第5話 怪しい追手は撃退じゃ!
異世界での勤務初日を終え、蛍は昨日に続いて草野球の助っ人に参戦。
ワシとするめは夕食のついでに、日用品のショッピングに来ておった。
「わ〜! これ可愛い! リバーシのファッションセンスもなかなかいいじゃない!」
この世界の真実を知ってしまったワシらじゃが、取りあえずは気持ちを切り替えなければいかん。
着の身着のままでリバーシに転移したワシらの衣装は、リハビリしやすい軽装とデイサービスの制服のみ。
特にデイサービスの制服は全国共通でダサく、するめのような年頃の娘が普段着に耐えられるデザインではなかったのじゃ。
「イカヨちゃんにもこのスウェット、買ってあげる!」
草野球やショッピングを満喫する若い衆を眺めておると、ワシのようなジジババの責任を自覚させられる。
年寄りが安楽死を受け入れるほど人生に悔いがないのであれば、そんな世界があってもよいのじゃろう。
じゃが、やりたいことも出来ず、反省すべき過去もない障がい者や重傷者に何の罪がある?
自分の子どもをかばって交通事故に遭った親は、生きる権利のために賠償金を政府に巻き上げられるのかえ?
自分をかばってくれた親を、目先の金欲しさに安楽死させる子どもが出てくることが、健全な世界の証明なのかえ?
「……! 誰じゃ!?」
背中に不穏な気配を感じ、ワシはとっさに振り返る。
じゃが、そこには誰もおらんかった。
駆け足で背後を通った人間の、風圧を感じただけかも知れんな。
店から出ると、蛍が何やら荷物を抱えてワシらを待っておった。
すっかり地域の草野球ヒーローになった蛍は、今後の参戦の約束手形として、野球道具を沢山与えられてご満悦。
リバーシの野球レベルはよく知らんが、日本の強豪校で鍛えられた蛍なら、ワンチャンプロを目指すのもアリじゃろう。
「槍手さん、今日は暗くなっちゃいましたね。夜道は気をつけないと」
「なあに、おぬしらがいてくれればワシは百人力じゃよ」
蛍と言葉を交わすうちに、ワシにとってこの二人は、もはやただの介護士と利用者の関係ではなくなっていることを実感する。
こんな数奇な運命をともにしたのじゃ。
出来ることなら、三人揃って日本に帰りたいのう。
「……槍手イカヨだな。お前はリバーシのしきたりにあちこち首を突っ込んでいるようだが、命が惜しければ余計な詮索はやめろ。寝たきりの身体にしてやってもいいんだぜ」
突然ワシらの前に現れ、不敵な脅し文句を吐く二人組の男。
転移局とは真逆の白装束で、目の部分しか身体の露出がない、まるで忍者のような出で立ちじゃ。
「嫌な予感はしておったわ。おぬしら、ショッピングモールでワシを監視しておったろう?」
この格好なら目立ちすぎて、監視など出来ないとかいう無粋なツッコミはなしじゃぞ?
こやつらは普通の格好でワシを監視し、夜道での作戦に合わせて律儀にコスプレしたと考えるのじゃ。
その方が面白いとは思わんか?
「ククク……もうろくババアと若い女、チビ男の三人組など、俺達二人で秒殺だ。日本人らしく土下座すれば許してやってもいいぞ?」
「それはこっちのセリフじゃ! リバーシで五体満足のおぬしらが、日本で苦労しておるワシらに勝てるわけがなかろう?」
売られ言葉に買い言葉。
売られた喧嘩は買う元漁師の嫁、それが槍手イカヨ。
「言わせておけば……おい、やっちまえ!」
「するめ! 蛍! SAY−BUYするのじゃ!」
ヤンキーの血が流れるするめとは違い、真面目な蛍は実力行使に若干のためらいが見てとれる。
じゃが、こやつらが一方的に難癖をつけてきたのじゃ。
自分の身に危機が訪れた時、バットとボールを持った蛍こそが最強なのは間違いないぞよ。
「ホイよ! リハビリのボディメカニクスじゃ!」
血相を変えてワシらに迫る男の利き足が上がった瞬間、杖を使ってその足首を全力で持ち上げる。
利き足のパワーと反り返った上体は左足一本では支えきれず、白装束の男は綺麗に背中を打って転倒した。
「くっ!? いくら足をすくわれたとはいえ、こんなくたばり損ないが俺を……?」
脳筋な白忍者が戸惑いを見せている間に、するめは恐れを知らない先制攻撃で早くも相方を圧倒。
暴走族の遺伝子とは恐ろしいものじゃのう。
「はあぁっ! こんなバカ息子を放任するなんて、ずいぶん甘い親ね、全く羨ましいわ!」
「このアマ、舐めやがって……おぷぶっ!?」
するめに一矢報いようとした白忍者は、蛍のレーザービーム直球を脇腹に受け、だらしなくその場に崩れ落ちる。
軟式球とはいえ、元高校球児の球はさぞ堪えたじゃろうな。
「オラオラッ! あんたらSHINOGIの基本がなってないわよ!」
言葉の隅々から本格派を漂わせるするめの連続技に、脳筋白忍者は防戦一方。
顔面のガードに夢中でがら空きになった後頭部に、蛍のスローカーブが炸裂した。
「きゅうーー★★★★★」
作者からの意味深なサブリミナル・メッセージなのか、謎のフィーリングを残して力尽きる白忍者。
とりあえず、ワシらの勝利じゃな。
「イカヨちゃん、ごめん! スウェットでこいつら縛るわ!」
白忍者の逃亡を防ぐため、するめは自分の服を確保しながら、ワシにプレゼントしてくれたスウェットで男達の両手を縛り上げる。
まぁ、もらい物じゃから仕方ないのう。
左足が不自由なワシなら、少し伸びたくらいが着やすいわな。
「どれ、すまんがご尊顔を拝ませてもらうぞよ」
白装束の頭部を脱がせると、思った通り。
この男達は昨日、グレイの両脇にいた奴らじゃった。
「おぬしら、グレイに頼まれたのか? こんなババアすら脅迫しようとするとは、今の制度に不満を持つ人間が増えておる証拠じゃな」
素顔の白忍者はグレイよりもかなり若く、それほど荒れた人生を送っているようにも見えない。
遊ぶ金欲しさに、軽いノリで奴の子分になったのじゃろう。
「グレイの兄貴を訴えても無駄だ。昼間の俺達は転移局の制服を借りていただけの、ただのチンピラだからな」
自分達のことを『ただのチンピラ』などと呼ぶ若い衆のプライドは、一体どうなっておるのじゃ?
弱者を効率的に安楽死させる、そんな仕事しか選べずに将来、妻や子を愛せるのかえ?
「槍手さん、マーシュさんとカイリーさんに連絡しましょう。警察に届けても、グレイとグルになっているかも知れませんし」
蛍はこれまでの経緯と、恐らくアニメや小説の知識から、冷静かつ的確に状況を判斷しておる。
さらに冷静かつ的確な蛍は、自分が白忍者にぶつけた軟式球も一個たりとも無駄にせず、ダッシュで拾いにいっておる。
とにかくこれが日本人の魂じゃ。
白忍者ども、よく見ておけ!
マーシュとカイリーの手を借りて白忍者達を連行した場所は、とある私立探偵事務所。
ここの所長であるフレディは、かつて不正と戦う熱血警官じゃったが、彼を疎む汚職上司にハメられて、警察から除名されてしまったらしい。
マーシュの父親の援助で探偵を開業し、その恩を返すために姉弟に力を貸しておったのじゃ。
「イカヨさんとやら、お前さんのやり方は賢いな。リバーシでは世代間対立こそあるが、障がい者や重傷者の扱いは酷いと考える人間が増えているんだ。安楽死推進派だった議員も、少しずつ慎重派に変わっている」
屈強な体格に太い眉毛、頑固そうじゃが面倒見は良さそうなフレディ。
どことなく漁師仲間を思い出してしまうわい。
「明日の夜、財務大臣と福祉課長がこの街で講演を行う予定なんだ。お前さん達は転移してきたばかりで、しかも気が強い。この世界に忖度しないだろう? だから口封じのために狙われたのさ」
ワシらが襲われても、フレディは仲間が増えたとばかりに満面の笑みを浮かべておる。
とにかく、その講演とやらで奴らの真意を問わねばな。
「おい白忍者よ、グレイに伝えるのじゃ! ババアどもは軽く痛めつけといたから、明日の講演は安心してやれとな!」
「こいつはおもしれえ! イカヨさん、あんた俺のやりたいことを先回りしてるじゃねえか!」
すっかり意気投合したフレディはワシの肩を揉み、グレイ親子を欺く気満々。
よそ者だと甘く見るなよ、ワシは煮ても焼いても喰らえんぞ!