第11話 政府のスパイは粛正じゃ!
「……くっ、さすがに七人は多いわね……」
喧嘩上等のヤンキー娘するめも、バットとボールで確実に相手を仕留められる蛍も、せいぜい二対一の勝負が限度。
相手を何人かワシに引きつけなければ、この戦に勝機はないじゃろう。
「……分かった、ババアのワシが率先して世直しを企んだのじゃ。ワシの身柄をおぬしらにくれてやる。じゃから若い衆は見逃してやってくれ」
ワシは覚悟を決め、手持ちぶさたに集まっていた後続の白忍者四人に歩み寄る。
「イカヨちゃん、ダメ! こいつらにそんな情けはないわ!」
「とうとう観念したか。お前を捕まえれば俺達は子会社の役員になれる。若い奴らの処遇は、お偉方の恩情を期待するんだな」
白忍者の声にどこかで聞き覚えはあったが、今はこのピンチを脱することが最優先じゃ。
ワシには最終兵器があるからのう。
「おおっと、雨で杖がすべったわい!」
「どわっ……!?」
強くなった雨足を利用したワシは、あり得ないほどの大げさなジェスチャーで身体を真横に投げ出し、白忍者四人を一気に転倒させる。
地面に背中から倒れた四人のうち、両端の白忍者の膝の裏に素早く手と杖を入れて持ち上げ、ワシの軽い体重でも立ち上がれない状態にするのじゃ。
「……ちっ、このババア、どけ! その頭をかち割られたいのか!?」
「……ほう! 頭をかち割るとな? 売られ言葉に買い言葉、売られた喧嘩は買う元漁師の嫁、それが槍手イカヨ。喰らうがよい!」
ここでワシの最終兵器、凍らせたイカ……いや、冷凍シルファーナの出番じゃ!
「あぎゃぎゃっ! 痛え! 何だよこの白いのは!?」
少しばかり生臭い凶器に白忍者は戸惑い、ババアの腕力ではあり得ない衝撃が自らの頭を強襲する、その恐怖に戦慄を隠せない。
「するめ! 蛍! SAY−BUYするのじゃ!」
白忍者四人を押さえつけるワシの背後には、三人の白忍者だけ。
するめと蛍なら、十分勝てるじゃろう。
「さっすがイカヨちゃん、そりゃああぁぁっ!」
「するめさん、一発決めたら伏せて下さい!」
ひとりの白忍者に狙いをつけたするめを捕まえようと、三人の白忍者が一箇所に集まってくる。
蛍はお手玉のようにボールをふたつ空中でキープし、バットを少しずつ後ろに引き絞った。
「せいやっ!」
「……ぐはっ……!」
白忍者のボディに鉄拳制裁したするめは、そのまま前のめりに身体を伏せ、蛍が器用に打ち分けたボールは残り二人の胸部をもれなくヒットする。
相変わらず、惚れ惚れするようなコンビネーションじゃ。
「あっ……やめてやめて! 奥さんやめて下さい!」
冷凍シルファーナ攻撃に耐えられなくなった白忍者のひとりは、ワシの呼称をババアから奥さんに軟化させて許しを乞うておる。
この頼りなげな声は、製薬会社のミューラーじゃな!
「舐めやがって! ババアにこんな物は使いたくなかったが……!」
業を煮やした白忍者が、遂に短いナイフを出しよった。
いかんぞなもし!
蛍、はようボールをぶつけてくれ!
シャキーン!
後づけの効果音としか思えない閃光とともに、見慣れた警棒が地面に突き刺さる。
いよっ! 待っておったぞ!
「ばあちゃん、間に合ってよかった! 奴らが動くなら、雨で通りが閑散とする今日以外にありませんからね!」
転移局時代の警棒を持ったまま、肉体労働バイトの身分になって夕方の広場沿いに出没するマーシュ。
爽やかなイケメンじゃなかったら、世間的にちと厳しい立場かも知れんのう。
「皆さんの後をつける車を発見したので、ここまで来たんです。ご安心下さい、もっと人間が嫌う成分を厳選した防犯スプレーを開発しました。私に出来ることはもうこれ以上ありません」
激しさを増してきた雨が熱い大地を冷まし、お銀色のスーツを身にまとったカイリーの周りには、神秘的な陽炎が立ちのぼっておる。
舞台装置は、さらに完璧に近づきよったな。
「マーシュ、カイリー、助けてくれ! ワシの体力はもう限界に近いわい!」
「ばあちゃん……でやあぁっ!」
マーシュは警棒を拾うこともなく、その長い足で白忍者のナイフを蹴り飛ばす。
「あなた達、どうしようもなく嫌な気持ちになりなさい!」
マーシュがワシを白忍者から引き剥がしたことを確認して、カイリーの防犯スプレーが白忍者に炸裂。
その効果は凄まじく、四人の白忍者は全員肩を落として背中を向け、悲しげなすすり泣きまで聞こえてきよるわい。
社会でのしがらみや不条理などを思い出し、ガチで嫌な気持ちになってしまったのじゃろうな……。
「おっと、もう俺の獲物は残っていないのか!?」
最後に現場へと駆けつけたフレディは、カイリーのスプレーですっかり戦意を喪失した白忍者達を前に拍子抜けしておる。
うむ、ワシらもフレディの豪快な投げ技が見られないのは物足りない。
ピンチを脱したのはよいことじゃが、テレビドラマに例えるなら、まだ10分くらい尺が残っておる雰囲気じゃのう。
キキーッ!
七人の白忍者達を拘束していたその時、この通りには不似合いなほどのきらびやかな高級車が、ワシらの前で急停車する。
「皆さん、お怪我はありませんでしたか!?」
車から出てきたのは、小綺麗な高級スーツでキメたダンディな中年紳士。
「……あなたは誰? 警察ですか? あなたとこの白忍者達に、何か関係があるの?」
怪訝な表情で中年紳士に詰め寄るするめ。
確かに、あまりにも唐突な出現じゃ。
「申し遅れました! 私はリバーシ厚生労働副大臣のロベルトです。私の名を語り、勝手に利権を持ち出して福祉政策を改悪しようとする医師会と製薬会社があるという悪評を聞いたので、調査にあたっていたのです!」
ほうほう、遂に真打ち登場じゃな!
自分は無関係と言いたいのじゃろうが、厚生労働副大臣だけが善人だと信じるほど、ワシらはお人好しではないぞよ。
「あなた達はもしかして、『世直し隊』ですか? 噂だけは聞いております。さすがはお見事な実力ですね! 私の事務所に行きましょう、悪党を退治してくれた謝礼と表彰をさせて下さい!」
当然のことながら、ワシらはロベルト副大臣を疑っておる。
七人もいた白忍者が全滅したことで立場が悪くなり、慌てて火消しに来たとしか思えない。
そもそもたった今、謎素材のお銀色スーツでスプレーをまき、人を嫌な気持ちにさせて手応えを感じるカイリーとかを見て、普通謝礼や表彰などせんじゃろう。やべーやつだし。
事務所とはさしずめ暴力団事務所のようなもので、ワシらを一網打尽にする狙いが透けて見えるわい。
「私立探偵のフレディだ。厚生労働副大臣ロベルト様も、ご自身の下剋上のお野望が、お警察やおライバルにおバレになるのを、大変にご心配しておられますね」
フレディはその巨体と怪しい敬語を駆使して、ロベルトを高級車のドアまで押し戻す。
そして強引にトランクを開け、中をまさぐりながら怪しい衣装を引きずり出した。
「これを見ろ、黒忍者装束だ。あんたは白忍者を操り、自分の言うことを聞かない奴の始末を命令して、勝てそうな時だけこの衣装を着て自分を強く見せていたんだろ」
フレディの名推理と圧力に、ロベルト副大臣は言葉を失って震えが止まらない。
カイリーのスプレーですっかり嫌な気持ちになっていた白忍者達も、上司の無能ぶりにつばを吐いて苛立ちをあらわにしておる。
「……酷いわ。普段は自分だけ安全な所に隠れていて、都合のいい時だけ黒い忍者衣装で格上感を演出するなんて……」
するめの分析はあまりにも厳しいというか、さすがに副大臣がかわいそうな気もするが、まあひと言で言えばゲスいわな。
グレイの方がまだ、正々堂々としておったわ。
「……くっ、バレたらしょうがない。私は稼いだ金を使う暇もない多忙な医師生活に嫌気がさし、政治家に転身した。総理大臣からポストも用意され、邪魔者を始末するように命令されたまでさ……あらっ!? あららららっ!?」
ロベルト副大臣の言いわけが終わらないうちに、その身体はフレディに高々と持ち上げられ、いよいよ猿が飛ぶようなお約束パフォーマンスの準備が整う。
「来るわ、来るわよ!」
様式美の最後を飾る儀式に、カイリーも興奮を隠せない。
ここまで説明的なセリフを吐いたロベルト副大臣は、話の流れ的にもう情け無用。
ワシらの期待を一身に受けたフレディがいつもより余計に身体能力を駆使し、この悪徳医師を空へと投げ飛ばした。
「あ〜〜れ〜〜!」
「総理大臣からの命令か……こいつの作戦が成功したふりをして、一気に総理大臣に直談判と行こうぜ!」
雨も上がり、夕焼けの虹をバックに空を飛ぶロベルト副大臣を尻目に、ワシらの世直しは遂に最終局面を迎えようとしておったのじゃ。