第12話 『公的施設』に殴り込みじゃ!
白忍者の五人を警察に預け、ロベルト副大臣と医師会のサンド、製薬会社のミューラーを拘束したワシら『リバーシ世直し隊』。
フレディの探偵事務所で盗聴準備を整え、ロベルト副大臣をリバーシの総理大臣スミスと接触させようと試みたのじゃ。
「総理大臣、こちらロベルトです。作戦は成功しました。『世直し隊』の六人全員を拘束しておりますが、いかが致しましょう?」
「ロベルト君、よくやったぞ。次の組閣で君を厚生労働大臣に任命しよう。だが、今は世論が『世直し隊』の味方だ。手荒な扱いは控えるべきだな」
スミス総理大臣の声はしわがれており、彼自身もかなり高齢じゃと思われる。
高齢者の気持ちが分かるはずの人間が、なぜこんな福祉政策を推進するのじゃろうか……?
「ロベルト君、『世直し隊』のメンバーの中に、確か介護施設で働いている人間がいたはずだ。彼らを『公的施設』に案内してくれたまえ。我々の福祉政策を理解してもらうには、行政側からの視点も学ぶことが重要だからな」
どうやら『公的施設』に案内してもらえるらしい。
マーシュやフレディでさえ詳細を知らない『公的施設』にワシらを呼ぶとは、よほど今の福祉政策に自信があるのか、それとも施設でワシらを始末するつもりなのか……?
「どうします? いくらあなた達でも、生きて出られないかも知れませんよ……」
ロベルト副大臣は受話器から口を離し、小声でワシらに決断を迫る。
じゃが、ここで迷ってしまったら、ワシらがロベルト副大臣を操っていることがバレてしまう。
「心配するな、ワシらは『公的施設』に行くぞよ」
これがファイナルアンサーじゃ!
翌朝、ワシら『イカトリオ』はロベルト副大臣、サンド、ミューラー両氏とともにリバーシ山奥の『公的施設』に招かれた。
偶然にもこの日は、マーシュの25歳の誕生日。
ロベルト副大臣の部下が乗っていることになっておる高級車の中には、勿論マーシュとカイリー、そしてフレディが待機済み。
唯一の心残りは、体調不良と嘘をついて仕事とボランティアを休んでしまったことじゃな。
「『世直し隊』の皆さん、はじめまして。私がリバーシ総理大臣、ディック・スミスだ」
フレディばりの屈強なSPを二人引き連れたスミス総理大臣は、もう十年以上リバーシの総理大臣を務めており、七十歳くらいには見える。
ワシほどではないにせよ、やはりかなりの高齢じゃった。
「当事者と職員以外は『公的施設』の真実を知らない。感情的になり、まるで殺処分場のような罵詈雑言を並べ立てるが、そんなに劣悪な環境ではないだろう?」
施設内を歩いてみると、高級住宅ばりの造りに、普通の病院以上の設備が揃っておる。
これは医師会や医療機器メーカーだけではなく、ゼネコンの利権も大きく絡んでおるな。
「スミス総理、ワシらが知りたいのは環境云々の話ではないのじゃ。本人と家族が安楽死を認めた高齢者や末期の重病人であれば、この制度はさほど問題にはならん。生まれた時には何の罪もない障がい者や、特に安楽死を望んでもおらん重傷者を、なぜこの施設に押し込むのじゃ?」
自らこの制度を推し進める最高権力者が、制度に反発するワシらの問いかけに応えるわけがない……。
そんなワシらの予想に反して、スミス総理は意外にもすぐに口を開いた。
「……私は障がい者や、重病人が憎いのではない。彼らを利用して自らの利益に執着し、より大きなリバーシの利益を損ねる人間が憎いのだよ」
時折すれ違う、『公的施設』の入居者達。
彼らは安楽死を受け入れた安らぎなのか、それとも無理やり終活のレールに乗せられた絶望なのか、表情に体温のようなものを感じない。
じゃが、ワシらは彼らの姿よりスミス総理の言葉に耳を奪われておった。
「身内に立場の弱い者がいた時、人は差別や理不尽な負担と戦う。時には周囲の助けを借り、彼らをありがたく思うだろう。だが、自分が出世した時に彼らの態度は一変し、これまで善意だと思っていたものに対価を要求するようになる」
ワシらの問いかけに応えるために言葉を選び、少しばかり表情を曇らせるスミス総理。
努めて淡々と話してはおるが、それが彼の実体験に基づいていることは明らかじゃろう。
「私がいち議員で満足せず総理大臣にまで登りつめたのは、高齢化を脱したリバーシを更に前に進めるためだ。善意を盾にして、結局自分の利益に執着する人間をのさばらせるためではない」
人道的という理念で急激な改革は先送りさせるが、それが自分達の利益につながらなければまた批判の矛先を変える、怪しい人権団体。
スミス総理が憎んでおるのは、そういう奴らだけなのじゃと信じたいが……。
「あたし達は地球の日本という、高齢化が深刻な国から来ました。今の職場の給料には満足出来ますし、リバーシの現役世代は恵まれていると感じています。でも、あたしは少しくらい負担が増えてもいいと思います。高齢者や障がい者を、生産性がないとか言って切り捨てる政策はやりすぎですよ」
するめの思想は、平均的な日本人なら理解出来るはずじゃ。
確かにろくでもない老人や、おかしな権利を主張する障がい者もいたじゃろうが、自分のジジやババが寝たきりになり、自分の友人が障がいを背負った時、彼らを一緒くたに差別は出来んじゃろう。
「……すまないが、私はそういう話に意味はないと思っている。例えば、家族や友達にしか慕われない人間なら、ひとつの生命をさっさと循環させるべきではないか? 家族や友達の愛が本物なら、政府への寄付金など容易に支払えるだろう。未来のある現役世代に投資し、リバーシを前に進めるための資金という、その意義を理解しているのであればな」
この瞬間、ワシらとスミス総理の和解への糸口は、プッツリと断たれてしもうた。
「……いや、上手い言い方が見つからないな。悪く思わないでくれたまえ」
自身の発言を即座に訂正してみせるだけ、スミス総理はグレイやロベルトよりは大物なのじゃろう。
じゃが、時すでにイカのお寿司。
『公的施設』の入口で、野球道具を没収された蛍の瞳にも、熱い炎が燃えたぎっておるわい。
「僕はリバーシに来て、地球ではかすりもしなかった夢に近づいています。だから、これからもここで暮らしたいと思っていました。でも、あなたがトップに居座る限り、夢を叶えても幸せにはなれません。僕の夢は、心や身体の問題がある人にも楽しんでもらえなければ意味がないんです!」
野球道具がなくとも、リバーシの世直しのために闘志満々の蛍。
ワシら三人だけでも、ロベルト達なら何とかなる。
じゃが、あの屈強なSP二人に、蛍の野球攻撃が使えないのは致命的かも知れん。
「フッ……君達が私達と戦って勝てるならまだしも、負けた時のことは考えているのかね? 『公的施設』で暴れた精神障がい者と認定され、安楽死一直線なのだよ?」
マーシュ達がワシらのピンチに駆けつける恐れがありながら、スミス総理は『公的施設』のセキュリティに絶対の自信があるようじゃ。
この施設で働くことを望む人間は、金のために人間の良心を平気で捨てられる、選りすぐりの傭兵であると言わんばかりにのう!
「はるばる地球からやってきて、世直しなどとのたまうワシらじゃ。精神障がい者と呼びたければ呼ぶがよい! 売られ言葉に買い言葉、売られた喧嘩は買う元漁師の嫁、それが槍手イカヨ」
そろそろマシュー達も動き出す時間じゃ。
ここまで来たらあとには退けん、仲間を信じて戦うしかないわい。
「するめ! 蛍! SAY−BUYするのじゃ!」