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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
みずかね製薬編
70/73

2

 思い立ったが吉日。その晩、凛は父である光彦に電話をかけた。


「如月国について知っていることを教えて」


 挨拶もそこそこに強引に本題に入ろうとする。

 いつもと雰囲気が違う凛に光彦は戸惑ったような声を出した。


「どうしたんだ? 突然」

「どうしても!」


 光彦は凛の勢いに驚きながらも、一呼吸おいて納得したように頷いた。


「そうだな。本当ならばもっと早く話すべきだった。僕が知っていることは少ないよ。それでも良いのなら、知っていることを全て話そう」

「どんなことでも良い。私は何も知らないから、どんなことでも」

「これは、母さん――かをるから聞いたことだ」


 そうして父は昔話を始めた。





 今から六十五年前。かをるが如月国を知ったのは、十歳の頃の話である。

 かをるは小さい頃から妖が見えていた。幼い頃はそれが“普通のこと”ではないということに気が付かず、友達と上手くやれないこともあった。いつもぼんやりしている変わった子、突然泣き出したり怯えたりする扱いにくい子、そんな風に言われていたこともある。

 十歳のときに初めて如月国に渡って、「ああ、私が“普通”ではない理由はこれだったのか」と初めて理解した。スーツ姿の男女に囲まれ、たくさん検査を受け、質問をされ、そしてかをるは異能を持っているものの、“祝福の花”ではないということを告げられた。その言葉の意味するところは理解出来なかったが、とにかく彼らの必要とする存在ではないということだけは分かった。

 かをるの異能は“盾”であった。攻撃から身を守るための異能であるらしい。籠目家に代々伝わる“境界”の下位互換であるからと、かをるの異能は見向きもされず、如月国に引き止められることはなかった。


「如月国って何だったの?」


 如月国からの帰り道、かをるは母に尋ねた。


「あそこは母さんの故郷よ」


 こうしてかをるは如月国や異能のことを知った。

 自身が有栖川理花という聖女の末裔であることもこの時に初めて教えられた。

 有栖川家が最初に表に渡ったのは、有栖川理花が帝の花嫁となり、その身を以て禍の王を封じた後であったそうだ。


「母さんの故郷なら、戻りたいと思わないの?」


 少なくともかをるが生まれてから十年間、母は如月国へ帰っていなかった。

 如月国は子供心に窮屈な場所で、色んな検査をされたり質問をされたりして鬱陶しかったこともあって、かをるにとってあまり良いところではなかった。けれど母にとって故郷だというのならば、帰省をしたいのではないかと考えたのだ。


「思わないわ。あそこは私たちを捨てたんだもの」


 普段は穏やかで優しい、おっとりとした人だったが、故郷に戻りたくないという言葉だけは妙にはっきりとしていた。

 私たちを捨てた。その母の一言はずっとかをるの心にひっかかり続けていた。

 有栖川家が表に渡って来た理由を知ったのは、それよりさらに十年後のことだった。

 突然、如月国宮内庁職員がやって来たのだ。

 大切な話だからとかをるは同席を許されなかったが、扉の隙間に耳を当てて両親と職員の会話を盗み聞きする。


「そろそろ戻ってきてはいかがです。かをるさんは違いましたが、じきに“祝福の花”が生まれてもおかしくありません」

「生まれたら戻ります。それは十年前にもお伝えしたでしょう」

「しかし“祝福の花”が“祝福の花”としてきちんと務められるようにするには、こちらにいた方がよろしいでしょう」


 きちんと聞こえたのは此処までだったが、結論から言うとこの時は如月国へ戻らなくて済んだ。

 その日の晩、食事の席で母が口を開いた。


「あなた、聞き耳を立てていたでしょう」


 母はあまり如月国のことを語りたがらない人だった。語りたがらないというよりは、かをるを如月国と関わらせたくないようだった。

 けれどかをるももう二十歳を過ぎた。そろそろ教えて貰ってもよい頃だろう。


「盗み聞きをしたことはごめんなさい。だけど隠していることがあるのなら、教えて欲しい。ずっと気になっていたの。母さんが如月国に帰らない理由を」

「分かったわ。かをるもいずれは子供に伝えていかなければならないことだから……」


 母は父の方へ視線を向ける。父は小さく頷いた。


「有栖川家は、彼らの迫害から逃げて来たのよ」

「迫害? 迫害をしてきた人たちがどうして私たちに戻って来い何て言うの?」


 かをるは十年前に母が残した言葉を思い出していた。

 ――あそこは私たちを捨てたんだもの。

 如月国が私たちを捨てたとは、迫害をしたとは、どういう意味なのだろうか。かをるは母の言葉を嚙み砕けないでいた。母もどう説明したらいいのかと悩んでいるようだった。もしかしたら母はここまで来ても、かをるに本当のことを伝えるべきかどうかを迷っていたのかもしれない。そしてようやく口を開いたときには、たっぷり五分は経過していた。


「その説明をするには、まず有栖川家がどうして表に渡って来たのか説明しなくてはいけないわね」

「どんなに長くなっても全部教えて。これは私たちだけの話じゃなくて、私たちの子孫にも伝えなければならないのでしょう?」

「ええ……そうね。その通りだわ」


 かをるの言葉に後押しされるように、母は意を決して語り始めた。


「きっかけは有栖川理花がその身に禍の王を封印したことだった」


 先を促す様にかをるは頷いた。


「禍の王を封じた後、理花は子供を産んだのよ」

「理花は禍の王を封じたことで死んだわけじゃなかったのね」

「禍の王を封じたことが直接の原因ではなかったわ。けれど間接的にはそうだった。禍の王との戦いにより衰弱した体で、子供を産んだことが死の決定打になってしまったのでしょうね」


 命を賭して、禍の王を封印した上に帝の子を産んだ。理花は褒められこそすれ、迫害を受けるようなことではないように思われる。


「禍の王を体内に宿し子供を産んだ。それが酷い誤解を生んでしまった」

「まさか……」

「理花は禍の王の子供を産んだと思われたのよ」

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