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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
23/47

窮鼠猫を噛む

 希世史は右手に持っていた刀を鞘に戻した。カツンと紳士杖が床に当たる音がする。

 一歩、一歩と希世史が凛に近付いて来る。大河は凛を庇うように立ちはだかった。


「今日は何もするつもりはないよ。誘拐事件を起こしたのも、私ではないし」

「え……?」


 戸惑うような声をあげた凛に、希世史は笑いかける。


「青華が私の名前を使って、勝手をしたみたいだね。けれど先ほど殿下が援軍を呼んだようだから、安心して良いよ」


 希世史は段々と凛に近付いて来る。コツコツと革靴が床に当たる音がする。

 大河は凛を庇うように希世史の前に立ちはだかった。


「すまないね。私は彼女に話があるんだ。大河くん、退いてくれるかい」


 希世史は口元に笑みを浮かべたまま、ぐっと大河の肩を掴んで、脇に押しやる。

 あれほどの力を持っている大河のことを、簡単に脇へ押しやり、彼の抵抗すらものともしない。希世史は振りほどこうと力を込めた大河の腕を、まるで仔猫の抵抗でも見ているかのように笑いながら受け止めた。


「はじめまして、今世の祝福の花。君は百軒凛と言うんだったね。モモノキか……。良い名前だね。桃には古くから邪気を祓う霊力があると言うから」


 親し気に話し掛けて来る希世史とは対照的に、凛は驚きと恐怖で声が出なかった。


桃花とうかの姫君は、私と一緒に来てくれるだろうか」


 凛は無言のまま首を左右に振る。


「それは残念だ」


 口調とは違って、希世史は全く残念そうには見えない。

 大河の腕を掴んでいた手を離し、玄関の方へ引き返していく。


「そろそろ殿下の呼んだ援軍も来るだろうし、私は帰ることにするよ」


 こちらの張りつめた緊張感をまるで無視し、軽い調子でそのまま旧みずかね製薬研究所を去って行ってしまった。玄関から出ていく直前に、希世史はこちらに振り返った。

 誰も希世史の後を追うことは出来なかった。明らかな力の差を見せつけられ、追い掛けたとて今のままでは適わないと分かってしまったからだ。


「凛も大河も大丈夫ですか」


 希世史を見送り、正気を取り戻した晴可が駆け寄って来る。


「ああ。俺たちは平気だ。ありがとう、晴可」


 腕をさすりながら大河は返事をする。

 凛はすさまじい緊張感に呆けてしまっていたが、声を掛けられたことで正気に戻った。

 真っ先に思い浮かんだのは、虹村宅にいるはずの魁星のことだった。


「魁星を助けに行かなきゃ」


 独り言のように小さな声で呟いた。

 今ここに魁星がいないということは、凛と別れたときのまま虹村宅にいるという可能性が高いということだ。

 今頃、あのときに踏み込んで来た青華に、何をされているか分からない。

 だとすれば今すぐに助けにいかなくてはいけない。


「大河、一緒に来て。異能を貸して」


 今のところ凛が唯一、拝借できる異能を持っているのは大河だ。

 凛の勢いに驚いてはいたが、大河はすんなりと頷いてくれた。


「ああ、構わないが、どこに行くんだ」

「大河の家に、魁星が残っているはずなの」

「俺の家? 分かった。行こう」


 焦っているせいで要領を得ない凛の説明では、状況が良く飲み込めなかっただろう。しかしただ事ではないと判断したのか、大河は凛の腕を掴んで玄関まで引っ張って行く。

 玄関の外までやってくると、大河は蛟へと姿を変えた。

 体は白く大蛇に似ていて、長い胴には四足があり、頭には二本の角が生えている。そして口許には長いひげを生やした、伝説上の生き物。その神々しさに目がくらんだ。


「俺が飛んで行った方が早い。乗れ」

「背中に乗って良いの?」

「助けて貰った礼だ」


 蛟の背に乗るなんて恐れ多いとも思ったが、魁星の命に関わることだ。うかうかしていられない。


「ありがとう。お願いします」


 跨ったはいいが、どこに手を付いていたらいいか分からない。おろおろとしていると、後からやって来た晴可が背後から凛を抱きしめた。


「もっと前かがみになって、首元に手を回して、大河に身体を添わせた方が良いですよ。飛ぶと風の抵抗が凄いので」

「あっ、はい」


 晴可は大河の背中に乗りなれているようだ。

 言われた通り、大河の首の辺りに腕を回して抱きつき、ぴったりと身体を密着させた。ひんやりとしていて、しっとりとした、硬いような柔らかいような不思議な手触りがする。


「行くぞ」


 大河が飛び立つと、ふわりと体が浮いたような感覚がした。ジェットコースターで下るときに感じる、あの浮遊感だ。

 地に足が付かないのが恐ろしく、反射的に硬く目を瞑った。恐る恐る目を開くと、気が付いたときには空にいて、地面が遥か下に見える。


「うわ……すごい、魔法みたい……」


 凛は飛行機ですら数回しか乗ったことがなかった。蛟の背中に乗って空を飛ぶだなんて、まるで魔法とか神話の世界の出来事みたいだ。自分は本当に異世界に来てしまったのだと強く実感した。

 歩いて来た時は遠いと思った道のりも、空を飛ぶと数分で終わる。

 大河は虹村宅の庭先にふわりと着地した。凛と晴可は大河の背から降りる。

 凛は余韻を楽しむ間もなく、そのまま虹村宅に走り寄った。やはり中から物音や話し声がする。まだ魁星はここにいる。

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