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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
エデン編
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月下美人

 魁星の言っていた通り、開闢大学の食堂の食事はかなり美味しい。種類も豊富で栄養バランスも考えられており、文句のつけようがない。

 如月国に慣れて来たのか、凛のメンタルもだいぶ安定していた。食事も美味しく頂けるようになり、多少の嫌味も笑顔でいなせるようになっていた。

 魁星は三限目の授業があると言って先に食堂を出て行った。何度も帰りは送るから待っていろと言い付けられた。先日、魁星と董子に迷惑をかけたので、言われなくても大人しくしているつもりだった。

 食事を終えた凛はパソコンと教科書を広げて、課題をこなすことにした。

 課題の内容は、「人と妖の歴史について」だ。講義で学んだことをまとめて、自分の感想も入れる。よくある大学のレポートであるし、如月国で育っている学生にとっては妖との歴史は常識らしく、魁星もあっという間に終わらせていた。しかし義務教育を如月国で行っていない凛にとっては、なかなかに難しい。

 課題と向き合って頭を悩ませていると、背後から声を掛けられた。


「この本が分かりやすいですよ」


 後ろから差し出された本に、戸惑いながら振り向く。


「ごめんなさい。急に話しかけて。随分、お困りのようだったから」

「いえ。ありがとうございます。えっと……」

「僕は伏見ふしみ晴可はるかと言います。貴方は百軒凛、ですよね」


 晴可は青味掛かった短髪に鮮やかな青い瞳を持つ、色白で甘い顔立ちの青年だった。左耳に籠目結びと翡翠の耳飾り、反対側は翡翠のみの耳飾りをつけている。


「そうですけど、何かご用事でしたか」


 凛は相手が自分の名前を知っていることには、だんだん慣れて来ていた。

 晴可は凛の隣に腰掛ける。


「これでも学年主席なので、お力になれるのではないかと思いまして。勉強とか異能の使い方とか」

「異能の使い方?」

「はい。宜しければ。教えるのも得意なんですよ」


 全く使える気配のない異能。その操り方を教えて貰えるのなら、願ったり叶ったりである。しかし初対面の彼を信用して良いものなのか、凛には判断が難しかった。


「教えるって、どうやって?」


 恐る恐る問い掛けると、晴可はふむと首を傾げた。


「そもそも異能ってなんだかご存じですか?」

「まあ、……特別な力?」

「そうですね。特別な力です。例えば、この如月国は表から存在を隠すために、今上帝である籠目錦織の異能が使われています」


 籠目錦織の異能「境界」については、ここに渡って来るときに説明を受けていた。

 凛は晴可の説明に頷く。


「そういう、目に見えるような異能が使える人はかなり貴重なんです。ほとんどの人は異能を持つだけなんですよ」

「異能を持つだけって、どういうことですか?」

「異能を持っているだけで、使うことが出来ない人ばかりということです。まさに今の凛の状況と同じですね」


 凛は警戒しながらも晴可の説明に聞き入ってしまっていた。

 今の凛にとって、一番と言ってもいいほど興味のある話題であったからだ。

 みんなが貴重だというこの異能がどれほどのものなのか。これをどうすれば使えるのか。そして、どのように使ったら良いのかを知りたかった。


「どうやれば使えるようになるんですか?」

「まずは自分の持っている異能について知ることですね。あとは才能」

「私の異能……」


 凛の異能を、みんなは「祝福」と呼んでいた。それは死者蘇生や天地開闢をも叶える異能だとも。言われてみると、凛の知識は噂の域を出ていない。


「凛の異能は、他者の持つ異能を行使したり、物の持つ異能を発揮させたりすることが出来るものです。ですから祝福という異能を使うためには、誰かや何かと一緒にあるということが、まず必要な訳です」

「なるほど。だけど、あんまり凄い異能だと思えないな」

「おや、そうですか?」


 晴可の説明によれば、異能「祝福」は他者の力を使う異能ということだ。

 凛の持つ異能そのものが凄いわけではなくて、選んだ異能によって凄くなることが出来るということではないだろうか。


「例えば、貴方の持っているそのペンダント」


 晴可は凛の着けているペンダントを指さした。

 このペンダントは祖母がくれたものだった。中身の見られない壊れたロケットペンダント。何よりも凛が大切にしているものだ。


「そのペンダントは異能を持っているようですね」

「まさか。祖母がくれたただのペンダントですよ」

「そうでしょうか。手のひらに乗せて、目を閉じてください。これがどんな異能を持っているのか分かりますか」


 言われた通り手のひらにペンダントを乗せてみる。少しだけ温かい。

 目を閉じて想像してみる。これがどんな異能を持つのか。

 しばらく目を閉じて考えてみたけれど、何も思いつかない。何せ想像するためのヒントもきっかけもないのだ。

 諦めて目を開けてみる。晴可は凛の手のひらに乗せられたペンダントを見ている。


「このペンダントトップには神鏡が埋め込まれています」

「神鏡?」

「そうです。未来を見通す力と真実を見通す力があると言われています」


 手のひらに乗せられたペンダントが熱い。

 今なら何か分かるような気がして、もう一度目を閉じてみる。

 黒い視界の中で、チラチラと光が瞬いているように見える。あれが異能の気配なのだろうか。捕まえたい。確かめたい。

 夢中になって光の尻尾を捉えようとしていたが、突然強い眩暈を感じて目を開く。

 ぐわんぐわんと思い切り頭を揺さぶられたような感覚と、すさまじい頭痛と吐き気。気を抜いたら意識を飛ばしてしまいそうだ。テーブルに突っ伏して堪える。


「すみません。まだ神鏡は早かったようだ」


 晴可が優しい手つきで凛の背中を撫でる。


「けれど確信しました。凛には異能を行使する才能があります。練習を積めば祝福を使いこなすことが出来るはずだ」


 吐きそうになりながらも顔を上げる。

 晴可の青い瞳とかち合う。


「ひとまず、保健室へ行きましょうか」

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