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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
みずかね製薬編
41/47

5

 表へ渡ってから二週間が経過した。凛に連れられて外出したり凛の家族と一緒に過ごしたり、魁星はそれなりに充実した夏休みを過ごすことが出来ていた。

 しかしもうすぐ凛を連れて、如月国へ帰らなければならない。

 いざ如月国へ変える時、凛が帰りたくないと言いだすのではないかと、魁星は少し心配をしていた。ところがそんなことはなく、魁星から見て凛は落ち着いているように見えた。

 それは如月国に慣れたからなのか、抵抗することを諦めたからなのか、魁星には分からない。出来れば前者であったらよいのにと思う。

 その日の夕食は凛の好物ばかりが並んでいた。

 凛と凛の両親、魁星の四人で食卓に着くことにも、この二週間でだいぶなれて来ていた。


「明日、如月国に帰るんだろう?」

「そうだよ。出来れば夏休みが終わるまでこっちにいたかったんだけど、董子との約束もあるしね」


 凛は肩を竦める。父の声は悲しそうに聞こえたが、凛はあくまでも明るい口調だった。

 魁星個人としてはもっと表で家族と過ごさせてやりたいと思うが、築に必ず二週間で帰宅するようにと口酸っぱく言われていた。おそらく如月国外で、凛が妖や藤原希世史に襲われることを心配しているのだろう。

 如月国内ならばまだしも、表で襲われてしまったら即時対応は難しい。


「また冬休みに帰ってくればいいわ。魁星くんも」


 凛の母が魁星に笑いかける。


「ありがとうございます。家族団らんの場にお邪魔するのも申し訳ないですけど」

「そんなことないよ。魁星が来てくれなきゃ、私は出掛けられないし。ありがとうね」


 魁星がいないと凛は出掛けることすら出来ない。表にまで着いて来て貰って、感謝しかないと凛は改めてお礼を伝えた。


「俺も楽しかったから、全然」


 楽しかったのは本当だった。

 理由があるとはいえ、愛する娘を連れて行ってしまった如月国や澄田への恨みがあったらどうしようだとか、考えなかったわけじゃない。

 けれどそんな素振りは全く見えなくて、凛の両親は魁星に優しく接してくれた。

 こんな夏休みの過ごし方もなかなか悪くない。


「そろそろお風呂に入ったら?」


 食事が終わったタイミングで、凛の母がお風呂に入る様に促した。


「魁星が先に入る?」

「俺は後で良いから、凛が先に入りなよ」


 もう少し食休みをしてから風呂に入りたかった魁星は、一番風呂を凛に譲る。

 凛がお風呂に入りに行ったことを見計らい、凛の父が口を開いた。


「凛は迷惑を掛けていない? 凛はわがままで甘ったれなところがあるから、心配しているんだ」


 凛は両親の愛情を一身に受けて育って来た。

 だからわがままで甘えたで、打たれ弱くて優柔不断なところがある。そんな彼女がひとりで如月国へ渡り、自立できるのかを両親はとても心配していた。

 でも凛の両親は彼女を妖から守ることも出来ないし、一緒に如月国へ渡ることもできない。だから澄田に任せるしかなかった。


「迷惑は全然掛けられていません。むしろ助けられることもあるくらいで」


 魁星は桃源町で起きた誘拐事件のことを思い出していた。

 凛を守ることも出来ないまま青華に取り押さえられ、殴る蹴るの暴行を受けたこと。そして抵抗も出来なくなったときに、凛が助けに来てくれたこと。

 声が聞こえて顔を上げたとき、朦朧とする意識の中で青華と対峙する凛が見えた。その眼差しが凛として美しく、これまでの彼女とは違うと感じた。

 もはや守らなければいけない人ではなかった。


「凛は優しくて強いです」


 いつしか強く逞しくなっていく彼女を支えたいと思うようになっていた。


「魁星くんは凛のことを大切だと思ってくれているんだね」


 改めて言われるとなんだか恥ずかしいが、凛の父を安心させるためにも正直に頷いた。


「そうですね。少なくとも俺は兄弟のように思っています」


 魁星の言葉を聞いて、凛の父は表情を綻ばせた。


「そう言ってくれると嬉しいよ。どうか凛のことをよろしくお願いします」

「もちろんです。ところで凛のお父さんは、如月国にいらしたことはあるんですか」

「僕は如月国に行ったことはないよ。もしかしたら、そちらに渡れるだけの異能はあるのかも知れないと思ったりもしたけれど」


 凛の父は有栖川の血を引いている。もしかしたら如月国に渡れるだけの異能があるかもしれない。

 それでも凛を澄田に任せたのは、渡ったところで何も分からず何もできないということや、全く異能を持たない凛の母のことがあるからだった。


「そもそも如月国のことは母から聞いていたけれど、ずっと半信半疑だったんだよ。本当に如月国や異能が存在するのだと分かったのは、凛が生まれてからなんだ」


 凛は生まれたばかりのころから“祝福”を使えていた。妖もはっきりと見えており会話も出来ていたし、その妖から異能を借りてありとあらゆる怪奇現象を起こしていた。

 そんな凛の姿を見て、ようやく凛の両親は如月国や異能、妖、その他祖母であるかをるの言っていた夢物語を信じることが出来たのだ。


「俺にとっては全部当たり前のことだったから、何だか不思議な話ですね」

「そうだよね。僕たちには全く分からない所だから、凛を守ってくれているだけじゃなくて一緒に過ごしてくれている事にも感謝しているよ」


 如月国にいて、凛が“祝福の花”である以上、いろんなトラブルに巻き込まれることは免れない。全てのトラブルから守ることは出来ないかもしれないが、一緒に日々を過ごすことなら出来る。


「そろそろ凛がお風呂から出るんじゃない? 魁星くん、次どうぞ」


 凛の母の言葉通り、廊下の方から凛の足音が聞こえて来る。お風呂に入る準備をするために、魁星は椅子から立ち上がった。

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