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時間を確認すると、十九時を少し回ったところだった。ざっと半日くらい眠っていたらしい。
ノックの音が聞こえ、雪野が入って来た。雪野に続いて魁星と築もいる。
雪野から渡された水を飲みながら、ちらりと築と魁星の様子を伺う。魁星は心配そうな表情でこちらを見ていたが、築は無表情過ぎて感情を読み取ることが出来ない。
「魁星が家まで連れて来てくれたんだよね?」
「あ、うん。そう。タクシー呼んで」
意識のない人を家まで連れて帰るのは、さぞかし骨が折れたろう。
水の入ったペットボトルを握りしめながら、深々と頭を下げる。
「ありがとうね。あと妖から助けてくれたのも、ありがとう」
「あ、いや――」
「凛。妖と戦う力もないのに、勝手な行動をするな」
魁星の言葉を、築が低い声でぴしゃりと遮る。
あまりにも迫力のある声音に驚いて視線を上げる。築は無表情のまま、ベッドに腰掛けている凛を見下ろしていた。
「お前の異能を悪いことに利用しようとしている奴らもいる。そういう奴らに誘拐されたとして、お前は責任を取れるのか」
「兄さん、言い過ぎだって」
「魁星は黙っていろ」
あまりにも鋭い築の眼光に、魁星は押し黙る。
「凛の異能である祝福は、死者蘇生も叶えることが出来る異能だと説明したが、如月国では禍の王を封印するために使われてきた」
「有栖川理花みたいに?」
「そうだ。今まで、おおよそ五百年に一度の頻度で封印が破られ、その度に祝福の異能で封じて来た。理花のように命を賭して封印することもあったが、複数人の異能を使い封じることもあった。しかしどの時代でも、祝福が禍の王を封印する要になっていることは事実だ」
築はベッドサイドにあった椅子に腰かけた。
「それくらい凛の異能は重要なんだ。なのにお前は、自分はおろか鳳家のご令嬢や魁星も危険に巻き込んだんだ」
「それは……ごめんなさい」
異能を悪用されて、どのようなことが起きてしまうのかは、凛にとって想像しにくいことだった。しかし凛の勝手な行動で、魁星や董子を危険な目に遭わせてしまった可能性があったということは、容易に想像することが出来た。築の言葉で改めて気付かされて、ただ小さくなって謝ることしか出来なかった。
「今後は勝手な行動をするな」
それだけ言い残して、築は部屋を出て行ってしまった。
「あのさ、凛?」
「築さんの言ってることは分かるけど、……言い方が嫌だった!」
凛を慰めようと声を掛けた魁星は、凛の声に驚いてびくりと肩を震わせた。
「でも魁星は本当にごめんだし、ありがとう。雪野さんもありがとう」
築の言葉はまさに正論であったし迫力も強かったので、その場で言い返すことは出来なかった。しかしどうしても凛は腹の虫が収まらなかったのだ。
築の言葉には文句のつけようがない。ごもっともだ。しかし言い方に納得が出来ない。
「元気そうで良かったよ。夕飯食べられそうだったら、雪野さんの作り置きあるけど」
「食べます! でも、魁星に聞きたいことある」
「うん?」
朝から何も食べていないので、凛はあれほどの恐怖に遭ったのに空腹を極めていた。
しかしその前に聞いておきたいことがあった。
「では、私は夕飯を温めておくので、凛さんたちはゆっくり来てくださいね」
雪野が部屋から出ていく。ドアの向こうで階段を下って行く足音がした。
凛はベッドから立ち上がり、魁星の方へ向き直った。
「妖って、何なの? もっと天狗とか鬼とか、そういうやつだと思ってた」
凛が妖と言われて思い浮かぶのは、物語やアニメで見ていた妖怪のような、そういう生き物だった。けれどあの黒いもやはそんなものではない。もっとずっと暗くて、黒くて、恐ろしい生き物だ。悲しみや苦しみを煮詰めて塊にした様な、何か。
「普段はそういうものだよ。人をむやみに襲ったりはしない。けれど妖は禍の王の影響を受けやすいんだ。特に力の弱いやつはもろに影響を受けるんだよな。影響を受けて、ああいうものになる」
自分の意思とは関係なく、禍の王の影響を受けて、黒いもやを纏って人間を襲う妖になり果てる。
禍の王は理花に封印されているはずなのに、それでも影響を受けているのか。それともやはり本当に禍の王の封印は破られようとしているのか。
そして、あの妖は、理花に助けを求めていたのだろうか。
だとしたら、あまりにも悲しい。
「私はこれからどうしたらいいの? 築さんが言うように、魁星に守られて築さんの言うことを聞くことが最善なの?」
凛は今まで両親の庇護下で暮らして来たということを、痛いほどに感じていた。
自分で決めたように思えても、それは両親の庇護という安全圏があって、失敗しても何とかなるって思えていた。自由と安全が丁度いいバランスで凛のもとにあった。
難しいことは両親が決めてくれて、失敗しても助けてくれる。
「そうだよ、って言ったら、凛はそうしてくれんの?」
「正直に言って、それが一番楽なのかなと思ってる」
何も考えずに、築と魁星がくれるものを受け取る。それが一番、安全で楽な方法に思えた。
けれどそれをしてしまったら、自分が自分ではなくなってしまうような気もしていた。まだ自分が何者かも分からないのに。
「まあ、約束は出来ないけど」
魁星は吹き出した。けらけらと笑いながら、凛の両肩を叩いた。
「だよなあ。俺は凛に言うことを聞かせたい訳じゃねえもん。危険なめに遭わせたくないだけ。だからちゃんと言ってよ。何を考えてるのか、何をしたいのか。そしたらさ、お互いの意見をすり合わせられるじゃん」
はつらつとした笑顔ってこういうものを言うのだろう。
凛は子の時に初めて真正面から魁星のことを見た気がした。優しい表情の作り方をするが、顔立ち自体は築と同じで、優しいというよりは冷たい美しさを持っている。
「じゃー、そろそろ行こう。雪野さんを待たせてるし」
「そうだね。お腹すいたなあ」
キッチンの方から良い匂いが漂って来る。
「お昼のときはお腹空いてないって言ってたのに」
からかうような魁星の言葉に、ぐっと言葉を詰まらせる。
「そのときは、本当にお腹空いてなかった」
「冗談。でも食堂のご飯も本当に美味しいから、次は一緒に食べよう」
階段を下りダイニングへ向かう。魁星は私を追い越して、キッチンにいる雪野さんの方へ向かった。
如月国で生きていくためにはどうしたら良いのだろうか。異能を開花し、その力を求められるまで、大人しく生きていくことが良いのだろう。
もしも今後、有栖川理花のようになれたなら、きっと凛は如月国の聖女として名を遺すことが出来る。禍の王の封印を再び結んだものとして、崇められ、名を遺す。
しかし凛は別に、聖女になりたいわけではなかった。そんなものになれる器でもないと思っている。
だとしても、それ以外の生き方を選ぶことが出来るのか。許されるのか。
凛はまだ答えを見つけることが出来なかった。




