アポ
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「お、戻ってきた」
俳優の桐島優が、うどん屋さんにアポを取りに行った俺が帰ってきたことに気がついて手を振る。
戻ってきた俺は、「どうだった?」と聞かれて自分の頭を囲うように腕を大きく使って丸を作る
と、見せかけて大きくバツを作った。
「えぇー!」と桐島を含めた3人の笑い混じりの落胆の声があたりに響き渡る。
桐島以外の二人は、芸人の田原誠と上田慎也。2人とも色々な番組のMCを務めるほどの売れっ子だ。
「きっついな。」
「うそーこんなに歩いたのに。」
「またなんも食えないじゃん、死んじゃうって。」
3人とも続々と不満を垂らした。
実はこの店に来る前に入った焼肉店にも撮影を断られて、町の人にお勧めされたこのうどん屋さんに1時間半かけて歩いてきたところだったのだ。
この場所は目指す方向とは逆の方向で、店に入ることができたらまた引き返そうとしていた。
「二連続ってなかなかないですよね。」
苦笑いしながら俺は桐島に話しかける。
「ないよー。しかもこんなに歩いてダメなんてこと初めてだよ。」
桐島はわざとらしく眉をひそめて見せた。
俺は小さく笑って3人に向き直り、もう少し奥まで進んでみようと提案した。
「戻るわけにも行かないし、そうするしかないな。」
と、田原が小さくため息をついた。
ここまでの道はかなりの田舎道で、戻っても入れる店はないのだ。
「えーもう行くの?でもそうだな、マジで店見つけないと。次なかったらマジで俺死ぬと思う。」
上田も弱気になりながらも、俺の意見には賛同してくれた。
「よし、生きて帰れるように頑張るぞ。」
と、桐島の合図で、草木の生い茂る、人気のない道路を4人で歩き始めた。
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ここ、どこだ?
どんなに歩いても、誰一人とも会えず、あたりには大木や植物のツルばかりしかなかった。
俺たち4人は、3日間誰にも会えずに森の中を彷徨っていたのだ。
こう言う企画のロケ中だったので、誰も必要な水分しか持っておらず、ここまで誰も食べ物を口にしていないのだ。
そして、二件連続店に入れなかったことが効き、4人の空腹はほぼ限界に達していた。
4人はもう何も話さなくなった。ただただ俯いて森の中を歩き続ける。
3日前、うどん屋をあとにした後、とにかくまっすぐ道を進んだ。
数分歩いたところで流石におかしいと思い始めた。みんなもおかしいと思っていたはずだ。
人気も家もだんだんなくなっていって、店があるようにも見えなかったのだ。
あそこで引き返すべきだった。
その後、そのまま歩き続けてしまい、この森に迷い込んだのだった。
3人はあの焼肉屋とうどん屋を心の中で責めているのだろう。
何故撮影させてくれなかった。そのせいで俺たちはこんな目に、と。
だが、俺は違う。
俺はその店を責めてはいない。
俺は自分責めているのだ。
3日前、うどん屋のアポは取れていた。
俺は取れ高を優先した。
若手芸人の俺は、早く売れたいという気持ちが強かった。
やっと舞い込んできたこの番組の仕事。
ここで少しでもインパクトを残したかった。
だからアポが取れていないフリをして、2回連続失敗という嘘の状況を作り出した。
でも、こんなことになってしまうなんて。
俺のせいで引き返すことができなかった。
3人に謝りたい。
でも、こんな危機的状況ではいつもは温厚な3人も俺になにをしてくるかわからない。
今更本当のことなど言えない。
それから少し進んで、上田が膝をついて倒れ込んでしまった。
足に力が入らない様子だった。
上田は4人の中で一番歳が上なので、体力の限界だったのだろう。
桐島と田原が肩を貸したが、上田は立ち上がることができなかった。
このままでは4人で進むことはもうできない。
だからと言って上田をおいて行くわけにも行かない。
どうする。
俺も3日間なにも食べていないので頭が回らない。
だんだん俺も具合が悪くなってきて、体に力が入らなくなってしまった。
ああ、もう終わりだ。
こんなところで俺は死ぬらしい。
俺のせいで他のみんなも死ぬ。
申し訳ない、本当に申し訳ない。
そのまま俺は横たわり、ゆっくりと目を閉じた。
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目を開けると俺は布団の中にいた。
目だけを動かして周りを見ると、古そうな障子や照明が目に入った。
あれ、俺死んでないのか。
体が少し痛いが、動かせないほどではなく、起き上がることができた。
横に目をやると、桐島、田原、上田の3人が同じように眠っていた。
みんな無事だった。
安心して涙が出てきた。
でも、こんな事誰がしてくれたのだろうか。まずここはどこなんだ。
倒れたあたりにあった家なのだろうか。
そう考えていると、扉を開けて、一人のお爺さんが部屋の中に入ってきた。
「おお、目覚めたか。よかったよかった。」
そう言って優しい笑顔を作ってくれた。
「あ、あの、助けていただいて本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいか。」
感謝の言葉を述べると、お爺さんは首を横に振った。
「いや、助けたのは俺じゃない。この兄ちゃんだ。」
お爺さんの後ろからメガネをかけた三十歳くらいの男性が出てきた。
「山菜取りに行ってたらあんたらが倒れてたから急いでこの兄ちゃんを呼びに行ったんだよ。」
「そうだったんですか、本当にありがとうございます。」
そう言うと、その男性は「いえいえ」と謙虚に返した。
「ええと、あなたはなんでここにいるんですか。」
気になったから聞いてみた。
兄ちゃんと呼ばれているところから息子とかではなさそうなので、関係がわからなかった。
「あ、私ですか?私はこの家のテレビ取材に来たカメラマンです。」
「取材?どんな取材ですか。」
「人気のない山奥にポツンと存在する家に住んでいる人に取材をしているんです。」
こんなにも他局を感謝したことはなかった。
初めて投稿した小説です。楽しんでいただけていたら嬉しいです。