最終回 ワシに日本は狭すぎたのじゃ!
『公的施設』での騒動から三日後。
車椅子にギプス姿で登場したスミス総理は、『公的施設』の利権と存在を隠していた息子ハリーに関する質問攻めに遭いながら、来月での議会解散を宣言した。
これによりマーシュの上院議員選挙への立候補が正式に受理され、ワシら『リバーシ世直し隊』の注目度はさらに上昇。
若くイケメンなマーシュの当選は濃厚じゃが、するめはスキャンダル防止のためにすっかりマーシュの女房気取り。
上手いことやりおってからに。
蛍は『世直し隊』としての取材をあえて断り、プロテストに向けて寝る間も惜しんで練習の日々。
住宅地の広場からプロ野球選手誕生となれば、地域の男の子達の希望となるじゃろう。
これこそが、正しい少子高齢化政策なのかも知れんな。
カイリーのもとには『嫌な気持ちにさせる防犯スプレー』の商品化オファーが届き、彼女はその収益の一部を、自身と委託契約を結ぶ転移局に寄付すると宣言。
政府の利権はあれほど厳しく追及しておきながら、自らは利権を用いてさらなる地位固めに余念がない。
敵には回せない、末恐ろしい女じゃ……。
フレディには、何を勘違いしたのか格闘技団体からの接触があった。
確かにあの腕っぷしにはエンタメ要素と爽快感があるが、もうすぐ五十歳になる彼がそんなリスクを背負うわけがない。
相変わらずの熱血漢ぶりで、今日もやくざ者やブラック企業の闇を暴いておる。
仲間達の活躍を見て、ワシは気づいた。
ワシはもう、何かをイチから始められる歳ではないのじゃ。
ワシは『リバーシ世直し隊』において、不当な扱いを受けた人達の気持ちを代弁する『神輿』みたいな存在だったのじゃ。
ワシはもうすぐ地球へ帰る。
リバーシの未来が、世代や立場を超えて明るいものになることを願って、介護施設のボランティアババアとしての任務を終えた後、地球へ帰る。
そして、満月の夜が来た。
「みんな、本当に世話になったのう。ワシはみんなと、このリバーシのことは一生忘れんぞ。ま、一生があと何年残っておるか分からんがな」
研究所に集まったのは、『リバーシ世直し隊』のメンバーだけ。
リバーシから地球に帰ろうとする人間はワシが最初じゃ。
万が一、帰還が失敗した場合も、世間を騒がせたくはない。
槍手イカヨはリバーシに来て、ハッスル(←死語)しすぎて天寿をまっとうした……そうごまかしてもよいではないか。
「槍手様、リバーシが求める人材が日本人ではなくなっている可能性があります。日本以外に転移した場合に備えて、そのイヤホンつきマイクは持っていて下さい。幸運をお祈りします」
カイリーはいつも冷静じゃな。
もう着けておることすら忘れていたこのマイク、地球の太陽電池でも使えるのかえ?
「イカヨちゃん、元気でいてね! リバーシのものを持っていたら、また光が迎えに来るかも知れないから!」
するめと蛍を見ておると、彼らは仮にリバーシの世直しが失敗しても、この世界で生きていく覚悟を決めたようじゃ。
ワシの説明責任は重大じゃな。
「……ん!? 今鉱石が光ったぞ! みんな、イカヨさんから離れろ!」
フレディの合図とともに、ワシは窓を開けてベランダへと飛び出す。
もう覚悟は出来ておる、さあ、ワシを地球へとさらうがよい!
ピカッ……!
研究所が一瞬、眩い閃光に包まれる。
ワシの記憶は、最後にマーシュと蛍が手を振る姿を確認したところで途絶えておった。
……ワシが地球に帰還してから、もうすぐ一ヶ月が過ぎようとしておる。
幸いにも日本のとある港町に転移出来たワシは、夫の弟子じゃった漁師に発見され、捜索願いを出したばかりの息子夫婦とすぐに再会出来た。
じゃが、その後が最悪じゃった。
ワシは必死にリバーシの存在と、日本からさらわれた医療、介護従事者について説明したのじゃが、ワシの年齢が災いしたのか、認知症プラス妄想癖ありと診断されてしまい、お偉方から聞く耳を持たれなかったのじゃ。
息子夫婦もリバーシの話だけは信じてくれず、不服にも介護度を上げられてしまったワシは窮屈な生活を強いられておる。
ああ、こんなことなら日本に帰らなければよかった……。
蒸発したまま、不運の死を遂げたと記録されるべきじゃった……。
「槍手イカヨさ〜ん! 算数の時間ですよ!」
新たに通わされたデイサービスには気の合う若い職員もおらず、バカにしているとしか思えないひと桁計算までやらされる始末。
こんなサービスに、息子夫婦の金を使わせるのは心外じゃ。
「槍手さん、すごいですね! ドリルは全て満点ですよ!」
ワシのことを認知症プラス妄想癖ババアだと聞かされていたその職員は、ペーパーテストの成績を見て大げさに驚いておる。
認知症進行を防ぐためにデイサービスに送られたワシとしては、褒められることを素直に喜ぶべきなのじゃろう。
息子夫婦には安定した収入があり、孫も先日就職が決まりよった。
今の日本なら、ワシは戦わなくても生きてゆける。
じゃが、どうしても見方を変えてしまう。
今の日本では、ジジババが戦う権利すら奪われておると。
このままでは、ワシは本当にボケてしまうわい。
「施設長、大変です! 隣の部屋に、また例の光が現れました!」
「……何じゃと!?」
息を切らして学習部屋に入ってきた介護士の姿を見て、ワシの胸は踊った。
光に乗ればリバーシに戻れる……!
「世話になったのう、さらばじゃ!」
ワシは脇目も振らず、左足の負担も考えずに全力疾走する。
カバンの中で大切に保管しておったイヤホンつきマイクを宙に掲げ、隣の部屋の光を呼び込む。
「ワシが槍手イカヨじゃ! 早くワシをさらいに来い! ワシはもう、日本には必要とされておらん!」
ワシのエモい懇願が届いたのか、光はワシのヘッドホンマイクを伝って全身を包み込んだ。
ああ、あの時の感覚と同じじゃ!
これでリバーシに戻り、みんなと世直しの続きを行うのじゃ!
ワシに……ワシに日本は狭すぎたのじゃ!
『異世界世直し! やり手ばあちゃん 〜成敗SAY−BUY! 煮ても焼いても喰えんぞよ〜』完