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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
14/46

兄弟たち

 その日の夕食には、久しぶりに築もいた。

 近頃の築は多忙を極めていて、夕食の時間を大きく過ぎてから家に帰って来ることが多かった。

 当然、築は仕事のことを魁星や凛には話さない。けれど年度の変わり目であることや、藤原希世史のこと、そして禍の王の封印に関することが、彼の多忙さに大きく関わっているということは明らかだった。

 本日の夕食はビーフシチューであった。雪野のビーフシチューはとても美味しい。けれど築の威圧感と、築に内緒で桃源町に行くという罪悪感で、凛は食事が上手く喉を通らなかった。


「兄さん、最近仕事忙しそうだね」

「そうでもない」

「今度、泊まりの時、夜食持ってこうか」


 築はにこりともせず、無表情のまま食事を取っている。

 兄弟である魁星は、感情の起伏も平坦な返事も気にする様子もなく、ぺらぺらと話しかけている。築は「そうか」か「分かった」くらいしか返事をしない。


「凛も最近料理するじゃん? 一緒に作って持ってこーよ」


 極力、凛は存在感を消して食事を食べ進めていたが、突然魁星に話し掛けられ、びくりと顔を上げた。


「え、うん、良いけど」


 凛は築のことが嫌いなわけではない。

 けれど築に嫌われているような気がして、話をすることが気まずいのだ。如月国に来てからほとんど話をすることもなく、そもそも顔を合わせることも少なくて、彼の人となりは分からないままだった。

 如月国宮内庁職員で、築の兄。それが凛の知っている築の全てだった。

 築の方を見ると、ばっちりと視線が合ってしまった。釣り目がちな眼が凛を見ている。何を考えているのか分からない、強い眼差しだった。


「兄さんはさ、夜食なら何が良い?」


 魁星は一足先に夕食を食べ終わっていた。もともと食べるのが早い人だが、とりわけカレーやビーフシチューなどは飲んでいるのかというくらい、食べるのが早い。

 築の視線が、凛から離れて魁星へ向く。


「やっぱおにぎり?」

「ああ」

「築さんは、おにぎり好きなの?」


 問い掛けてから、しまったと思った。築と魁星の会話に割り込んでしまったことを。


「そうそう。兄さんは昔からおにぎり好きでさあ。鮭のやつだよな」

「鮭だけじゃなくて、五目も好きだ」

「そうでした。そもそも米が好きだもんね」


 普通に返事をされて、会話に混じれたことに凛はホッとしていた。

 当たり前のことだけど、築はいつも厳しいわけではない。ビクビクしていて申し訳ない気持ちも、凛にはある。けれど何となく取っつきにくいのだ。こればかりは段々と慣れていくしかないのだろうけれど、今のところは凛には無理そうだ。


「そんでおかずはさ、絶対に厚焼き玉子。甘いやつ」

「おにぎりと卵が好きなんですか」

「ああ」


 何だか意外な食の趣味だと思った。意外ではない食の趣味がどんなものなのかと言われたら、全く思いつかないけれど、何となくもっと凝った食べ物を食べていそうな気がしていた。

 意外だと思っていたのが、顔に出ていたのだろう。

 築はゆっくりと言葉を続けた。


「魁星が唯一出来る料理だから」


 その言葉を聞いて凛は深く納得した。


「だから、好きってことにさせられた」


 それに続いた言葉には、凛もつい笑ってしまった。

 しかし魁星は心外だとばかりに指摘する。


「いや、好きじゃん。鮭おにぎりと厚焼き玉子のときは、めっちゃ笑ってるし」

「そうか」


 築を見ると、薄っすらと笑っていた。言葉もいつもよりも柔らかくて、優しい。

 おにぎりを頬張り、甘い厚焼き玉子に喜ぶ築を想像すると何だか面白かった。

 美人の真顔は怖いと言うが、まさにその通りだと思う。氷のような人だと思っていた。けれどこんな風に、冗談を言ったり笑ったりするのか。

 少しだけ築の内面の柔らかいところに触れた様な気がして、嬉しくなった。

 凛は食事を終えて、席を立つ。


「私、先に部屋へ戻るね」

「レポートの続き? 俺、手伝おうか」

「大丈夫。今日で終わりそうなんだ」


 如月国で義務教育を終えていないというブランクが足を引っ張っていた。

 先日、晴可に教えて貰った参考文献も読んでいたために、仕上がるまでに時間が掛かっていた。けれどその文献は参考になりそうだ。ようやくゴールが見えている。


「頑張れ」


 魁星が笑顔で手を振る。

 その隣で築が小さく頷いていた。凛はそれを見て、嬉しいと思った。

 凛がダイニングから去った後、築はスプーンを置いた。


「魁星。凛は学校に慣れて来たか」

「自分で凛に聞けばいいのに」

「客観的に見ている、魁星の意見が聞きたいんだ」


 魁星は悩むように首を傾げた。


「慣れてきていると思うよ。最近は鳳董子と伏見晴可さんと良く話してるみたい」

「伏見晴可? ハルカ……」

「そう、晴可さん。三年生だったかな」


 しばらく黙っていた築だったが、突然何かが繋がったように目を見開いた。


「その人は、青い瞳を持つ人か」

「え? あ、そうかも。黒って言うよりは青っぽい、甘めの顔立ちをしたイケメン」

「そういうことか……」


 築はふと口許を緩めた。錦織が言っていたことは、こういうことか。

 錦織をはじめ、籠目家の男子には青い瞳を持つものが多い。そして揃いも揃って、眉目秀麗であった。

 晴可がどういう手段を考えているのか分からないし、魁星にどういう手伝いをさせようとしているのか分からない。晴可が凛に接触している理由も分からない。

 しかし、築は錦織の力になりたいのと同じかそれ以上に、魁星を守らねばならないと思っている。凛のことも、彼女の両親に守ると誓ったからには、その責任を果たさなければならない。


「凛から目を離さないようにしてくれ」

「え? うん。それは、そうしてるけど」

「それから、魁星も無茶はしないように」


 築にとって、魁星はたった一人の家族で、大切な弟である。


「それも、そうしてるよ。兄さんは心配性だから」


 築は魁星の明るさに救われたことが何度もあった。

 両親を亡くした時も、如月国宮内庁に就職した時も。如月国に凛を連れて来た時も。築は魁星の兄あり保護者だった。けれど魁星もまた、築の支えであった。

 頼もしく感じる、得意げな魁星の笑顔に築は思わず笑ってしまう。


「そうだな」

「でも急にどうしたの。今更」

「俺が弟たちの心配をしたらおかしいか」


 魁星は築の口振りから、伏見晴可に何かあるのだろうと感じていた。けれどそれを口に出し尋ねたところで、築は何も答えることは出来ない。だから、魁星は黙ったまま首を振る。


「そんなことないけどさあ……」


 職業柄、築に言えないことがあることも理解している。けれど納得しきれない魁星は、もだもだと不服そうな雰囲気を出していた。


「今は話せないこともあるけれど、それは魁星も同じだろう?」


 鋭い築の指摘に、魁星は言葉を詰まらせる。

 晴可と凛と共に桃源町に行くことを、まさか築が知っているとは思えないが、彼の鋭さを考えると知っているような気もして、魁星はギクリとした。

 分かりやすい魁星の様子に、築はふと笑った。


「でも魁星と凛の心配をしているし、俺が出来ることは出来る限り協力するつもりだ」

「それは、俺もそうだよ」

「ならば問題はないだろう」


 いくら秘密があろうとも、根底にある気持ちが一緒であれば何ら問題はない。


「そっか、そうだよな。じゃー、大切なお兄様におにぎりでも握ってやるか」

「雪野さんに迷惑を掛けるなよ」


 食後の珈琲を飲みながら、築はからかうような言葉を投げかけた。

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