恋は盲目
月読が輝く月の光とともに現れ、神璽と神鏡、神剣、そして祝福の花を与えた。
この一文がどういう意味なのかを、魁星は何度も何度も考えていた。そして最終的にひとつの可能性に辿り着いてしまった。
三種の神器のうち、神鏡の実物は有栖川家にあり神剣の実物は九条にある。しかし神剣はいつだか九条から盗まれ、現在は行方不明となってしまっている。そして帝室では神璽の実物と神鏡の神剣の形代を保有している。これら三種の神器を所有していることが帝室の正統たる帝の証しであるとされ、帝位継承と同時に今上帝に継承される。
だとすれば、“祝福の花”も帝のものなのではないか。
先代の祝福の花でありその体に禍の王を封じた聖女である、有栖川理花。彼女は藤原希世史の婚約者であったが、最終的に当時の東宮である織人と結婚したという。
正統たる帝の証として、“祝福の花”と結婚することが必要なのではないだろうか。だとすれば“祝福”が女性にしか引き継がれないということの意味にも通ずる。有栖川家の“女性”に“祝福”が引き継がれ“祝福の花”となることは、帝の花嫁――つまり帝のものになるために必要な因果だったのではないか。
祝福とは、禍の王と戦う帝に対する祝福であるということなのではないか。
つまり彼女たち自身が帝に対する祝福だったのだ。
そう考えればあの文章の意味も理解できる。
理解は出来るが、この推理があたっているとすれば、凛は錦織か織春の花嫁になるために如月国へ連れて来られたということになる。
颯太朗や希世史との結婚は拒めても、帝や東宮との結婚を拒むことは難しいだろう。それが禍の王を封じるための条件だとしたら、尚更に。
「でも、まさか……考えすぎだよな……」
そもそも有栖川理花は約四百年前、江戸時代の人間である。
まさか現代においては人権が無視されるような婚姻が許されるわけがない、と思いたかったが、ここ如月国ではまかり通ってしまう可能性も大いにあった。
考えれば考えるほど、魁星は心が引き裂かれてしまうかと思うくらい苦しくて苦しくて堪らなかった。頭を抱える。
他の解釈もあるのではないかと思い、二級制限の蔵書棚にも通った。
けれどどうやったって、「祝福の花は帝のための祝福」であるという解釈が一番しっくりときてしまう。
そんなのは考えすぎだと誰かに言われたい。そうでないと魁星は不安に食いつぶされてしまいそうだった。
「魁星」
魁星の部屋の外から、築の声が聞こえた。
一呼吸おいてからドアが開く。頑なに振り返らない魁星の背中に向かって、築は淡々とした声で話しかける。
「最近、何を調べているんだ」
魁星はゆっくりと振り返った。
築は澄田の当主であり、有栖川の当主代行である。そして如月国宮内庁の職員であり、今上帝である籠目錦織の親友だ。この難問の答えを知っているであろう人物だ。
知りたくない。この難問の答えを知りたくないが、ここまで答えに迫ってしまったらもう知ることでしかこの難問を考えることを止められない。
「……祝福の花は、帝の花嫁になるべき存在なのか。そんなはずないよな。そんな、まるでモノみたいな」
築は黙ったまま魁星を見据えていたが、無表情のままはっきりとした声で言葉を返した。
「ああ。そうだ。凛はいずれ帝室に嫁ぐことが決まっている」
あまりにも淡々とした返事に、魁星は怒る気力も沸いて来ず、ただやはりそうだったかと思った。
「凛は、籠目錦織陛下の花嫁になるために連れて来られた?」
「錦織陛下かどうかは分からない。帝室に入れば帝のものになったと判断される。だから織春殿下の花嫁と言う可能性もある。無論、他の帝室の誰かでもいい」
やはり凛は祝福の花として帝室に嫁ぎ、禍の王を封じるための駒として、帝室に嫁ぐために連れて来られたというわけだ。
「凛の素質を見るに、帝の花嫁を務められるとは思えないから、織春殿下か親王の誰かと結婚するのが良いとは思うが」
魁星は、いつだか凛と織春が楽しそうに話していた姿を思い出して、言葉に出来ない焦燥感に襲われる。
「だから、凛に恋心を抱いているなら諦めろ」
「諦めるって、俺は……」
「魁星」
築の低い声が響く。それはいつになく重く張りつめていて、有無を言わせぬ圧があった。
「どうやってこの事実に辿り着いたのか分からないが、“祝福の花”の役割については古から続き替えることの出来ないしきたりであり、儀式だ。そしてこれは帝室と御三家の当主にしか知らされていない機密事項でもある。お前にどうこう出来る話じゃない」
魁星は苦し気に唇を噛み締める。
「お前の……お前と俺の務めは、いずれ帝室に嫁ぐ“祝福の花”を守ることだ」
築は魁星を真っ直ぐに見つめ、諭す。
「織春殿下は立派な人だと思う。眉目秀麗で成績優秀、それに人格者だ。そして何より、きっと凛のことを一生涯大切にしてくれる。政略結婚だったとしても、これほどに恵まれた結婚相手はいないだろう。仮に錦織と結婚することになっても、同じことが言える」
それは間違いない。織春と結婚しても不幸になることはないだろう。凛とも相性が悪いとはいえない。
禍の王を封じる役割を担うことになったとしても、きっと織春ならば凛を捨て駒のように扱ったり危害を加えることはないだろう。
「それは分かってる。織春さんは立派な人だって」
「分かっているなら、この話はここまでだ。当主ではないのだから、これ以上は話すことは出来ない。凛にも余計なことを言うな」
「……分かってる」
分かってる。分かってはいるが、納得するには時間が掛かりそうだと思った。




