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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
25/47

3

 外では晴可の呼んだ援軍が到着したのだろう。庭先で停車するような音がした後、男たちの怒鳴り声や、もみ合っているような音が聞こえた。魁星もなんとなく状況を理解したのか、立ち上がろうとしていた。

 けれどこんなにボロボロな彼のことを、このまま行かせるわけにはいかない。そもそもよろけていて、まともに歩くことすら出来ていないのだ。


「魁星は座っててよ。こんなになってるのに、動かない方がいいでしょ」

「いや、でも、状況を説明しないと……」

「必要なら私が行くから。お願いだから」


 こんなにボロボロになっているのに、もしこれ以上無茶をしたら、魁星はいなくなってしまうんじゃないか。そんな風に思ってしまうくらいには、凛にとって今日一日の出来事は今までにないくらい重たかった。

 凛の必死の眼差しと言葉を受けて、魁星は驚いたような顔をした。

 本気で心配をしているとひと目で分かるような、あまりにも真剣な表情をしていたからだ。


「分かった。俺は大人しくしてる」


 魁星の返事に、凛は心底ホッとした。


「魁星はいつもこんな気持ちだったんだね。すごく心配で生きた心地がしなかったよ」


 いつも心配している魁星と、心配させている凛の立場がまるきり逆になっている。凛はほろほろと涙をこぼしながら笑った。


「俺の気持ちが分かっただろ」


 魁星は勝ち誇ったような顔をした。

 怪我だらけではあるが、これだけ喋れているのだから命に別状はないだろう。凛はようやく安心して、大きくため息をついた。涙は止まっていた。


「魁星、凛っ!」


 静まり返った部屋に飛び込んできたのは築だった。

 今までの彼からは聞いたことのないくらいの大声と、いつもの無表情からは想像できないくらいの必死の形相に、凛は驚いた顔のまま固まってしまった。

 魁星は明らかに暴行を受けボロボロであったし、凛は凛で怪我こそないが心身ともに疲労困憊と言った様子だ。命は無事だが、まるきり無事とも言えない。


「無事なのか……?」


 見た目からは判断できず、築は心配そうな表情のまま問い掛ける。


「俺は平気。凛は怪我してないよな?」


 魁星の問い掛けに、凛は頷いた。


「良かった……」


 築の声はか細く、震えていた。心の底から安心したような一言だった。

 無表情で言葉も少なくて、何を考えているのか分からない。そんなイメージだった築であったが、こんなにも動揺している。心配を掛けてしまった申し訳なさで、凛は小さくなった。


「勝手な行動をしてごめんなさい。それに、魁星を巻き込んで、怪我をさせて、」


 いつだか、築に注意をされたことを思い出して、小さな声で謝罪する。

 築にとって何よりも大切な、たった一人の家族である魁星のことを、これほどの危険に晒してしまった。運が良かっただけで、殺されてしまってもおかしくなかった。何しろ、今回の相手は青華であり、無関係とは言っていたが藤原希世史もその場にいたのだ。


「いや、こういうことをしようとしていたのは、陛下に聞いて知っていたから。俺もお前たちを危険に晒してしまった。すまない」


 そう言えば、晴可は錦織に話を通していると言っていた。築もまた如月国宮内庁職員であるから、そこから話を聞いていたのだろう。


「もっと、早く助けに来ていれば」

「十分だよ。助けに来てくれて、ありがとう」


 凛からしてみれば、築が心を病む必要などひとつもないのに、こんなにも心を乱している。それが申し訳なくて、ますます胸がきゅうと痛んだ。

 築は十分早く助けに来てくれた。それにここに来ることを決めたのは、凛自身である。


「念のため、病院には連れて行く」

「魁星は行った方がいいね」

「凛もだ。車に乗りなさい」


 全く怪我などしてないのに、行く必要があるだろうか。そんな風に思いながら床から立ち上がった。その瞬間、凛は強い立ち眩みを覚えた。異能酔いかもしれないと、もう一度その場にしゃがみ込む。

 少し休めば大丈夫なはずだ。何度か深呼吸を繰り返し、もう一度立ち上がろうとした。

 ぐわんぐわんと頭を揺さぶられるような眩暈感と、激しい頭痛に嘔吐しそうなほどの気持ち悪さ。それに加えて、全身がぎしぎしと激しく痛む。


「凛?」


 凛の異変に気付いた築が、慌てて身体を支える。築にもたれ掛かりながら、ずるずるとその場に崩れ落ちてしまった。


「どうした? 凛!」


 築が凛の顔を覗き込んだ。名前を呼ばれ、凛も薄く瞳を開いた。目の前に築の顔が見える。しかし目の前が霞んで来て、段々と意識が遠くなる。


「気持ち悪くて……」

「目を閉じろ。ゆっくり深呼吸をして」


 築の声に従って、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。段々と楽になって気がする。


「もう、大丈夫だ」


 優しい築の声に、落ち着きを取り戻して来るのが分かる。

 今の今まで大丈夫だったのに、どうして今更これほど強い異能酔いの症状が出るのか。

 あまりの具合の悪さに、凛はその場で身動きが取れなくなってしまった。浅い呼吸を繰り返し、何とか気持ちを落ち着かせようとしてみるが、全く効果はなかった。

しかしもうどうにもならなくて、遠くなる意識の中で、凛を心配する魁星と築の声が遠くに聞こえた。

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