再開して欲しいと言いたかったが、無理だった。


 流れ星はゆっくりと地平線の向こう側へ……消えない!?

 ってか、私のところに向かってないかアレ?


 ゴンッと額にぶつかると「ぐうぇ」と淑女にあるまじき声を上げてしまった。

 まあ、痛いっちゃ痛いが、流れ星が当たった割にはぜんぜん平気。


 おでこを両手で押さえながら、庭に落ちた隕石を見下ろす。

 ぷしゅーっと白い煙が噴き出たかと思えば、全裸の男性がひざまずいていた。


 いや、わかるよ?

 登場の仕方がもうなんかの映画やん。などと非現実的な現実を突きつけられて思考が麻痺していたが、さらに私の脳を揺さぶってきた。


「せっセルジュさま!?」


 白い肌。切れ長の目。女性よりも艶めかしい唇。

 そしてなにより特徴的なその赤い髪。


 紛れもないない私の王子さま。

 ふだんガサツな私だが、「とぅんく!」と乙女な心臓が一音聞こえた。


「ここは?」

「ふぇ? ちょっ、あっ……」


 全裸のセルジュさまは前を隠そうともせず、堂々と立ち上がってしまった。

 それを見て頭に血が上ってしまい、屋根から足を踏み外してしまった。


 ふぁさっ、と抱きとめられて庭に着地した。

 って、たくましい胸板にくっついてるーーーっ!!


 すっ、好き──

 いやいや、今はそうじゃなくて。

 マッ()のセルジュ様に抱かれるなんて、どんなご褒美なんだい?


「大丈夫かい?」

「あ、あの……」

「うん?」


 彫刻……そうだ目の前の美の化身は彫刻なんだ。うん、そう思おう。じゃないとメンタルがもたんて。


「前を隠してください///」

「っ! これは失礼した」


 ご近所のマダムたちにセルジュさまのご神体を見られるわけにはいかねー。

 とりあえず家の中に入ってもらい、男性物の服を着てもらう。


 私、南海祭はひとり暮らし。

 独身、彼氏なしだが、弟がいる。

 今度の週末に弟に贈ろうと思っていた服。

 だが、袖も裾も丈が足りておらず、申しわけない。


 でも……。


 美男子が着たらそれはもう神の御召し物。

 ああ、今日はいい夢が見れそうだぜいっ!


「あの……本当にセルジュさまですか?」


 リビングでくつろいでもらっている間にお茶をだす。

 セルジュさまはテレビの裏を見てコンコン叩いたりしている。


「そうだね、なぜオレの名前を?」

「えーと小説……伝記にそう書かれていましたので」

「オレが伝記に……じゃあここは未来の世界、なのか」

「それはわかりませんが、セルジュさまはどこまで覚えてますか?」

「カルシュタインで城に侵入した賊をつかまえたところまでは……」


 やっぱり当たっている。

 王都カルシュタイン。


 王女をさらおうと敵国が送りこんだ賊をセルジュが捕まえるシーン。

 最新話はそこで止まっている。

 続きが気になり、他の投稿サイトにも載ってないか調べてみた。

 でも、書いて読んで作家になろう……通称カクなろにしかなかった。


 それにしても、ちっちゃな隕石で飛んできたのが気になる。

 宇宙人もしくは異世界人? 

 それとも過去か未来からのタイムスリップ?


 はっ!?

 もしかして、ストレスにやられて幻覚なのでは……。

 最近、小説が書けてないからな。

 その可能性はじゅうぶんにありうる。


 ──うん、痛いな。


 頬をつねると、お肌が荒れそうなので(てへっ)腕をつねってみた。

 幻覚ではないなら、もうわからん。

 とりあえず、この貴重な時間をたのしむとしよう。でゅふふっ。


 セルジュさまには、この家に泊まってもらうことにした。

 私は子どもの頃からベッドよりお布団派だ。

 たまに様子を見にやってくる母親用のお布団をだす。

 田舎のいいところは家が広い。

 心にもゆとりができるし、のびのびとした環境が心地がいい。


 あれ、どうしたんだろう?

 セルジュさまが口を手で押さえて悲しそうな目で私を見ている。


「そうか。ベッドもないほど貧しいのに……すまない」

「ちがうわーいっ!」


 はっ!

 思わず、天使にツッコんでしまった。














「この国の文化なのか、すまなかった」


 セーフ!

 助かった。

 怒ってないみたい。


 今のはあれです。

 条件反射というか。

 まあそんな感じです。


 とりあえず電気を消して、横になる。




 ……




 ……




 …………って、眠れねぇぇーっ!

 韓流アイドルよりかっこいいって、ホント存在が異世界ですから!


 すこし離れたところでスヤスヤと寝息を立てて寝てるよ。

 いや、寝息までカッコいい。


 いろいろと考える。

 明日、どうするのか。

 なぜ、こうなったのか。

 そもそも本当にセルジュさまなのか……。


 いろいろと考えているつもり。

 なぜならこんなシチュなんて、一生に1回しかないから。

 そう私は考えている……はず。










「はっ!」

「おはよう」


 目が覚めたら朝だった。

 セルジュさまがいつの間にか目玉焼きを作ってくれていた。

 昨日、冷蔵庫とコンロのことを聞かれたので答えただけなんだが。

 新しい環境への適応力がハンパねぇーっ。


「おっおいしい……」

「それはよかった」


 ずきゅーん、と私の胸を狙撃してくる。

 その笑顔はやばい。

 テレビでその笑顔を振りまいた日にゃ、卒倒する女性が多発すっぞ?

 飯テロならぬ美男テロ。


 朝ごはんを食べたあと、着替えてふたりでお出かけ。

 向かった先は、田舎の街の救世主パオン。


 電車やバスといった交通の便が不自由な田舎にはなくてはならない存在。

 バスの中でもちょっとしたハプニングがあったのだが……。


「なにあれ、ハリウッドスター?」

「オーラが見える」

「うわぁ、あんなん見たら旦那が毛虫にしかみえなくなる」


 ほらね。

 騒然としてるよ。

 でも無理もない。

 こんな田舎街に、とつぜん黒船が襲来したようなものだもの。

 袖と裾がめっちゃ足りてないけどファッションだと思われてるね。

 これはあれだ。

 イケメンとブサイクが同じ服を着た時の反応に似ている。

 どんな服を着ようがイケメンが勝つ。


「いらっしゃいませ、本日はどのよ……ぐふぅっ」


 アパレル女性店員が接客しようとして、顔面オーラにやられた。


 いくつか店を回って、クリアランスセールの品々を買い漁る。

 数さえあればいい。

 正直、なにを着ても絵になる美男子。

 衣服など彼にとってはしょせんただの添え物にすぎない。


「あっ、このひとだ!?」

「ほんとだすごーい!」


 女子高生くらいの小娘2人がセルジュさまを遠巻きにスマホを向けた。


「ちょっと、アナタたち何をしてるの!?」


 ホントは「何してくれてんのじゃこのボケカスがぁぁっ!」と怒鳴りたい。

 だが、ここは世間体を気にして、大人な対応をみせる。


「ごめんなさい、SNSで上がってて」

「え……ちょっとそれ見せて!」


 Oh!

 こいつはアカン。

 セルジュさまの画像や動画がSNSにアップされて反響を呼んでいる。

 海外のスターや芸能人説。

 とにかく普通じゃないと書き込みが増えていっている。


「セルジュさま、ここは危険です」

「うん? わかった。任せよう」


 すぐに買い物を終わらせ、バスに乗る。

 するとあきらかに後をつけている連中が何組かいる。


 そこで、自宅の最寄りいくつか手前で降りた。

 連中も降りたが、電話で予約しておいたタクシーに乗って追手をまいた。


 ふう、とんでもないなセルジュさま。

 芸能人でもないのにはやくも追っかけが現れるなんて……。


 家に帰って、カーテンを閉める。

 自宅が特定されたら、突撃されるぞきっと。


 それにしても数時間外出しただけでこれとは恐れ入った。


「この世界の文字を覚えるにはどうしたらいい?」


 セルジュさまはなぜか日本語は話せるが、日本語や英語を読めない。

 小学低学年の教材を本屋で買ってくればよかったか。


「とりあえず、これで雰囲気だけでも覚えたらどうですか?」


 出先用に持っているタブレット型端末を渡す。

 それで小説投稿サイトやSNSなどの開き方をおしえた。


 あとは文字を自動読み上げする機能でなんと書いてあるかがわかる。

 そうはいっても、ステップを踏んだ学習じゃないので無理がある。


 しかし、セルジュさまはやはり凄かった。

 たった数日でひらがなと数字、一部の漢字や英語を単語単位で覚えてしまった。


「それはなにをしている?」


 セルジュさまが家にきてから家事が楽になった。

 掃除、洗濯、料理などなんでもやってくれる。

 なんなら料理はキュッキュパッドをみて私よりうまくなったかもしれん。


 すごい刺激を受けて、ようやく重くなった筆を執るようになった。


 私、南海祭(みなみまつり)は大学生の頃に書いたきまぐれで書いた小説が受賞した。

 とんとん拍子に書籍化され、ベストセラーを叩きだしてしまった。

 それがそもそもの過ち(・・・・・・・)だった。

 勝手に自分に才能があると勘違いしてしまった。


 なぜ自分の物語が多くの人が読んでくれたのかわからなかった。

 亡くなった祖母との思い出を綴ったほぼノンフィクションのドキュメンタリー作品。

 自分にとって、大切な思い出の日記のようなもの。

 今、思えばそれがリアルだったから読者に刺さったと知っている。

 だから取り返しがつかない。

 祖母との思い出はたくさんある訳ではない。

 そのため、フィクション気味に書いた続編は見向きもされなかった。

 あせって違う物語も書いてみたが、結果はさっぱりだった。


「物語を作ってる、のかな?」

「それは伝記とか英雄譚のようなもの?」


 あたらしい世界の創造。

 魅力のある人物の生成。

 個性あるストーリーの枠組み。


 小説家として、当たり前なことだが、それは誰でも書けるわけではない。


 薄っぺらい世界。

 どこかの作品からコピーしてきたようなキャラ。

 ありきたりなストーリー。


 玉石混淆なんてことばがある。

 宝石とただの石が混ざっているっていう意味。

 宝石と石が混じっていると、なかなか見分けがつかない。

 小説の世界も一緒だ。

 ちなみに今の私はただの石。


 世界が練り切れてない。

 キャラの個性が薄味。

 ストーリーに現実味がない。


 だから磨いてキラキラと光る宝石になりたい。

 いろいろとあがき続けて、小説投稿サイトに刺激をもとめた。

 そこで出会ったのが「辺境領主のご落胤」。


 頭を鈍器で殴られたような衝撃をうけた。


 実在するかと錯覚してしまう世界観。

 圧倒的な存在感のあるキャラ。

 予想をはるかに裏切る展開。


 その物語から憧れの主人公が飛び出してきた。

 私の目の前にはまぎれもない本の中のひとがいる。


 だから、私はセルジュさまにこう返事をした。



「いいえ、自分だけの物語(げんじつ)を作ってるんです」










「だいぶこの世界のことがわかってきた」


 働かないと対価を得られないこと。

 あと、私が本を書いて生きていることを学んだようだ。


「くわを持たぬ者に、みのりは巡らず、だ。オレも働こう」


 働かざる者食うべからず、みたいな意味なのかも。


 でもなぁ。

 働くっていっても、むずしいと思うんだよね。

 だって、顔が良すぎるもん。

 こんなイケメンがコンビニでバイトしたらどうなる?

 たぶん、セルジュさまを目当てに女の子が押し寄せる。

 それで、コンビニがつぶれる。


 他の仕事もだいたいそんな感じになるでしょ?

 かといって、俳優とかモデルの仕事は田舎にはないしなー。


 いや待てよ。

 見た目で稼ぐ方法ならある。

 まあ本人がイヤじゃなければの話だけど。


 私もはじめてやるので、準備に時間がかかった。

 それはつまり、動画の配信。

 企画の内容は特にない。

 踊ったり、歌ったり、料理を作ったり、適当でいい。

 素人まる出しの編集なのに、登録者数がすぐに1万を超えた。

 それなりに数を出せば、セルジュさまなら100万人も夢ではない。


 だけど、ここで問題が発生した。

 動画のコメント欄にアンチコメがちらほらと入る。

 セルジュさまではなく、撮影と編集をしている私に対してだ。


 服を買おうと外出したときに撮られたツーショットが出回っているらしい。


 エゴサーチをすると、すぐに出てきた。

 女の子用WEB掲示板、通称「令嬢ちゃんねる」。


 そこで私が小説家であること。

 最近、売れる本を出してないこと。

 学生の頃にどんな子であったか、などが書かれている。









 HOME 〉 小説 〉 悲報、南海祭。未成年略取の疑い


 2. 匿名 2025/10/03(金) 14:23:37

 このオバサンを誰か警察に通報してよろしくてよ。


 3. 匿名 2025/10/03(金) 14:24:01

 誰なのw

 ってか、イケメンを独り占めするのはマジゆるせない。

 


 ・

 ・

 ・



 37. 匿名 2025/10/03(金) 16:26:18

 >>3

 正体判明、南海祭みなみまつり小説家

 代表作「おばあちゃんの優しい台所」


 38. 匿名 2025/10/03(金) 16:27:29

 >>37

 むかしから気が強いヤツ。

 コイツならやりかねんw


 39. 匿名 2025/10/03(金) 16:27:53

 >>37

 けっこう有名だよね?

 でもその作品しか知らないけど。


 40. 匿名 2025/10/03(金) 16:28:01

 >>37

 小説版一発屋ですわね。

 それもおクソな作品ですわ。


 41. 匿名 2025/10/03(金) 16:28:26

 >>37

 オレ、小学2年のころ、コイツに殴られたことあるしw

 ババァとの想い出を書いただけだろ?


 42. 匿名 2025/10/03(金) 16:29:46.

 >>41

 ヤローは出ていきなさい!

 握りつぶすわよ?









 そのあとも悪口がたくさん書かれていた。

 しばらくして、中学の卒業アルバムの顔が出た。


 友だちから連絡があった。

 だけど心配をしているフリをしながらセルジュさまのことを聞かれる。


 しんどいな。

 男っぽい性格なのは、自分でもわかっている。

 子どもの頃、男子を泣かせたのも1回や2回ではない。

 私の人格を否定するのはかまわない。

 でも、私が生み出した小説をけなすのはやめてほしい。

 おばあちゃんとの思い出を形にしたものだから。


「遊びに行こうか?」


 セルジュさま。

 今はそんな冗談につきあう余裕はないのだけど?

 いったいどうやって行くの。


 一緒にいけばまたスクープされて炎上するだけ。


「だいじょうぶ」


 怖がっている子どもを勇気づけるようなやさしい笑顔。


「オレに考えがある」












 これかぁ~。

 セルジュさまの秘策って。

 頭を包帯でぐるぐる巻きにした姿。

 片目を眼帯をしている。

 もはや誰なのかさっぱり。


 私もマスクと大きめのサングラスで変装する。

 これだけで外を出歩いても、バレていない。


 ショッピングしようと大きな街にやってきた。

 気が沈んでいるので、あまり気乗りしていない。


 なにを買うのかと思っていたら、書店に向かった。


「これか!」


 セルジュさまが手に取ったのは「おばあちゃんの優しい台所」。

 彼は静かに本をひらいて読みはじめた。


 あたらしい物語が書けない自分がいやだった。

 過去の作品にこだわっていては新しいものが生み出せない。

 だから本を捨てた。

 でも、今は電子でも読める時代。

 なのでわざわざ紙の本を買う必要もないのに。


「すてきな物語だね」

「でもこれは……」

「自分で生んだものを見捨てたらかわいそうだよ?」

「──っ!?」


 そんなこと言われなくても、わかっている。

 本なんていつだって買えるのだから。


 セルジュさまは本を閉じて、やさしい笑みを浮かべた。


「紙の本にはね、特別な力が宿っていると思うんだ。」

「……力?」


 私が問い返すと、彼はゆっくりうなずいた。


「うん。この本もただの文字じゃない。ページをめくるたびに物語が広がる。それは君のおばあちゃんとの思い出であり、心を込めて作られた世界だからだよ」


 彼は指先で表紙をそっとなぞった。


「……でも、今は電子書籍の時代だし、時代遅れなんじゃ」


 私はそう言って目をそらした。

 セルジュさまは静かに首を振った。


「たしかに紙の本は便利じゃないかもしれない。でもね、誰かが大切に持ち続けてくれるものだよ。たとえば、何年も経ったあとに、ふと本棚から引っ張り出されてまた読まれる。そうやって、君の想い出と言葉がずっと生き続けるんだ。」


 彼の言葉に胸がぎゅっと熱くなった。


「それにね」


 セルジュさまが微笑みながら本の表紙を私にみせる。


「これは君が生んだ〝命〟──君自身が大切にしなくて、誰がこの物語を守るの?」


 その言葉に息が詰まった。

 本を捨てた時の自分の気持ち。

 あれは本当はただの逃げだったんだと思い知らされた。


「もっと自分の中をのぞいてごらん。物語は君の中に眠っているのだから」


 失敗した苦い経験や思い出。

 楽しかったことや学んだこと。

 そのすべてが糧となって、私からあらたな命が生みだされる。

 そうセルジュさまは優しく説いてくれた。


「だからオレのはじめて稼いだお金で君にプレゼントするよ」


 セルジュさまは本を私の胸にそっと押し付ける。

 私はぎゅっとその本を抱きしめた。





「それが君自身の物語のはじまり一歩だよ」









 セルジュさまに勇気づけてもらって、元気がわいてきた。

 彼の動画アカウントで生配信を決行した。


「イケメンを独り占めしてなにが悪い?」


 謝罪配信のつもりなどまったくない。

 セルジュさまは物じゃねー。

 シェアなんてできるか。

 レンタルバイクじゃねーんだぞ。


 などと話していたら、一瞬にして、チャット欄が激しく炎上をはじめた。


「未成年略取? 空から落ちてきたのを保護してやっただけだっつーの!」


 どこの誰だか顔も名前もしらないモブキャラどもに遠慮などせん。


「あと私の作品をけなす奴。テメーはベストセラーを出したことあるんだろうな?」


 じゃなきゃ説得力もくそもない。

 デブがダイエット動画を出して「こうしたら痩せる」といわれても、コーラ飲んでピザでも食っとけって話だ。


「ふうスッキリした」


 配信を通報した輩がいるかもしれない。

 セルジュさまのせっかくのアカウントが凍結されたら私のせいだ。

 そうなったら、また一からふたりで再出発するのみ。


 悩むのはもうやめだ。

 前に進んで進んで道を切り拓いてやる。


「もうひとりで大丈夫そうだね」

「え?」


 突然なにを?

 そのセリフって、私の中では別れる時にするものだけど……。


「君は強い。言葉の刃にももう屈することはない」


 急にすこし照れるセルジュさま。

 間があった後、急に顔が接近した。


 とても甘くて蕩けるようなキス。


 ──でも、なぜかペロペロと唇を執拗に舐めまわしてくる。


 ちょっ、なんだか痒い。








「ちょっ、やめて……あっ!」


 なん……だと?


 自分ちの屋根の上。

 近所のよくエサをあげてる野良ネコが心配そうに私を舐めまわしていた。


 東の空が赤く染まっている。

 スマホをみると、時間が巻き戻っていてあの流れ星を見た日の朝だった。

 いや、そもそも夢だったのか?


 例の「令嬢ちゃんねる」を見ても私の名前などひとつもない。


 夢にしてはずいぶんとリアルで長かった。

 軽く1週間は寝起きした感覚だったのに……。


 友人にLIMEを送っても覚えていない。

 セルジュさまの影がどんどん薄くなっていく感覚に襲われる。


 でも不思議と筆が進むようになった。


 もう止まらない。

 私の心の中に眠っていた物語を寝食を忘れる勢いでキーボードを叩いた。









 それから3年。

 私は5作品のベストセラーを世に送り出した。

 そのうちの最初の年に書いたものが、この春映画が公開される。


 夢の中でセルジュさまに言われた言葉は今でも私の心の支えになっている。

 あれが私が生み出した幻影だとしても心の底から感謝しているし、大好きなあの人には幸せになってもらいたい。


「──ってうそ!」


 ふと、例の小説投稿サイトをのぞいてみた。

 すると、じつに4年ぶりに「辺境領主のご落胤」が更新されていた。


 はやる気持ちを抑えて一文字ずつ、かみしめるように物語を追う。

 セルジュさまは、隣国の賊を退治した後、国王から王女と結婚するようすすめられる。


 しかし、彼は丁寧にそれを断り、街中に住む何の変哲もない女性と結婚した。

 彼女は市井にあって、物書きをしていると物語の最後に書かれていた。


 物書きをしている女性、か──



 まさかね?
















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