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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
28/46

鴒原之情

 さらに三日後、凛はようやく退院が許された。

 退院日には築がやって来て、退院の手続きから支払いまで全て代わりにやってくれた。如月国における保護者の役割を全うしてくれていて、凛は頭が上がらない。

 退院の手続きを終え、築の運転で有栖川邸へ戻る。

 家の中へ入ると、雪野が玄関先まで飛んできた。


「凛さん、お帰りなさい」


 雪野はぺたぺたと凛の身体を触り、無事であることを確認する。激しい異能酔いが嘘のように、この一週間ほどの入院で凛はかなり元気になっていた。顔色も悪くないと分かると、雪野はようやく口元に笑みを浮かべた。


「元気そうで良かった」

「ただいま帰りました。ご心配をおかけしました」


 雪野への挨拶を終えて、築の方へ振り返る。

 築に持ってもらっていた荷物を受け取ろうと、手を伸ばした。しかし築は荷物を渡さなかった。病み上がりの凛に負担を掛けまいと言う、強い意志を感じる。


「雪野さん、凛の荷物を部屋に運んでやってください」

「分かりました」


 雪野が築から、凛の荷物を受け取った。


「雪野さん、自分で運びます」

「凛さんはダイニングで待っていてください。プリンを作ってありますから」

「それは嬉しいですけど」


 雪野の手作りプリンは美味しい。美味しいが、自分の荷物を部屋まで運ばせることには抵抗がある。とはいえ病院からここまでは、築に荷物を持たせていたのだけれど、それはそれとする。

 雪野に荷物を渡した後、築は家の中には入らず、そのまま車の方へ引き返して行こうとしていた。それに気づいた凛は、築の後ろ姿に問い掛ける。


「築さん、どちらに行かれるんですか」

「仕事」

「えっ、今日、仕事だったんですか」


 築は凛の方へ振り返り、頷いた。

 よくよく考えると、築はスーツを着ていた。それは仕事に行くためだったのか。

 午後から仕事なのか、仕事を抜けて来たのか分からないけれど、どちらにせよ自分のせいで仕事に支障を来してしまった。その事実に気が付いて申し訳なさに襲われる。それがもろに表情へ出てしまっていたのだろう。

 築は微かに笑みを浮かべた。あまりにも微か過ぎて、表情の変化を読み取りにくいことこの上ない。


「迷惑をかけてすみません」

「迷惑だとは思ってない。心配だったから行った」


 きっと築の言葉に嘘はない。だとしたら、その優しさを否定することもないだろう。


「ありがとうございます」

「ああ」

「仕事、頑張ってください」


 築はこくりと頷いて、車の方へと歩いて行ってしまった。

 凛は玄関先から築を見送り、屋敷に戻る。


「築さんって、優しいですね」

「ええ、お優しいですよ。特に身内の方には甘いくらいです」


 雪野が荷物を持って階段を上がる。着いて行こうと思ったが、雪野がダイニングで待っていろと言うので、荷物は任せてダイニングチェアに腰掛けて待つことにした。

 雪野はすぐに戻って来て、ダイニングテーブルにプリンと紅茶を準備してくれる。シンプルかつ昔ながらの、硬めのプリンだ。


「凄く美味しそう。いただきます」


 プリンをひと口食べる。口の中に広がる甘味に感動した。正直に言って、病院の食事は薄味だったので、甘いものに飢えていたのだ。


「雪野さん、美味しいです」

「そう。良かった」


 美味しかったという凛の報告に、雪野はキッチンで頷いた。

 プリンを食べ終わり、休んでいた分を取り返すために勉強でもしようかと腰を上げた。すると玄関先からガタガタと物音が聞こえ、何事かとそちらへ視線を向ける。魁星が勢いよくダイニングに飛び込んで来た。


「凛、退院おめでとう!」

「え、あ、ありがとう。勢いが凄いね」

「元気になって良かったなーって思って」


 退院を心から喜んでくれていると分かるような、満面の笑顔にこちらも自然と笑顔になる。


「兄さんは?」

「仕事に戻ってったよ。築さん忙しいのに、迎えに来てもらって申し訳なかったな」


 魁星はキッチンからプリンを持って来て、ダイニングチェアへ腰かける。


「私は何も返せてないのに」


 異能も使いこなせないし、お金が稼げるわけでもなくて、家事も手伝い程度しか出来ない。それなのに大学に通わせてもらって、生活も築に依存しているし保護者代わりもして貰っている。

 与えられるだけで、何も返せていない。


「そんなの、家族なんだから当たり前じゃねえの?」


 魁星は何を当たり前のことをとでも言いたげな、きょとんとした顔で首を傾げる。


「利があるから優しくしたいわけじゃないでしょ。家族なんだから」

「家族か……」

「表の家族は百軒かもしれないけど、こっちの家族は澄田でしょ。澄田凛になってもいいよ」


 魁星が家族だと言ってくれるのであれば、家族として魁星や築にも何かを与えたいと思った。

 与えるの貰うのと利害を言っている時点で、きっと本当の家族には遠い。けれど遠いからこそ近づけようとする。きっとその努力が、澄田家と凛という歪な家族を丸く丸くしていくのだろう。

 だからこそ凛は、その努力を続けていきたいと思った。


「どうしても気になるならさ、夜食におにぎりでも握ってやろうぜ」

「そうだね、甘い卵焼きも付けて」


 築や魁星の力になりたい。家族になる努力をしたい。

 だからおにぎりを握って卵焼きを焼く。そんな小っ恥ずかしいことをしたいだなんて、らしくない。らしくないけど、それがきっかけになるのなら悪くない。

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