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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
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疑心暗鬼

 国立開闢大学はその周囲一帯に附属病院や製薬研究所、図書館から博物館などもあり、まさに研究開発の中心地と言える。幼稚舎から大学院、果ては研究開発まで行える由緒正しい高度な教育機関である。

 ここに通えるのは昔から如月国と縁のあるものや如月国で生まれ育ったもの、異能を持つものに限られる。それは必然的に財力や家柄のあるものになってくるため、如月国とは無縁な生活を送って来た小庶民である凛には、とんでもなく居心地の悪い場所だった。

 しかし築はあれよあれよと言う間に、開闢大学への入学手続きを進めてしまった。もともと大学には進学する予定だったので、希望の大学とは異なるが、進学できるのなら有難い。

 凛は文学部史学科というのは名ばかりの学科に属しながら、異能について学ぶ特別カリキュラムを組まれているとしても。


「ご覧になって。董子とうこ様よ」

「いつ拝見してもお美しいわね」


 ひそひそと誰かを褒めそやす声が聞こえ、彼女たちの視線の先へ顔を向けた。

 ゴールドブラウンのロングヘアをハーフアップにした美少女が、こちらへ向かって来るのが見えた。ひと目で特別な存在であると分かるような雰囲気を持っている。


「初めまして。貴方が凛さん?」

「ええ、まあ。そうです。百軒凛です」


 ぼんやり眺めていたところで、突然話しかけられて驚きを隠しきれないまま返事をする。

 しどろもどろとした凛の返事を、ふと馬鹿にしたように笑われ、何とも言えない微妙な居心地の悪さを感じた。


「私はおおとり董子と申します。凛さんのお噂は伺っています。すごく強い異能を持ってらっしゃるんでしょう」

「そうらしいですけど、よく分かりません。如月国にも最近来たばかりなので」

「如月国にも不慣れでしょうから、私に出来ることならお手伝い致します。よろしくお願いいたしますね」


 笑顔と共に差し出された右手を握る。


「如月のしきたりはあまりご存じないでしょう?」


 何となく引っ掛かるような言葉に、何とも言えない不快感を覚える。

 言葉の裏に悪意があるのか、それとも受け取り方が悪いのか分からない。幸いなことに今まで凛は誰かを苛めたことも誰かに苛められたこともなかったのだ。

 如月国に来てしまったことが既に不安で苦しかった。それなのに董子の一言が、重たくて苦しいなにかが、胃の腑に落ちて来る。息が苦しい。

 どういう反応をしたら良いのか分からないまま立ち尽くしていると、背後から聞き慣れた声が届いた。


「凛。遅いから迎えに来たんだけど、迷子になってた?」


 ラフな私服にバックパックを背負った魁星が近づいて来る。


「魁星さん、ちょうど凛さんにご挨拶をしていたところなの。お引止めしてごめんなさい」


 魁星に気付いた董子は、美しく口角を上げて見事な笑顔を作っていた。媚びるようなものでもなく悪意のあるものでもなく、ただ穏やかな笑顔だった。

 董子の言葉にああと軽く言葉を返し、魁星はすぐに凛へ視線を向ける。


「凛、顔色悪いじゃん。どうした?」

「いや、……そうかな」

「何かあった?」


 まだ董子の言葉を悪意と決めつけるのには早い。

 緊張から早くなる脈を落ち着けるために深く深呼吸をした。


「何もないよ。鳳さんにご挨拶をしていただけ」


 魁星はまだ納得していないような様子だったが、凛がこれ以上この話を続けるつもりはないと分かると諦めたように頷いた。


「そう。なら良いけど、早く行かないと講義が始まる」


 ごめん、と小さな声で謝罪をする。


「じゃあね、董子」

「ええ、また。凛さんもごきげんよう」


 上品に手を振る董子に軽く頭を下げる。

 家族もいない友達もいない。誰が頼れる人なのかも如月国のしきたりも分からない。

心細くて不安で、頭が、足が、ぐらぐらする。

 時刻は八時四十分。一限目はあと二十分で始まる。時間がないわけではないけれど、のんびりもしていられない。

 開闢大学の敷地はとてつもなく広い。魁星は幼稚舎から開闢学園グループに通っていたので、何でもないように凛を案内する。

 教室に来るまでに、魁星は何度も話しかけられていた。魁星は明るい性格だ。友達も多いのだろう。一緒に座ろうと誘われていたが、魁星は全て断って凛の隣に座った。魁星が一緒にいてくれる安心感と同じくらい、申し訳なさを覚える。


「やっぱり顔色悪いじゃん。董子と何かあった?」

「環境の変化かな。やっぱり表とは雰囲気が違うから」


 凛は魁星の心配そうな視線を無視した。今すぐにでも家に帰りたかった。

 魁星はまだ話を続けようとしていたが、教室に講師が入って来たので口を閉じた。


「えー、今日は、有栖川理花の話をします」


 一限目は「如月国史」だった。

 有栖川理花。ここに来るまでも来てからも、何度も聞いた名前だ。


「有栖川理花は約四百年前に時の東宮であった織人おりひとの妻であり、まあ、もっと有名な逸話としては、禍の王をその体に封印し、如月国を救った聖女だと言うことですね」


 神代、月詠に封じられたものの、封印を破り復活した禍の王。当時、疫病や自然災害を巻き起こし、人々を不安たらしめていたという。理花はそれまで度々日本や如月を脅かしていた禍を封じたことにより、人々の尊敬を集め、それと同じくらい恐れられたのだ。


「その禍の王を異能でその体に封じたそうです。死後もその体に禍の王を封じたまま、宮中のどこかに安置されていると言います」


 まるで古事記や日本書紀のような物語だ。

 本当に有栖川理花がいて、異能を使って禍の王を封印して、聖女として崇められているというのだろうか。これが本当の如月国の歴史だというのなら、凛は理花と同じ「祝福」の異能を持つものとして、理花と同じように禍の王を封印することを望まれているということなのだろうか。


「四百年以上が経ち、封印にほころびが出たのではないかと宮内庁は考えているようですね。禍の王は五百年に一度の頻度で復活していると言われていますから」


 その後の講義は全く頭に入ってこなかった。

 凛はここに連れて来られた理由が、ようやく分かった気がした。

 理花がそうしたように、同じ力を持つ凛が綻んだ封印を結び直すことに期待をしているのだ。そんなことができるのか、凛には分からなかった。もし出来たとして、まるで人柱のように扱われることになるのか、嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

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