第13話 正しい愛が必要なのじゃ!
「でええぇぇいっ!」
野球道具は奪われたが、小柄で筋肉質の肉体を活かして果敢なタックルに挑む蛍。
ロベルトやサンド、ミューラーといった文系社会人が相手なら、場数を踏んだ分だけワシらが有利と言ってよいじゃろう。
「イカヨちゃん、そっち行くわよ!」
「よっしゃ、任せるのじゃ!」
するめのヤンキー喧嘩殺法と、ワシのボディーメカニクスに基づいた杖攻撃。
スミス総理とSPが、お手並み拝見と言わんばかりの余裕を見せつけておるのがシャクじゃがな。
「……ぐはっ!」
三対三なら、文系社会人はワシらの敵ではない。
介護職と庶民ババアを舐めるなよ。
おぬしらがはした金で卒業した下積みを、一生続ける覚悟があるのじゃ。
「これはお見事。リバーシは平和な世界だが、ロベルト達の弱さを見る限り、もう少し格差競争をさせてもよいのかも知れないな……やれ!」
最初は拍手でおどけてみせた、スミス総理の表情が一変。
険しい目つきでSPに指示を出し、蛍とするめは軽い張り手だけで床に叩きつけられる。
「……あうぅっ!」
「するめ、蛍、大丈夫か!?」
ババアのワシが若い衆の助太刀にきたところで、勝利の確率が高まるわけではない。
じゃが、これは自分との戦いじゃ。
リバーシの世直しのために立ち上がることを決めた、自分に嘘をつかないための戦いでもあるのじゃ。
「フッ、しょせんは素人、この程度なのだよ。するめ君とやら、君はなかなか美人ではないか? 私の知り合いにゼネコンの御曹司がいる。彼は少々遊び人だが、今なら君を紹介してあげてもいいぞ?」
「くっ……冗談じゃないわ。あたしが金で遊ばれる女だと思っているの? (玉の輿は狙うけど) あたしがついていく男は、喧嘩したあとであたしが悪かったと思える男だけよ!」
何か心の声が聞こえたような気もするが、するめは骨太なアティテュードを貫き、スミス総理とSPを睨みつけた。
大丈夫じゃ、するめ、流れ的にこのまま終わるパターンではない!
「……仕方ない。君達は総理大臣に暴力を振るった精神障がい者として、『公的施設』で安楽死だよ。そのために、少しばかり痛い目に遭ってもらうしかないな!」
シャキーン!
「……ぐわっ!」
後づけの効果音としか思えない閃光とともに、転移局の警棒が宙を舞う。
その警棒はSPの額を直撃し、彼はそのまま巨体を卒倒させてダウンした。
「……何者だ!?」
スミス総理ともうひとりのSPが見つめる先には、マーシュとカイリーの姿。
そしてその後方からは、何やら車椅子に乗った男を押しているフレディの姿も見える。
「ばあちゃん、間に合ってよかった! 最初は訪問を拒否されたんですが、車椅子に乗った施設の職員が私達を入れてくれたんです!」
「車椅子の職員だと!? ま、まさか……?」
マーシュの言葉を聞いて、突然顔が青ざめるスミス総理。
寝たきりの人間を安楽死させる『公的施設』で車椅子の職員を採用するとは、それほどに優秀な人材なのじゃろうか?
「彼は筋肉が萎縮していて、立ち上がることは勿論、喋ることも出来ません。地球で言うところのALSという病でしょう。しかし、コミュニケーション能力に問題はなく、車椅子につけられた呼吸器と視覚センサーの力を借り、モニターに自分の意思を打ち込むことが出来るのです」
冷静に状況を説明するカイリー。
じゃが皮肉にも、謎素材のお銀色スーツは知性よりいかがわしさを増大させておる。
「ハアハア……こいつはスミス総理の息子だよ!」
フル装備の車椅子を重そうに押してきたフレディの到着で、遂に役者が勢揃い。
総理の息子が『公的施設』の職員じゃと!? 一体どういうことじゃ?
「…………」
車椅子の職員は黙々と視線を動かし、自分の言葉をモニターに表示させる。
ワシらは勿論のこと、スミス総理とSPまでもが、この瞬間を固唾をのんで見守っておった。
【父さん、もうやめてくれ。僕はもう、こんな生き地獄にはいたくない。安楽死させるのは僕のほうで、それが出来ないなら、みんなに生きる権利を与えてくれ】
「ハリー……!」
息子から拒絶の言葉を聞いたのは初めてだったのか、スミス総理はがっくりとうなだれておる。
【僕は重病人だから、父さんのお金で生き延びている。でも、父さんはそれを隠して、僕が優秀だから職員として採用していると嘘をついたんだ。みんな今の制度は極端だと思っていて、ここの職員も家族と自分の将来のためにお金を稼いでいるのに……】
スミス総理の息子ハリーは、年齢的には40歳を過ぎている中年だが、若い頃から寝たきりに等しい闘病生活を送っているため、顔つきは幼く見える。
スミス総理にとっては、いつまでも可愛い息子なのじゃろうな。
【父さん、考え直してくれ。僕は腫れ物みたいになりたくない、僕をバカにしたい職員もいるだろうし、安楽死に向かう人から毎日睨まれるんだ。もう耐えられないよ】
「ハリー、私にどうしろと言うのだ!? 私はお前の親だ、お前を安楽死させるなんて出来ない。お前は重病人だが、自分の意思を伝える事は出来るし、音楽を聴いて、テレビを見ることも出来る。『公的施設』に職員として隠れてさえいれば、興味本位のマスコミも来ないし、穏やかに一生をまっとう出来るじゃないか!」
スミス総理のこれまでの苦労や、この福祉政策を見直そうとしない理由は分かった。
じゃが、その考えはすでに破綻しておる。
「……スミス総理、それは違うぞよ。おぬしは息子の幸せを考えておるつもりじゃろうが、ワシから見れば、おぬしが総理としての利権と保身を考えておるだけじゃ。おぬしはつまり、難病の息子への愛すら都合の悪いものとして、『公的施設』に押し付けたのじゃ!」
「……ちっ、おい! いつまで寝ているんだ!? 早くこいつらを始末しろ!」
ワシのエモい説教 (自分に酔っておることも否定はしない) を秒で退け、倒れていたSPを叩き起こすスミス総理。
うむ、気持ちは分かるわい。ウザいからのう。
「わざわざ嫌な気持ちにさせるために部下を起こすなんて……そういうとこですよ?」
カイリーはスミス総理の自己保身が、彼の息子もSPも不幸にしていると言いたいのじゃろう。
これから嫌な気持ちにさせるスプレーをまこうとしておるのに……頼もしい面の皮の厚さじゃ。
「ぐおっ!? 何だ、何だこの不愉快さは? くそおぉっ、負けるかぁ!」
さすがは総理大臣のSPになれるだけの男達。
カイリーがもうこれ以上出来ることがない、とまで言って極めた嫌な感じのスプレーを浴びたにもかかわらず、フレディとの肉弾戦に挑もうとしておる。
「そんなふらつき具合じゃ、俺には勝てねえぜ……そりゃっ!」
スプレーでダメージを受けておるとはいえ、二人のSPは油断出来ん。
フレディにマーシュ、更にはするめと蛍も加わり、四対二の全力ボコり合いじゃ。
「きゅうーー★★★★★」
作者からの意味深なサブリミナル・メッセージなのか、謎のフィーリングを残して力尽きるSP達。
最後はスミス総理を問い詰めるのみ。
「くっ……何が望みだ!? 私が総理のうちは、福祉政策を転換することはないぞ!」
部下を全て失い、息子への愛情も空回りしてしまったスミス総理は、力なく後退りすることしか出来ない。
企業の利権とも結託した政策は、下手に転換すればやくざ者に命を狙われる。
例えそれが、現役の総理大臣であってもじゃ。
「……ことの一部始終、そして、ハリー様の発言全てを撮影させていただきました。私達が望むことは、議会を解散して選挙を行い、もう一度リバーシの民にこの政策への審判を仰ぐことですね」
カイリーの提案には、ワシも賛成じゃ。
マーシュが議員への立候補を予定しており、『世直し隊』への注目が高まっておる今なら、正しく福祉政策を世に問える。
「それから、寝たきりの人間、障がいのある人間もちゃんと投票出来るように、会場と移送手段を整備しろ。その上でお前達が勝てば、今の福祉政策がリバーシの民意だと認めるしかない」
警察を理不尽に除名されたフレディの胸には、まだ言いたいことが残っておるように見える。
じゃが、ワシらのようなよそ者が立ち上げた『世直し隊』がやれることは、きっとここまでじゃ。
「……無駄な事を。これまでも福祉政策の改善を訴えて当選した議員はいたよ。だが、その多くは目先の利権や現金に負け、名ばかり議員に落ちぶれたのだ。今選挙をしたところで、人間はまた欲に負ける……おおぉっ!?」
スミス総理の話が終わらないうちに、彼の身体を高々と宙に持ち上げるフレディ。
飛ぶか? いよいよ猿が飛ぶのか?
「お前が俺達の立場だったら、そんな簡単に諦められるのか? お前は諦めなかったから、総理にまでなれたんだろうが!」
「私を放り投げるつもりか!? 私が放り投げられる場面を見たい人間がいるのか!? 面白い、やってみろ! 私だって学生時代は体操選手だったのだ、そんなチンケな技ではケガひとつしないぞ!」
互いのプライドを賭けて激しく挑発し合う、フレディとスミス総理。
じゃが、ここまで来たのじゃ。
現役の総理大臣が放り投げられる場面を、ワシらは見たい。
「どおおぉぉりゃあぁ!」
野外とは違って天井があり、相手が総理大臣ということもあってか、フレディの投げ技はいつもより控えめ。
その高度に、父親を心配するハリーの視線もそれほど動揺はしておらんかった。
「フッ……私だってまだまだやれる。こんな投げではかすり傷も無理だな」
スミス総理はかなり低い高度から回転して両足で着地するつもりじゃ。
いかん、このままでは回転が間に合わんぞよ。
グキッ……!
普段『公的施設』では耳にすることのない鈍い音が通路に響き渡り、スミス総理の右膝があり得ない方向に曲がっておる。
これは、長期休養コースじゃな。
「ぬおおぉぉっ……!? 折れた、折れらあぁーー! 今シーズン終わった! 終わらあぁーー! 救急車呼んれえぇーー!」




