第10話 イカサマ詐欺師を見抜くのじゃ!
「我々には最新のリハビリ哲学も、リハビリ器具も揃っております。しかし現在の福祉政策では、寝たきりの高齢者や障がい者が、それを思うように利用出来ておりません。政府が吸い上げている寄付金が、ただ生きる権利を買うだけで彼らの生活を圧迫させているからです」
サンド氏はワシらのヤバいお面を直視しても微笑すらせず、極めて真剣な表情でリバーシの福祉政策を嘆いておる。
言っておることは真っ当じゃな。
「私は近い将来、上院議員の選挙に立候補しようと考えています。その動機はあなた達と同じく、現在の行き過ぎた生産性重視、現役世代重視の福祉政策を改善したいからです」
このメンバーの中で、かろうじてお面のイメージを裏切らないルックスのマーシュ。
彼は自身の選挙活動での共闘も模索して、慎重なコンタクトを始めた。
「そ、それは……ゴホゴホッ、素晴らしい心意気ですね! 我々は元医師である厚生労働副大臣の下、一致団結しております。政局を変え、高齢者や障がい者にも平等な権利を普及させましょう!」
ミューラー氏もお面に慣れてきたのか、引きつった笑いは見えなくなっておる。
じゃが、彼らが厚生労働副大臣の配下なら、今まで長くこの現状を放置してきたことになる。
自分達の下剋上を狙っておるだけなら、福祉政策の改善に期待してよいものかえ?
「俺は顔を隠すまでもない。あんた達も知っている、元警官の私立探偵フレディだ。医師会や製薬会社が直々に福祉政策の改善に乗り出したということは、せっかく政府と手を組んだのに、納得のいく利益が出ていないということでもあるんだろ?」
さすがフレディ、このお面が一番似合う素顔だけのことはあるわい。
わが人生に一片の悔いもないと言いたげなイラストから放たれる言葉は、まさにサンド氏とミューラー氏の本音なのじゃろう。
「……これはこれは、手厳しいですな。確かに我々も、慈善事業で医療と製薬に取り組んでいるわけではありません。しかしながら、政府の寄付金制度の負担が、患者様の受診や投薬の機会さえも奪っていることは間違いありません」
「まして『公的施設』では、精神論を説いて安楽死を受け入れさせるだけで、生活機能の維持すら行わないのですからね。非道です」
痛い所を突かれると、サンド氏もミューラー氏も途端に饒舌になりよる。
じゃが、受診や投薬のバックアップが政府への寄付金より安ければ、救われる者もおるじゃろう。
頭ごなしに否定する案ではない。
「つまり、まずは高齢者や障がい者への負担減から改革を始めようというお話ですね。よろしければ、改革後の具体的な金銭の見積もりを見せていただけますか?」
科学者のカイリーらしい、効率的な提案。
素顔が分からない現状、彼らも見た目でデータを手渡す相手を選ぶことは難しい。
「こちらになります……」
ノートに書かれたデータを提示するミューラー氏の表情には、かすかな緊張が浮かんでおる。
フレディの一言から、ワシらが簡単に騙せる相手ではないと悟ったのじゃろうな。
「……ふんふん、なるほど……。ありがとうございます、よく分かりました」
わずか数秒で、金銭データを理解するカイリー。
リバーシに来て間もないワシやするめ、蛍にはチンプンカンプンな仕組みじゃが、このノートに書かれた金額ならワシらでも払える。
少なくとも、ウチの事業所にいるクラウンさんは、亡くなるまで『公的施設』に行かなくてもよさそうじゃ。
「き、今日はお忙しい中時間を作っていただき、誠にありがとうございました……。次回の話し合いについては、フレディ様の事務所にご連絡させていただきます……」
怪しい部分はあるものの、それなりの代案を提示し、さほど悪い印象ではなかったサンド氏とミューラー氏。
じゃが、その去り際はかなり慌ただしく、ワシらを不安にさせておった。
「……槍手様、彼らは詐欺師です。この話に乗ってはいけませんね」
レストランから出て開口一番、カイリーは共闘を真っ先に否定する。
「あの金額は、富裕層用の銀行に外からお金を振り込むための手数料にすぎません。そして、その手数料から計算すると、高齢者や障がい者の負担額は、現在の寄付金より高くなります」
「何じゃと!? カイリー、それは一体どういう事じゃ?」
ワシとするめ、蛍はショックを隠せずにいたが、マーシュやフレディはカイリー同様、お面の表情より険しいオーラを放って憤慨しておった。
「彼らは高齢者や障がい者の負担を更に増やし、政府と医師会、製薬会社の利益までも担保しようとしたのです。恐らく、『公的施設』への強制送還をなくす代わりに、治療を建前に長期に渡って利益を搾り取ろうとしているのでしょう」
「奴らと政府はグルだよ。評判の落ちたグレイ一家を蹴落として、新たな利権を奪いたい厚生労働副大臣も悪党さ」
マーシュ、カイリー、そしてフレディの三人は、転移局と警察という公的機関に所属しておった。
だからこそ、サンドやミューラーのペテンを素早く見抜くことが出来たのじゃろう。
幸いにして、ワシら全員の素顔を見たグレイと白忍者どもは塀の中におる。
するめの用意してくれたお面といい、奇跡的なグッジョブが重なってワシらは難を逃れたのじゃな。
「ばあちゃん、厚生労働副大臣がバックについているとしたら、医療や介護施設で働く人間には調査が入っているとみていいでしょう。するめさんをお返ししますから、安全のために普段はなるべく三人で行動して下さい」
「そういうマーシュさんは大丈夫なの? 声も聞かれているし、議員を目指すなんて言っているから、真っ先に狙われるわ」
マーシュとするめのやり取りは、互いを思いやる気持ちが伝わる青春のひとコマじゃ。
このお面が邪魔をして、ムードは伝わらないがのう。
「ふう、今日も終わったわい。するめ、蛍、夜は雨予報じゃから早く帰るぞよ」
「イカヨさん、お疲れ様。あなたの料理はとても評判がいいから助かるわ。これ、余った冷凍シルファーナ持っていって!」
中村さんからイカ……いや、シルファーナをもらったワシらは、鮮度が落ちないうちに職場から家路へと急ぐ。
あれから数日、フレディの元に医師会や製薬会社からの連絡はない。
彼らも下手に接触すれば詐欺を見破られると警戒したのか、このまま共闘の話はなくなるのじゃろうな。
「昨日スカウトさんから、プロテストは三週間後だと連絡がありました。僕はそれまでリバーシに残りますが、槍手さんは多分地球に帰っているんですよね……寂しいです」
いじめが元で名門校を中退し、一度は諦めたプロ野球選手になる夢を追ってリバーシで暮らすことを決めた蛍。
辛い過去から逃げるために流され、自分に自信が持てなかった頃を思えば、目覚ましい成長じゃ。
家族は心配するじゃろうが、ワシが誠心誠意説明させてもらうわい。
「イカヨちゃん、あたしもマーシュさんの力になりたいし、この世界の未来を見届けてから、地球に帰るかどうか決めるわ」
するめはチャラそうな外見に似合わず、人情味のある器量のいい娘。
じゃが、リバーシに来てまでお金で苦労する人生は願い下げじゃろう。
その腕力が有力者に知られてしまった今、最悪マーシュと蛍が夢を叶えられなかった時、金持ちの男をゲット出来るか心配じゃな。
「……今日は広場の練習もお休みです。ここに人がいないと、帰り道は不気味なくらい静かですよね」
寂しげな蛍の横顔のうしろで、予報通りに雨雲が空を埋め尽くしてきよった。
夜まで持つと思っていたのじゃが、早くアパートに帰らねばならん。
「槍手イカヨ、剣先するめ、青里蛍だな? お前達はこの世界にとって邪魔な存在だ。痛い目に遭いたくなければ、政治的な活動はしないと約束しろ!」
またもや高圧的な態度の乱入者じゃが、このパターンにはもうすっかり慣れてしもうた。
グレイのこともあり、いつか誰かが仕返しに来ると覚悟しておったわい。
とは言うものの、こやつら見た目が全く同じ三人の白忍者ではないか。
ひょっとして、これがリバーシ政府の裏稼業公式ユニフォームということなのじゃろうか?
「ワシらの顔と名前が一致するとは、おぬしらグレイの仲間かえ!? 奴らの悪行はもう映像として残されておる。ワシらを痛めつければおぬし達も同罪になるぞよ、とっとと失せるのじゃ!」
遂に雨が落ちてきた暗い空の下、通路の脇に停めてあった車から出てきた白忍者は四人。
合計七人の白忍者に囲まれたワシらは、地味に過去最大のピンチを迎えておった。