プロローグ 『日常となった異常事態』
2024/05/24公開
「あと300ホード(約240㍍)ってとこまで来たな。みんなはそろそろ詠唱に入ってくれ」
森林に生息する魔獣の中では一二位を争う難敵の猿モドキの群れと、あと4秒ほどで接敵する。
ヤツラは人類を警戒している事と、平野部に出なくても森林内で餌が十分に採れる事から、普通は森林からあまり出て来ない。
だが、十何年も続いた大繁茂に釣られて繁殖し過ぎたヤツラを養う程の実りが、今年は無かった。
偶々、俺と言う異分子が開拓村に来なかったら、きっと気付かずに開拓村は猿モドキの群れに襲われていた筈だ。
そうなった時、地球では考えられない被害が出ただろう。
全滅の憂き目に遭っていてもおかしくない。
なんせ、地球では生き残りを懸けた猿の群れに村全体が襲われるなんて聞いた事もないからな。
1匹が街中に出没しただけでニュースになる程だった。
しかも恐ろしい事に、こっちの猿モドキは草食から肉食までと幅広い『雑食』だ。
普段から劣熊を襲っているが、餓えれば自分の身体よりも遥かに大きな大熊さえも連携して襲って喰う。
人間さえも食料にする肉食獣の側面が有るのが猿モドキだ。
日本の常識で考えれば、身体の大きさだけを見れば人類の方が大きいし、それに人間は金属製の武器も持っているから、勝負にならないと考えるだろう。
だが、現実は違う。
ごく普通の動物の地球のサルでさえ、普通の人には脅威だ。素手で戦うと負けてしまうだろう。
ましてや、こっちの猿モドキは統率されている上に、石器を使い、更には魔法を使って来るから、防具や武器が有っても大きな脅威だ。
ヤツラが使う魔法は主に2種類だ。
身を守る為に気体魔法を使って風を身に纏う魔法が1つめ。
風を纏う魔法を身に付けたのはきっと、毒蛇のコブラモドキの毒鏃に対抗する為だろう。
コブラモドキも魔法を使って、50㍍先の獲物に毒の鏃を撃ち込む森林のスナイパーの殺し屋だから、猿モドキや森林に住む動物や魔獣にとっては脅威そのものだからな。
2つめは、近距離で使う突風を起こす魔法だ。
近い現象を探すなら、気象現象のダウンバーストが近い。
何度か食らったが、体感で台風以上の突風を真上から叩き付けられる感じだ。
踏ん張れば動きが硬直するし、足場が悪ければ足元を掬われるし、本当に厄介な魔法だ。
それを群れで使って来るのだから、接近戦は要注意だ。
「わ、分かった。『我願う、石の拳を我の敵に届けたまえ』」
村の男衆の中で、辛うじて『魔法士』と言える7人が一斉に詠唱を唱え始めた。
男衆7人は俺が指導した通り、右手を前にかざし、左手を右手の手首に添えている。
この姿勢は、狙いがずれない様にする為で、それまでの様に右手だけで狙った時よりも照準が精霊に伝わり易くなる為に弾着がばらけない効果が有る。
偉そうに言ったが、実銃の試射をした経験談から分かった効果なんだが。
詠唱の前段が終わると、みんなの身体から魔力の一部が抜けて、1㌢くらいのモヤになって、かざした手の平10㌢の空間に固定された。
それを淡く発光する蝶の様な姿をした小精霊が足で抱える。
瞬く間に拳大の石が形成された。
形は葉巻型が近い。
後は詠唱の後段、すなわち発射のキーワード、『疾く、飛べ』と唱えれば、大体1㌔くらいの石モドキが秒速40㍍から50㍍(時速144㌔~180㌔)で飛んで行く訳だ。
まともに当たれば、1発で行動不能になる事は間違いない。
そう、当たれば、だ・・・
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