第6話 福祉課長はクセモノじゃ!
白忍者達に嘘の電話をかけさせてから一夜明け、ワシらは中村さんの事業所で仕事二日目。
この日は、グレイから『公的施設』行きを命じられてしまった寝たきりの利用者、クラウンさんに事情を説明しなければならない、辛い日じゃった。
「……遂にこの日が来たか……。ウチの会社が限界なら仕方がない。中村さん、今までありがとう」
十年前の交通事故、そして近年はガンを患いながらも、息子のショーンさんと施設の尽力で八十二歳を迎えたクラウンさん。
彼は驚くほど冷静に、『公的施設』行きを受け入れておる。
「俺は二十歳でリバーシに転移して……何のノウハウもない中で起業したことに誇りを持っていた。だが、その自負があるから若い奴を見下してこき使ったし、息子の嫁にも酷いことを言った……。俺は若い奴が早く死んで欲しいと願う、邪魔な老害候補筆頭さ」
「親父、まだ諦めるな! 俺が半年以内に金を作ってやる。まだ安楽死はさせねえぞ!」
駆けつけたショーンさんの表情は、父親への愛憎が入り混じる複雑なものじゃ。
それでも、彼を育てて会社も譲った肉親じゃからのう。
「妻と娘は十年前、親父を『公的施設』に入れなかったから離婚して出ていったよ。金目当てで結婚して、金が少なくなったら離婚たあ、いいご身分じゃねえか!」
「……そんな、奥さん達だけを悪者にしないで下さい!」
愚痴のひとつもこぼさずにはいられないショーンさんを、どうにか制止する中村さん。
実家を飛び出したするめと蛍も、家族のいがみ合いには胸を痛めておる。
「……イカヨさん、あんたも歳が近いから分かるだろう。世界には死んだ方がいい年寄りもいることを……。死ななきゃ恨まれるような人間は、もう敗者だよ。でも俺は、地球の方が幸せだとは思わないね……ゲホッ!」
クラウンさんには別の介護スタッフがケアを行い、まだ通所限定のワシらは部屋から追い出されてしもうた。
「イカヨちゃん……やっぱりこの制度はやりすぎだと思う。クラウンさんみたいな考えはそれはそれで潔いけれど、あたし、この制度が変わらないとリバーシには住めないわ!」
「僕もそう思います。少しでも変えましょう!」
するめと蛍も、遂にワシと運命共同体となった。
口だけ出して、上手く行かなければ日本に帰る……そんな無責任な人間に、ワシがなるわけにはいかんのう。
財務大臣と福祉課長の講演が昼時に行われる今日は、地球でいう日曜日らしい。
ワシらは中村さんの許可を得て半休をもらい、今一度リバーシの現実を学びに会場へと向かった。
休日の昼間なのに、ワシより上の世代の年寄りや、手押し車や車椅子を使う人間の姿が全くない。
意識しなければ気づかないが、この世界には声を上げられない弱者が沢山おるのではないか?
「お~い、イカヨさん!」
警察から除名されたはずのフレディが、会場セキュリティの警官と仲良く談笑してこっちに手を振りよった。
どうやら警察も、財務大臣やグレイに媚びる奴らばかりではないようじゃな。
「この老婦人がお前のいう『やり手婆さん』か。確かに七十八には見えない、ひと癖ある雰囲気だな」
「何じゃ、やり手婆さんとは? ワシの本名のことをいっておるのか?」
警官の言葉に腹を抱えて笑う、するめと蛍。
確かにワシは、漁師仲間の間でも夫の女房の地位を超え、漁船に乗せられたこともあったからのう。
そのせいで、足にガタがくるのも早かったのじゃが……。
「イカヨさん、警官はもちろん、グレイも公務員だ。お前さん達がちょっと意見したくらいじゃ、暴力を振るったり拘束したりは出来ない。トラブった時は俺達に任せな」
「そいつは頼もしいのう、じゃが、よほどのことがない限りはワシも暴れないから安心せい!」
フレディ達の厚意をありがたく受け取るワシの背後で、蛍は何やら落ち着かない素振りを見せておった。
「フレディさん、実は僕、草野球大会に呼ばれていて、講演が終わった後すぐに試合が始まっちゃうんですよ……。よかったら街の広場まで、僕を車で送ってくれませんか?」
蛍は一見、強面な雰囲気のフレディに近づき、無理を承知で頭を下げる。
その野球への情熱は、フレディの隣にいた警官の心を動かしたようじゃ。
「君の噂は聞いているぞ、足と守備ならすぐにでもプロになれる逸材だとな。分かった、送ってやるよ」
「ありがとうございます!」
日本にいた頃は過去の経験から縮こまり、他人にものを頼むことさえ出来なかった蛍が、積極性を増しておる。
やはりこの子は、野球に生きる男なのじゃな。
「蛍はリバーシに来てから、自信がついてきて頼もしくなったわね。それにしても、プロ野球選手とは大穴だったわ……!」
長年貧乏に苦しんだするめは、玉の輿に乗れるなら蛍でも構わないらしい。
そもそもデイサービスでもよく世話をしておったし、放っておけない弟みたいな存在なのじゃろう。
講演の会場は、想像していたより空席が目立っておった。
リバーシの高齢者や障がい者対策に賛同する者は、今さら政府の応援に来るより、休日をエンジョイする事の方が重要じゃろう。
一方で、家族や友人を守るために金の工面をしたり、奇跡を信じて介護とリハビリをする者もおると考えたら、ババアとしては悲しくなるわい。
「皆様、本日はお忙しいところご来場いただき、誠にありがとうございます。私はリバーシ厚生労働省の福祉課長、リンダ・グレイです」
福祉課長を務めるリンダは、あのグレイの母親。
彼女は意外にも車椅子に乗っており、杖を使って自力で立ち上がり、そのまま演説を始めよった。
「近年、リバーシの福祉政策を見直すべきという論調が高まっています。寝たきりの高齢者や障がい者、事故や病気で動けなくなった、いわゆる生産性を伴わない人々に安楽死を勧めることの是非です」
早速本題に斬り込むリンダ福祉課長。
あの杖の使い方と、片足の不自然な位置を見れば、彼女がわざと障がい者のふりをしているわけではないと分かる。
「私は夫と結婚して一児をもうけた幸せの絶頂で転落事故に遭い、脊椎を損傷して寝たきりの身体になりました。それでも必死のリハビリを続け、今は立ち上がって仕事が出来るようになったのです。私に出来て、障がい者や高齢者に出来ないはずはありません」
金持ちの夫と結婚すれば、リハビリにも医療にも金と時間がかけられるはずじゃ。
努力と苦労は認めるが、回復しない人間がお前さんより怠けていたからではないぞよ。
「私達政府は、努力を続ける対象者には猶予を与えています。生産性を伴わない人々の価値とは、時に無気力になりがちな健常者に、生きようとする魂を見せることではないでしょうか?」
生産性、生産性とうるさいわ。
絶望した人間から努力を引き出す役割を、家庭や医療、介護の現場に押しつける役人や政治家には、人間の価値を決める権利はないじゃろう。
「人間には想定外の災難が降りかかることもあります。自分を守るお金も用意出来ない親が、障がいを背負ってしまった子どもを育てられますか? 産まれる前に天に召すことは心苦しいですが、それは殺人ではありません、魂の浄化です」
「……ああっ! うるさいうるさい!」
するめはリンダの演説に耐えきれず、椅子の肘置きを叩きながら叫び声を上げる。
ワシも全く同じ気持ちじゃ。
ブラック企業の社長や、カルト宗教のような怪しい言葉のチョイスに騙される人間もおるじゃろうが、古い世代のワシとヤンキー育ちのするめは騙されんぞ。
「リンダとやら、ワシはついこの間地球から転移してきたばかりの日本人、槍手イカヨじゃ! ワシは年寄りとして、そして日本を見てきて、年寄りを救うために若い衆が絶望するような社会はいかんと思っておる。じゃが、おぬしの思想が本心から出たものであれば、それは誰のためにもならん!」
ワシもするめも同じ女として、多少なりとも苦労しているはずのリンダの言動は信じがたい。
財務大臣である旦那もろとも、グレイ一家の闇を暴いてやるわい。