第7話 決め手はエモい説教じゃ!
リバーシ厚生労働省の福祉課長、リンダの発言に激怒したワシとするめは、思わず大声で異議を唱えてしもうた。
その声を聞いて血相を変えたグレイが舞台の脇から飛び出し、配下の若者を絞め上げて真相を訊ねておる。
これでもう、逃げ隠れは出来ん。
世直し老害ババア、リバーシ全国デビューじゃな!
「いいぞ婆さん! 俺も財務大臣と福祉課長には腹が立ってたんだ! でも、俺だけがバカなのかも知れないって思って黙ってた。今日ここに来てよかったよ!」
観客の中から、嬉しい声援が飛んできた。
身なりはお世辞にも綺麗とはいえず、ワシと同じく杖を持つその男性は、自分が立てなくなった時の不安に耐えていたのじゃろう。
「リバーシの歴史は、政府の政策をもって高齢化を克服し、若者の暮らしも改善しました。選挙で選ばれた代表に逆らうならば、選挙で審判を下していただきたいと思います!」
リンダも負けじと反撃に出る。
じゃが、ここには頼もしい味方がついておる。
「よく言うぜ。お前達の策略で障がい者用のバスやタクシーが削減され、弱者が投票に行けなくなったじゃないか。お前の息子の友達がイカヨさんを襲ったのも、お前達が命令して邪魔な彼女達を黙らせようとしたんだろ?」
フレディの暴露に、リンダを含めた政府側の要人は動揺を隠せないようじゃ。
これまで矢面に立とうとしなかった財務大臣、ポール・グレイも慌ててその腰を上げ、息子を呼び寄せた。
グレイ一家はマイクから離れ、舞台袖で互いに責任をなすりつけておるように見える。
ここは槍手イカヨ四十八の老害技のひとつ、『自分の陰口の現場を見る時だけ視力二.〇』を駆使し、奴らの唇を読んでやるぞよ。
(……親父達だって、あんなババアは邪魔だろ? 足一本折れば安楽死させられるんだぜ?)
(……ラリー、私の立場を考えろ! 成功するために心を捨て、総理大臣を目指してようやくここまできたのだ。今、汚点を残すわけにはいかん。実力行使する前に私に相談さえすれば、あんな老婆など簡単に始末出来ただろう?)
(……へっ、今さらカッコつけんじゃねえよ! 親父が仕事しか考えねえから、俺がおふくろの世話ばかりで遊ぶことも出来なかったじゃねえか! 俺の青春は今なんだよ、誰にも邪魔されず、やりたいことをやらせてもらうからな!)
(……二人ともやめなさい、ああ……私はやっぱり、あの事故で死んでしまったんだわ! こんな毎日、耐えられない……!)
(……リンダ、私の地位と金がなければ君は安楽死だし、その綺麗な服も着れないんだぞ。今さら庶民の同情を買おうとしても無駄だ、口の利き方に気をつけなさい)
……ああ、嫌なものを見てしもうた。
グレイ一家もそれなりの弱さを抱え、苦労を経験しているということだけは分かったが、同情には値せんな。
「財務大臣! あんたの息子はもう有名人なんだよ! 今さら知らないふりするな!」
観客からもヤジが飛び交うこの問題は、リバーシの福祉政策の是非は関係ない。
会場の最前列に陣取る、グレイ一家の支持者らしき集団も、この件に関しては全く反論出来ないようじゃ。
今がチャンス、エモい説教で空気をこちらに引き寄せてやるわ。
「財務大臣、おぬしは総理大臣になりたいのじゃろ?」
するめと蛍の補助を得て、舞台の真正面に躍り出たワシは、単刀直入な質問で会場のざわつきを一掃する。
「不満がくすぶっておる街に、おぬし達がわざわざ理解を求めて講演しなければならないのも、憎まれ役を引き受ければ次期総理大臣に近づくからなのじゃろ?」
リバーシに定住する者が言いたくても言えないタブーに、遠慮や忖度なく斬り込む。
会場からは歓声と指笛が鳴り響いたが、さらなる刃を期待してすぐに静寂が訪れよった。
「そこにおる息子の仲間が、ワシらを襲ったのは事実じゃ。そもそも、若者がはした金欲しさにワシらを襲うという現実があるなら、高齢者や障がい者をいじめて巻き上げた寄付金は、本当に現役世代に還元されておるのかえ?」
財務大臣は慌てて秘書らしき人間に命令し、寄付金の使途明細を準備させておる。
その明細がどこまで本物の明細なのか、恐らく本人も分からんのじゃろうな。
「もうよい、プライドに関わるデータを即答出来ぬ財務大臣などたかが知れておるわ。ワシが言いたいことはただひとつ、何の落ち度もない生まれつきの障がい者や、事故被害による重傷者の生きる権利だけは脅かすなということじゃ! まあ正直、年寄りには死んだ方がいいくらい嫌な奴もおるからな。審議継続でいいわい」
会場からは拍手が湧き上がったものの、嫌な年寄りも救えというヤジはこなかった。ひとつもこなかった。
いやはや、年寄りも結構嫌われておるのじゃな。
ワシもすでに嫌われておるか。
「財務大臣。上手く隠れたつもりじゃろうが、親子喧嘩は聞かせてもらったぞよ。この福祉政策と、おぬしの欲望のせいで、奥方と息子は情緒不安定になっておるではないか。おぬしも選挙で勝った自負があるなら、反対派を説得して味方にしてみせるのじゃ!」
「このババア! 言わせておけばつけ上がりやがって! ぶっ殺してやる!」
グレイは短気じゃと確信してはいたが、両親の講演中にもぶちキレるとはのう。
頃合いもよい、そろそろ蛍たちと一緒に野球でも観に行くか。
「イカヨさん、こっちだ!」
フレディに手招きされ、ワシらは大声援を背に受けながら、草野球大会が開催される広場へと逃走する。
グレイ達は黙っておらんじゃろうが、ワシらごときに政界レベルが動くことはないと信じたいわい。
「お~い、蛍君が来たぞ! これで勝てるな!」
覆面パトカーから手を振る蛍を見て、草野球チームは大盛り上がり。
どうやら試合開始に間に合ったようじゃな。
「イカヨちゃん、怪しい車が離れて追いかけてきてるわ! 白忍者が五人くらい乗ってる!」
「……あの格好で広場に殴り込みにきたら、絶対あっちが悪役に見えるのに……」
するめも蛍も、恐怖を通り越して呆れておる。
素顔で勝負出来ない戦いに正義なし。
「こちら転移局、そこのババア達を捕まえろ! 奴らは罪を犯した転移者だー!」
これから草野球を楽しもうという老若男女に向けて、高圧的なグレイのダミ声が響く。
いや、まともに取り締まるつもりなら、まずその格好をやめるのじゃ。
「あの声は財務大臣のドラ息子だろ? 俺達もあいつにはうんざりだよ。さあさあ蛍君、早速打席に立ってくれ。トップバッターが塁に出なけりゃ始まらないぜ!」
広場にいる人間全員が、白忍者達を完全に無視しておる。
グレイによい印象を持つ者などおらんじゃろうし、草野球の熱狂は転移局なんぞに止められん。
「プレイボール!」
「ちょ待てよぉぉぉ!」
審判員の前にヘッドスライディングし、試合開始を強引に遅らせたグレイ。
いやはや、この行動力だけは見習いたいものじゃ。
「槍手イカヨ、剣先するめ、青里蛍。お前達は転移局と財務大臣、福祉課長を侮辱して民衆を扇動した。転移犯罪者として処理する!」
「何を言うておる? ワシらはリバーシのルールに不慣れな転移者として、納得のいかない政策に意見しただけじゃ! 講演会場で認められた権利じゃろうが!」
試合を止められて苛立つ野球チームと観衆、全員がワシらの味方だと実感する。
そしてここなら、蛍の武器であるボールもバットも沢山あり、フレディと仲間の警官も見守っておる。
相手が五人でも負ける気はせんぞ。
「へっ、敗者の意見は黙殺だよ。やっちまえ!」
「売られ言葉に買い言葉、売られた喧嘩は買う元漁師の嫁、それが槍手イカヨ。するめ! 蛍! SAY−BUYするのじゃ!」