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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
35/46

花一匁

 如月国某所。薄暗い屋敷には藤原希世史と数人の男女がいた。

 希世史とやせぎすの男はソファに深く腰掛け、食事を取っていた。他の男女たちはおのおの散らばり、食事を取ったり談笑をしたりしている。希世史はそんな男女たちを楽しそうに眺めていた。


「青華から逮捕者が出てしまったのだけど」


 口を開いたのは、青華せいかの幹部であるやせぎすの男――からすだった。

 ぼさぼさの黒髪で鋭い一重の瞳を持ち、目の下にはくっきりとしたクマがある。やせぎすで細長く、くたびれたサラリーマンのような風体だ。あまり健康そうには見えないが、当の本人はサンドウィッチをばくばくと食べている。


「それはすまない」


 あまり申し訳ないと思っているようには感じられない、軽い謝罪である。


「でも想定内のことだっただろう? 逮捕されたのだって、別件で下手打った下っ端だったじゃないか。むしろ手間が省けて良かっただろう」

「だからと言って、捨て駒にするようなやり方はやめてくれないかな」


 鴉は眼鏡のブリッジを押し上げて、恨みがましい視線を向ける。


「何を言っている。君だって楽しそうだったじゃないか」


 鴉は俯いて震えている。しかし次に顔を上げたときには、しっかりと笑っていた。


「青華の下っ端は無限だが、祝福の花は有栖川理花以降おおよそ四百年ぶりだ。それは楽しくもなるよなあ!」


 やる気のなさそうだった鴉の声が、いつの間にか上擦っている。

 希世史に軽く手を上げて、通りがかったメイドに声を掛ける。


「すまない。鴉に追加のサンドウィッチを」

「俺の話を聞いていたか?」

「おや、サンドウィッチはいらない?」


 メイドはすぐにサンドウィッチを持って来た。

 ハムとチーズ、たまご、ブルーベリー。鴉は雑食なのでサンドウィッチでさえあれば、中身はなんでも構わないのだ。

 鴉はすぐさまメイドからサンドウィッチを受け取る。


「それで青華の下っ端を犠牲にしてまで会った、新しい祝福の花はどうだった。美人だったか?」


 鴉のからかうような嫌味な言葉も、希世史はものともしない。


「下世話だね。祝福の花は、いつの世だって美しいよ」





 大学というものは大抵七月上旬で試験を終え、夏休みへと突入することが多い。

 開闢大学も例に漏れず、試験の終了と共に夏休みが開始となる。無事に試験をクリアできていれば、であるが。


「追試になったらどうしよう、魁星っ」


 開闢大学では試験の結果、追試となった生徒については、掲示板で学籍番号を張り出されるというシステムになっている。


「滅多にならないって聞いているから大丈夫でしょ。最悪、試験で不可になってもレポートでどうにかなるって言うし」


 魁星は成績優秀な生徒である。董子によれば開闢大学附属高等学校に通っていた時も、学年で必ず十位以内には入っていたと言う。

 その余裕綽々な態度に恨みがましい視線を向けた。


「でも凛が追試になっても、俺も勉強を手伝うし一緒に大学にも行くよ」


 魁星は一切、邪気のない満面の笑みを浮かべている。


「そういうことじゃない……」

「分かってるけど、安心して良いよってこと」


 緊張しながら、掲示板のあるところまで二人で歩いて行く。

 掲示板前はいつもにないくらい混みあっていた。人込みをかき分けて、ドキドキとしながら掲示板へ目を向ける。

 掲示板に凛の学籍番号は書かれていなかった。


「なかった……」

「良かったね。凛が頑張ったからだよ」

「魁星や織春さんのお陰だよ。勉強を教えてくれてありがとう」


 なんとか無事に試験を乗り越え、無事に夏休みを手に入れることが出来た。無事に試験をパスすることが出来たことにホッと胸を撫で下ろす。


「凛、追試にならなかったの?」


 董子も試験の結果を見に来たらしい。


「御覧の通りセーフだった。董子は?」

「なるわけないじゃない。ところで、夏休みの予定は決まってるの?」


 友達の少ない凛には夏休みの予定などあるはずがなかった。

 陽の化身である魁星や、歴としたお嬢様である董子などは、きっと夏休みの予定が細かく入っているに違いない。築はおそらく仕事だ。

 凛には友達のラインナップが少なすぎる。もっと交友関係を広げておくんだったと後悔をした。


「……旅行とか?」


 董子に尋ねられ適当に言ってみたが、如月国を一人旅というのも楽しいかも知れない。

 如月国は月夜見町と桃源町しか行ったことがない。他の場所を見て回るのも面白いかもしれない。


「魁星さんと?」

「なんで?」

「凛は一人で出掛けられないでしょ」


 そうだった。凛が一人で出掛けることを許されているのは、基本的に大学内だけである。

 膝から崩れ落ちそうになってしまった。


「私が一緒に行ってあげても良いけど」

「え?」

「私が一緒に旅行に行ってあげても良いけど!」


 董子が珍しく大きな声を出す。


「私と?」

「他に誰がいるのよ。どうせ良い旅行先も知らないんでしょ。表の人間だから」

「……ウン」


 董子はツンとした表情のままそっぽを向いた。


「董子が一緒に出掛けてくれるの」

「まあ、凛は友達少ないし、鳳としても有栖川と仲良くしておくのはメリットがあるし、なにせ珍しい祝福の花だしね。仕方なくよ」


 照れ隠しなのか妙に饒舌な董子に、凛は思わず笑いだしてしまった。


「じゃあ夏休みは一緒に出掛けよう」

「ええ。また連絡するわ」


 夏休みの約束を取り付け、掲示板前で董子と別れた。

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