第4話 リバーシの幸福を疑うのじゃ!
施設に駆けつけたマーシュの隣には、見知らぬ女性が同伴しておった。
彼女の名はカイリー。
マーシュの姉で、リバーシ世界に定期的に召喚されておる転移者と、その現象の謎を研究する科学者じゃ。
「あなたが槍手様ですね? 弟から事情は聞いております。今日は地球人の転移の仕組みをご説明に参りました。日本に帰還する手段も、現在精査しておりますので、もうしばらくお待ち下さい」
ショートカットにふち無し眼鏡、シミひとつ残さない白衣姿と、一見して堅物な印象のカイリーじゃが、愛用のペンやメモ帳は可愛らしい柄のもの。
マーシュとの仲も良いらしく、素っ気ない態度や理屈っぽい自己紹介もない、接客慣れした娘さんじゃと分かる。
「マーシュさん、リバーシの医療や介護はどうなっているの? 日本の制度と違いすぎて、頭が混乱するわ」
するめの言葉を受けて、苦々しくうつむいたマーシュは深呼吸し、やがてゆっくりと言葉を選んで話し始めた。
「リバーシは昔から資源に恵まれ、地球からの転移者の力を借りて文明が発展しました。また、時空の違いから国家間戦争というものが存在しないので、平和ではありましたが高齢化も深刻になったのです」
マーシュの話は、どことなく今の日本の功罪とだぶる部分がある。
ワシらもリバーシは暮らしやすい世界だと思ったし、中村さんも夫と別れることになっても日本に未練はないと言うておるしのう。
「そこで、本人が望み、家族が承諾した場合のみ、高齢者や障がい者の安楽死を認める法律が制定されたのです。安楽死を選択された方々の財産や保険料は若い世代に還元され、人道的に賛否両論はあっても、リバーシは全ての世代が公平な環境を構築したはずでした……」
ババアのワシは無慈悲さを感じなくもないが、ここまでならまだ理解出来る。
あくまで本人と家族が納得するのであればな。
「しかし、ここから人間の欲が暴走します。この法律は人間の尊厳を守るという大義から外れ、福祉予算削減の逃げ道に利用されました。やがて世代間対立が浮き彫りとなり、新しい政治家や役人は『公的施設』を新設して、政府の求める寄付金を払えない寝たきりの高齢者や障がい者を、残さず排除し始めたのです」
徐々にこの世界の暗部が明らかになり、ワシらの顔も歪まざるを得ない。
日本を筆頭に、地球も近い将来、こんな事態へ陥る危険性があるからじゃ。
「マーシュさん、『公的施設』というものに移された人達はどうなるんですか?」
元高校球児、蛍からの直球の質問は、マーシュとカイリーを苦しめておるようじゃ。
ふたりは人道的に真面目じゃと思うが、組織や政治を変えるまでの立場にはない。
「……『公的施設』は、建前上は終末医療用のホスピス施設です。しかしその実態は、利用者の希望を削ぎ落とし、徹底的に安楽死への再教育を行う監獄のような場所。半年の再教育期間の間に本人や家族が寄付金を払えなければ、安楽死執行です」
「……そんな……!」
するめの慟哭を最後に、沈黙が続く応接室。
ここにいるワシらは全員、毎日の経験から現実が分かっておる。
だから誰も、感情に任せて激怒することが出来んのじゃ。
この問題の闇は深い。
人道的にはいくらでも激怒出来るが、ジジババの死による金の還元を待って働かずに遊び呆ける若者や、安楽死を口実に下の世代に横柄な態度を見せる年寄りがいる限り、この制度を支持する人間がゼロにはならんのじゃ。
「マーシュ様のお父様も転移局の職員で、柔軟に人道的な判断が出来るお方でした。彼が病気で亡くなり、財務大臣の父を持つグレイ様がポストに収まるようになってから、寝たきりの高齢者や障がい者の生きる権利が、更に狭められてしまいました。でも、私も結局その手伝いをしているだけなのです……」
困った人間は無視出来ないが、政治的には無力。
それでいて、日本にいる時より高い報酬をもらう。
そんな現状に、中村さんも自己嫌悪に陥っておる。
「マーシュさん、お父様は立派な方だったみたいだけど、今あなたがグレイみたいな奴の下で働いても意味がないわ。あなたを活かす仕事は他にもあるんじゃない?」
自立のためには仕事を選べなかった、するめらしい意見じゃな。
とはいうものの、真面目な人間ほど使命感が強く、一度乗った船からはなかなか降りられんものよ。
「弟はもうすぐ二十五歳、リバーシの上院議員に立候補出来る年齢になります。姉の私としては、住民の評判もいい弟が上院議員になって、福祉政策と研究費を改善してくれたら最高なのですよね」
カイリーはお茶目に微笑みながらも、自分の利権に弟を利用するちゃっかりした一面を見せておる。
マーシュは姉からの要望に呆れて首を横に振ったが、これはなかなか名案ではないか?
「マーシュ、こうなってしまった以上、おぬしやワシらが望むことをすぐ実現するのは無理じゃ。若い衆は今更年寄りのために負担が増えるのは御免じゃろう。ワシらジジババのことは後回しでよい。まずは先天性の障がい者や、自分に非のない重傷者の権利から守ろうではないか」
マーシュが父親の遺志を継ぎたい気持ちは分かるが、財務大臣の言いなりになった今の転移局に人道的な期待は出来ん。
ワシらを含めて日本の介護や医療関係者がここに転移しているのは、リバーシが新しい知恵を求めているということなのじゃな。
「弟の将来にまで気を遣っていただき、誠にありがとうございます。それでは槍手様、転移の仕組みについてご説明いたしましょう」
リバーシの問題を知ったワシらは、のんびりとこの世界を満喫する気持ちにはなれなかった。
そもそもカイリーに期待していたのは、日本に帰る方法を知ることじゃ。
これまで転移者が地球に帰ろうとしなかったのは、ワシみたいな高齢者が転移したことがなかったからに違いない。
「地球人の転移を司るのは、私達の研究所に保管された謎の鉱石です。この鉱石は満月の夜、月の光に反射して光を放ち、地球からの転移者を連れてくるのです」
「鉱石って……石なの? 人智を超越した二百歳の老人が唸ったりとか、ケバい熟女が水晶玉で呼んでいるわけじゃないのね……」
するめよ、おぬしはどういう認識なのじゃ。
「リバーシは地球の裏の時空にある世界。ですから地球とほぼ同じ三十日前後の間隔で満月が現れ、転移者がやってきます。つまり理論的には、満月の夜に研究所で鉱石の光を浴びれば、地球に帰ることは可能です」
「おお! そんな簡単に帰れるのか!」
この世界からワシらのデイサービスまで光が届くのじゃから、確かに理論的には合っておる。
最近の転移者の傾向から、日本のどこかの介護施設に届けてもらえるかも知れんな。
「……しかしながら、前例がありませんので危険を伴います。火山の中に転移して灼熱に悶えてしまうかも知れませんし、深海に転移して窒息に絶望してしまうかも知れませんし、北極のシロクマの群れの中に転移して食糧と認知され……」
おいゴラァ! カイリー!
なんで自分、そんなに悲観的なん?
「槍手さん、取りあえず帰る方法が見つかって良かったじゃないですか! 昨日転移したばかりだから、僕達にもまだ将来を考える時間がありますし」
蛍になだめられ、ワシも希望を取り戻す。
この一ヶ月ほどは弱者の不満を集めて、世直しの基盤を作るために、ワシもひと肌脱がんといかんのう。