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その晩、築は二十二時過ぎに帰って来た。相変わらず仕事が忙しいらしい。
凛が寝ずに彼の帰りを待っていたのには、夜食を渡す以外にも理由があった。
今までずっと腹を割って話すことが出来なかった話題を、ようやく話そうと決意したからだった。
「まだ起きてたのか? ちゃんと休め」
言葉はぶっきらぼうだが、本当に心配してくれていることが伝わるくらいには口調や声は柔らかい。
「築さんに話したいことがあるんです。話したら寝ます」
「何だ」
築はジャケットを脱ぎネクタイを緩めながら、ソファに腰掛ける。
凛はキッチンからおにぎりの乗った皿を持って来て、築の隣に腰掛けた。
「お腹空いてませんか。これ、……良かったら」
「おにぎり」
「おにぎりです。鮭のやつ」
築のおにぎりの言い方があまりにもあどけなくて、凛は笑ってしまった。突然おにぎりが出てきたことに、彼なりに驚いているようだ。
「凛が作ったのか?」
「はい。あの、魁星も」
凛は誰かに手料理を振舞ったことが初めてだったので、恥ずかしくて堪らなかった。鮭を焼いて、おにぎりを握っただけのものを料理と言っていいのか分からないけれど、凛にとっては十分に手料理のつもりだ。
築はおにぎりを手に取り、食べ始める。
「おいしい。ありがとう」
鮭を焼いて握っただけの、ただのおにぎりだ。
良い鮭と良い米を使ってるからだとか握っただけだとか、魁星にも手伝って貰ってとか、色々言いたいことがあった。気を抜くとすぐに、ネガティブな自分下げの言葉が出て来そうになる。凛は傷つくことが怖い、保身気質なのだ。
でも今言うべき言葉はこれだけでいい。おいしいと言われて、浮かれたのは事実なのだから。
「喜んで貰えて良かった」
「そうか」
おにぎりを食べ終えたのを見計らい、凛は話を切り出した。
「それで本題ですけど」
「ああ」
「今回のことで、魁星に怪我をさせて、私も入院することになっちゃって、本当にごめんなさい」
事件現場である桃源町でも謝罪をしたが、けじめとしてもう一度きちんと謝罪をしておきたかった。
深く頭を下げる凛を見て、築は緩く首を左右に振る。
「桃源町でも言ったがそれはもういい。今回のことは俺も知っていたし、俺にも責任はある」
「でも改めて謝っておきたかったんです。勝手なことをするなって言われていたのに、勝手に動いてこうなったから」
凛は如月国に来てから、初めて築に怒られたときのことを思い出していた。
確かに言われて少しだけ腹が立ったけど、彼の言葉には凄く納得がいった。凛が勝手な行動をとることで、どれだけの危険がやって来るのか今ではよく分かる。
「勝手に行動をするのは悪い癖だが」
「ですよね……」
築は無表情のまま話を続ける。
「魁星に相談できているなら良かった、と思っている」
桃源町に行く前は、このことがばれたら、魁星を連れて行ったことを怒られると思っていた。大切な弟をとんでもない事件に巻き込んだことを非難されると思っていた。
けれどむしろ築は、連れて行ってよかったとすら言う。
「これからは築さんにも相談します。今から相談してもいいですか」
「ああ」
いきなり相談を持ち掛けられると思っていなかったのか、築は僅かに目を見開いた。それでも何でもないように頷く。
「異能を使えるようになりたいと思っています。今までは伏見さんに教えて貰っていましたけど、今は使えるようになるために出来ることは全部したいです」
築に隠れてこそこそと異能を学んできた。けれど上手く行かない。
もちろん晴可にも引き続き異能の使い方を教えてもらうつもりではある。
しかしもう隠れて一人でどうにかすることに限界を感じていたし、築に嘘を吐くことに罪悪感も覚えていた。
今回だって、晴可が手を回してくれていたから助かったものの、そうでなかったら死んでいたかもしれない。
ならばいっそ、全て話してしまった方が良いのではないかと思ったのだ。
「分かった。俺が出来ることは協力する」
「本当ですか。よかった」
築はあっさりと了承した。凛は思わず喜びの声を上げる。
「でも祝福は分からないことが多いから、俺も調べながらにはなるが」
おそらく有栖川について一番詳しいのは、分家澄田の当主である築である。彼が協力してくれるのであれば、とても心強い。
「十分です。ありがとうございます」
「でもしばらくは休め。異能酔いをしっかり治すんだ」
築の言葉に頷く。
ようやく異能を使えたと思ったのに、今回も異能酔いになってしまった。しかも前回よりも数段酷い異能酔いで、入院までするはめになってしまった。
こんな調子で異能を使うたびに異能酔いになってしまったら困ってしまう。
すぐにでも克服したいが、まず今できることは、築の言う通りしっかりと休むことだろう。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
築は軽く手を振った後、二つ目のおにぎりを食べ始めていた。
また魁星を誘って、彼好みの甘い卵焼きを作れるようにしよう。
凛は自室に戻るべく、ゆっくりと階段を上った。




