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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
3/46

可愛い子には旅をさせよ

 如月国へ行くことを決めてからは早かった。

 行くことを決めてからは、むしろ早く如月国に渡りたいとすら思っていた。それというのも築たちと出会ったあとから、ますます黒いもやが話しかけて来ることが多くなったのだ。

 当初の予定では三月の最終週に如月国へ向かう予定であったが、三月の中旬まで短縮することになった。

 正直に言って、如月国へ行くことを決めた直後は後悔もあったが、今となってはこうするしかなかったと思える。

 当日は、佐武が迎えに来た。


「凛、気を付けてね」


 母が凛を抱き寄せる。この年になってから抱きしめられるとは思わず、かなり照れ臭かったが悪い気持ちではなかった。

 如月国に渡る当日は泣いてしまうかと思っていたが、全く涙は出なかった。


「うん。大丈夫。お父さんもお母さんも体に気を付けて。着いたら連絡する」


 不安ではあったが悲しくはなかった。祖母に貰ったロケットペンダントを首から下げ、握りしめる。

 キャリーケースを車に詰め込み、佐武の運転で東京都千代田区まで向かう。車窓から見える景色は当然、普段と変わらない。無論、凛の実家近くと比べればかなりの都会ではあるが、日本であることは変わらない。

 佐武は他愛もない会話をしながら、しばらく車を走らせ停車した。


「凛さん、ここからは徒歩で参ります。お荷物、持ちますよ」


 初対面のときには始終難しい顔で黙っていたので気が付かなかったが、佐武は穏やかで優しい紳士だった。


「ありがとうございます」


 車から降りて佐武に着いて歩く。


「あの、如月国ってどういうところなのでしょうか」

「一言で言うのは難しいですね」


 歩きながら佐武が如月国について教えてくれた。

 如月国は、正式名称を東京都如月区と言う。

 月読命を皇祖神として祀り、日本国に属しながらも独特な文化や風土を築いている。

 何度も言われているが異能を持つものしか如月国には渡れず、その場所を知るものは知らぬものに語ることも許されない。


「そして、如月国そのものが今上帝である籠目かごめ錦織にしき陛下の異能「境界」より隠されており、一部の人にしかその場所は知られていないのですが……入り口はこちらになります」


 それは城門のような建物だった。櫓門とでも言うのだろうか。立派ではあるがここにはそこら中に門とつく建物があるので、不思議と馴染んでいる。


「如月門と言います。ここをくぐって渡りますので、ついて来てくださいね」


 佐武について門をくぐる。しかし景色は別段変わらなかった。からかわれているのかと思ったが、彼は至って真面目だ。

 しばらくそのまま歩いていると、段々辺りが暗くなってくる。家を出たのは朝だったから、暗くなるのはまだ早い。真っ暗ではないが薄暗い。

 何かがおかしいと思いながらも歩き続けていると、目の前に川が現れた。浅いし流れも速く無さそうだが、対岸まで結構な距離がある。


「橋がありますので、こちらに」


 アーチ構造の石橋を渡ると、ようやく建物が見えた。いつの間にか辺りも明るくなっている。

 明治とか大正のような、擬洋風建築の建物だ。近くに寄ると思ったよりも大きく見える。


「もう、ここは如月国なんですか」

「ええ、こちらは如月国宮内庁庁舎です。参りましょう」


 宮内庁がどういうここでどういう役割を果たしているのか凛には全く分からないが、少なくとも小娘が来るべき場所ではないだろうということは分かる。

 庁舎の中に入るとますます場違さを感じて、酷く落ち着かない。

 玄関入ってすぐのところに、短めの黒髪に琥珀色の目をした青年が立っていた。学生服らしきものを着ているので、おそらく年の頃は凛と変わらないくらいだろう。


「佐武さんじゃん。おかえりー」

魁星かいせいくんじゃないですか。築さんに御用事ですか」

「ううん。兄さんのお使い。“祝福の花”が来るっていうからお迎えに」


 琥珀色の瞳がこちらへ向く。ニッコリと効果音が聞こえてきそうなくらい、はつらつとした笑顔を向けられて驚いてしまった。

 失礼ながら柴犬のような笑顔だと思ってしまった。


「初めまして。俺、澄田魁星。よろしく」

「百軒凛です。よろしくお願いします」


 がっちりと握手まで交わしてしまった。

 澄田と言うからには、おそらく彼は築の弟なのだろう。築も魁星も容姿端麗という言葉が似合う。築は鋭く冷たい氷のような雰囲気だが、魁星は明るく眩しい日光のようだ。


「つーことなんで、佐武さん、あとは俺がやりますよ。荷物持ちまーす」


 流れるような動作で、佐武からキャリーケースを受け取った。


「お任せしてしまって、宜しいんですか」

「はい。兄さんにも頼まれてるし。佐武さんは兄さんの面倒を見てあげてください」


 魁星の言葉に佐武は思わず吹き出した。


「分かりました。ではお気をつけて」


 佐武の返事を聞いた魁星は、一足先に玄関まで歩いて行く。早くとでも言うように手招きをされ、凛は慌てて駆け寄った。


「ありがとうございました!」


 手を振る佐武に、凛は深々とお辞儀をした。


「じゃ、いこっか。ごめんけど俺は運転とか出来ないから、公共交通機関で行くよ」


 庁舎を出てすぐのところに、島状に作られたプラットホームがあった。あれはバス停だろうか。いや、良く見ると地面に線路のようなものがあるので、路面電車に乗るのだろう。だとしたらバス停ではなくて、路面電車停留場――電停か。


「はい。あ、荷物、持ちます」

「平気。つーか、タメだし敬語じゃなくていいよ」

「分かった。ありがとう。えっと、これからどこに行くの?」


 魁星は時刻表を確認している。一緒になって凛も見てみるが、どこに向かうのか分からないので調べようもなかった。


「俺んち。凛はこれから有栖川邸に住むんだよ」

「有栖川邸って……アリスガワ、リカ……」


 築と初めて会ったとき、妖が呼んでいた名前もアリスガワだった。

 魁星は時刻表を見るのを止めてベンチに座る。凛も隣に腰掛けた。


「そうそう、有栖川理花の家だったとこ。澄田は有栖川家の当主代行もしてるんで、今は俺と兄さんが住んでる」

「有栖川理花って誰? 私と関係のある人?」

「いやいや関係あるに決まってるだろ。凛の先祖だよ。凛は有栖川の子孫だから、すげえ異能を持ってるんじゃん? 兄ちゃんはそんなことも説明しなかったのかよ」


 職務怠慢だと魁星は怒っている。

 妖が呼んでいた有栖川理花という名前は、父の言っていた如月国出身の祖先のことだったのだ。妖は凛のことを理花だと思っていた。妖は理花を探しに来ていたのだ。


「でも、じゃあ、何で有栖川理花のこと知ってんの」

「妖が私のことを、アリスガワリカって呼んでたから」

「……へえ。そっか」


 なんとなく含みのあるような返事に疑問を覚え、魁星の方へ視線を向ける。

 魁星の表情は変わらない。何か含みがあるようには見えなかった。


「有栖川理花ってどんな人なの。私に似てる?」

「俺は見たことはないけど、理花は長い黒髪に青い瞳の美人らしいね」

「じゃあ、私とは似てないね」


 妖は凛のことを理花と呼んでいた。凛のことを理花と間違えたということは、何か類似するところでもあったのだろうかと思ったのだが、どうやら違うようだ。

 凛は黒髪のショートボブに黒い瞳であるし、特別に美少女というわけでもない。少しだけ釣り目がちではあるが、平々凡々、普通の十八歳であった。


「凛は髪の毛が短いからな。理花も同じ異能を持っていたから、間違えたのかも知れないね」


 死者蘇生をも叶えるという強大な異能。そんなものがあると言うのなら、欲しくて堪らないという人もいるのだろう。

 妖もそんな凛の異能が目的なのだろうか。それとも他に理由があって、凛を襲って来るのだろうか。

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