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第1話 異世界でデイサービスじゃ!


「イカヨちゃん! 起きて! イカヨちゃん!」


 

 ……ん?

 

 何じゃ……誰かが呼んでおる……。


「イカヨちゃん! 起きて! ここどこなのか分かる!?」


 ……聞き覚えのある声じゃ……。

 

 何があったか知らんが、どうやらワシ、死んだわけではないようじゃな……。



 ゆっくり目を開けたワシの前には、整った顔立ちに栗色のロングヘア、そしてババアのワシでも嫉妬するグラマラスボディを持つヤンキー美人、するめの姿があった。


「……おう、するめか……。ワシなら大丈夫じゃ。みんなはどうした?」


 左足こそ杖が必要なワシじゃが、身体を起こすくらいなら一人で出来る。

 周囲を見渡す限り、ワシらは介護施設の中ではなく、外にいるらしい。


槍手(やりて)さん、怪我がないみたいでよかったです。確か僕達、変な光を浴びて意識がなくなったんですよね。その光にここまで運ばれたと……」


 ほう、蛍も無事じゃったか!

 ワシが槍手イカヨ、介護士の剣先(けんざき)するめと青里蛍(あおりほたる)、ウチのデイサービス名物『イカトリオ』が揃い踏みじゃな。



「イカヨちゃん、蛍のいうことは本当だと思う。こんな景色、施設の周りにはないわ」


 ふたりの肩を借り、ワシはゆっくりと立ち上がる。

 落ちていたヘアピンを慌てて拾い、落武者になった髪型をただして完了じゃ。


「介護や医療の関係者が、謎の光を浴びて失踪する……。最近話題の事件に、僕達も巻き込まれたんでしょうか? アニメや小説では、昔のヨーロッパみたいな世界に飛ばされるパターンなんですけど……」


「蛍、あんたそんなもん見てるの? 寝不足になるわよ!」


 仲が良いのか悪いのか。

 相変わらず、蛍とするめは不思議なコンビじゃ。

 

 まあ、いじめから引きこもっていたらしい蛍と、育児よりクルマが大事なヤンキー両親に育てられたするめの価値観が、そうそう噛み合うはずがないわな。

 とはいえ、アニメの放送時刻を知っているするめもかなり怪しいが……。


「空気は乾燥しておるし、この木の葉っぱ、あまり日本では馴染みがないのう」

 

 改めて周りをじっくり見てみると、ここは何処かの森の中らしい。

 

 じゃが、足早にここを通りすぎていく人の姿はある。

 近くに街か村、最低でも食堂や宿はあるじゃろう。


「髪の色や肌の色もまちまちだし……。よく分からないけど、やっぱり日本じゃないみたいね……」


 するめこそ、初めて会った時はブラジル人ダンサーかと思ったぞ。

 とにかく歩く人の後をついていくのじゃ。




「おい、そこのババア! お前、歩けるのか!?」


 背後から突然響く、高圧的な男の声。

 じゃが、その言葉は容易に理解出来る。


「……日本語!? これ日本語よねイカヨちゃん?」


 異国だと思った森の中で聞く日本語。

 ワシもするめも、蛍も一斉に後ろを振り向いた。

 

「ほう、やはりお前ら日本人だったか。その女だけブラジル人ダンサーかも知れないと迷ったが、これも俺様の経験値だな!」


 全身黒づくめの衣装に身を包み、イヤホンつきマイクの様なものを装着した三人の男達。

 何やらそれなりの立場なのじゃろうが、その人を見下した態度が透けて見える表情に、ワシとするめは不快感を隠せない。


「この通り、杖はついておるがピンピンしとるわ! おぬしら、ワシの身体を思いやってくれているのなら、もっとふさわしい態度があるのではないか!?」


 およそ日本では考えられない無礼な振る舞いに、ワシも思わず啖呵のひとつも切り出したくなる。

 

 生まれ育ったイカ漁師の暮らしが嫌で、猛勉強して大手銀行に就職し、イケメンエリートの夫を捕まえたと思ったら、イカ漁師が夢だったと四十歳で転職され、引退間際の六十五歳の誕生日に海に落ちて死なれた激動の人生を乗り越えた、この槍手イカヨ七十八歳を舐めるなよ!


「なかなか骨のあるババアだな。だが、この世界でしばらく暮せば大人しくなるだろう。今礼儀正しい奴を呼んでやる、そいつに説明してもらえ!」


 薄ら笑いを浮かべたまま、男達は立ち去った。

 

 どういうことじゃ!?

 この世界でしばらく暮らすとは、日本には帰れないということかえ?


 

 ワシらが呆然と立ち尽くしていると、男達と入れ替わるように一人の若い男が駆け寄ってくる。

 見た目は長身で短めの茶髪、清潔感のある感じのいい男じゃな。


「あなた達が日本から来たという人達ですね! 私はリバーシ転移局のジェイソン・マーシュです、はじめまして!」


 先程の男達と格好は同じじゃが、その紳士的な態度とルックスに、するめと蛍にも安堵感(あんどかん)が滲んでおる。

 このマーシュとやらに質問攻めと行くかのう。


「私は剣先するめ。何から話していいか分からないんだけど、ここは日本じゃないの? 日本じゃないとしたら、どこの国?」


 マーシュはその名前の通り、日系人には見えない。

 じゃが、イヤホンつきマイクのようなものを装着しているからか、さっきの男達同様に日本語で会話出来ている。

 

「……はい、結論から言いますと、ここは日本ではありません。さらに言うならば、みなさんのよく知る地球とも違います。みなさんが暮らす地球とは裏表の関係にある、つまり異世界ですね」


「異世界!? ア、アニメや小説の中だけの世界だと思っていたものが、本当にあったなんて……! あ、すみません、僕は青里蛍です」


 マーシュの言葉にすかさず割り込む蛍。

 とはいえその表情からは、何やら好奇心のようなものも見てとれた。


「上手く説明出来ませんが、このリバーシ世界は地球とは時空の違う存在です。しかし、地球から転移してきた人達が技術や知識を持ち込むことで、今は地球と遜色ない文明が築かれているはずです。ですから、みなさんもここの暮らしにはすぐに馴染めると思いますよ」


「……とりあえずひと安心だわ。異世界だからって、いきなり剣や魔法で襲われたりはしないのね!」


 さすがは蛍をたしなめたするめじゃ。

 アニメや小説の異世界にも、全然詳しくないわい。


「おぬしの言うことは理解出来た。じゃが、ワシらは日本に家族や友人を残しておる。別にこの世界に来たくて来たわけではないのじゃ。日本に帰るにはどうしたらよいのじゃ?」


 ワシの息子夫婦と孫は、となり街に住んでおる。

 左足が少し不自由なだけで、ほぼ自立しておるワシとは月に一度しか会わないが、さすがに一ヶ月以上会わなければ捜索願いを出されてしまうからのう。


「……日本に帰る、ですか……? 理論的に不可能ではありませんが、身の安全は保証出来ませんね。何しろ、この世界から出ようとする人を見た事がありませんから、前例がないんです」

 

 困惑した表情で、視線を泳がせるマーシュ。

 

 誰も地球に帰りたがらないほど、この世界が快適だというのじゃろうか?

 少なくともワシは不快な思いをしたぞよ。


「このリバーシ世界に永住するかどうかはともかく、まずは私と転移局に来て下さい。当面の住居と生活費、必需品をお渡しします」


 マーシュの手引きにより、とりあえずワシらは見知らぬ世界で生活するはめになってしもうた。

 

 やれやれ、とんだ異世界デイサービスじゃ……。

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