走る時間
さて、体育の授業が始まった。
まずは走り込み。グラウンドを何周か走っていく。
まだクラスに馴染めてないため、一丸と同じことをすることで、絆を高めようという狙いがあるとかないとか。
「走るのは超好き。何周でも走ってられるぜ」
「なら放課後まで走ってろよ」
「何時間あると思ってんだ!?」
まずは、ジョギングといったペースで走る。
初めから全力で走ると、後でもたなくなるからな。
隣では、鍵沼が余裕そうな表情を浮かべて走っている。
中学時代は陸上部だった、これくらいならば大したことはないのだろう。
俺は、中学時代は部活に無所属だった。
とはいえ、それなりに体は鍛えていたため、この程度では息も上がらない。
「なあ真尾、競争しないか?
負けたほうがジュースおごりで」
「断る」
誰がそんな、得にもならない勝負をするものか。いや得はあるのか。
認めたくはないが、競争なんかしたら俺は絶対に鍵沼に負ける。
この脳筋体力バカには、運動では勝てないことはわかっている。
「ちぇー」
つまらなさそうに口を尖らせる鍵沼は、徐々にペースを上げていく。
競争するつもりはないが、このまま置いていかれるのも癪だ。
ついていくように、俺もペースを上げる。
そうして何周か走った頃には、体力のある者ない者、運動が得意な者不得意な者、男子と女子……といったように、周回に差が出始めていた。
鍵沼も俺も、走り終えて休憩中だ。
まだ走っているメンバー、その中に目を向けると……
「……さな」
後ろの方で、健気に走っているさなの姿があった。
彼女は、額に汗を滲ませ、健気かつ懸命に走っていた。
「さなちゃん、体動かすの苦手だから」
俺に話しかけてくるのは、あいだ。
あいもすでに走り終わり、走る彼女を見つめていた。
「そのようだな。
だが、確か中学時代はテニス部に所属していたのでは、なかったか?」
体を動かすのが苦手……人には得手不得手がある。
さなは頭を使うのは得意なのだろう。
しかし、体を動かすのは不得手。
そこまで考えて、俺は思い出す。
部活を決めようという話になったとき。あいとさなは女子テニス部に所属していたという話を。
運動部に所属していたのなら……
「うん、所属していたよ。
でも……さなちゃん、いわゆる運動音痴でね。テニス部に入ったはいいけど、言っちゃあなんだけど弱かったんだよ。
試合は、ほとんど負けてたしね」
「……そうか」
運動部に所属していたからといって、必ずしも運動が得意になるわけではない……か。
だからといって、決して恥じることはない。
なぜなら……
「でも、さなちゃんは諦めの悪さはピカ一だったからね。
試合に負けても、出れなくても。腐ることなく、いつも頑張ってた」
だから、走るのが遅くても諦めないし、食らいつく……
あいは、そう言うのだ。そして、それは俺も感じていたこと。
ああやって、一生懸命頑張っている人間こそ、輝いて見える。
なにもかも完璧であるより、ずっといい。
「はぁーっ、はぁ……」
「頑張れさなちゃん、あと一周だよ!」
ちょうど、さなが俺たちの近くを通る。
これまでに聞いたことがないほど荒々しい呼吸に、額からはこれでもかと汗が流れている。
さなは、あいの言葉に微笑むが……俺の顔を見るなり、顔を赤くして、顔をそらした。
「な、なんだ、どうした?」
「あー……まあ、女の子だから」
よくはわからないが……別に嫌われたとかでは、ないらしい。
俺も大声で応援しようかと思ったが、あいに止められた。
声援が活力になる場合もあるというのに、なぜ止めるのか。
「さなちゃん、恥ずかしさで倒れちゃうから黙っててね」
と、あいに念押しされてしまった。
恥ずかしい……か。それなら仕方ないから、
その後、グラウンドを走り終えたさなは、倒れそうになるのをあいに支えてもらいつつ、なんとかゴールへとたどり着いた。
他のクラスメートも、みなゴールしたようだ。
「は、はぁ、はぁ……!」
「お疲れ様、さなちゃん」
「お疲れ、さな。最後まで走り抜き、かっこよかったぞ」
「あ、ありが……はぁ、けほっ」
「……休んでていいぞ」
さなの場合、運動音痴というより、体力がなさすぎる気もするが……
いや、それを運動音痴というのか?
「お疲れ様。
じゃ、先生少し外すけど、少し休憩したら、集合して待っててね」
体育の女教師が、それだけ言ってその場を後にした。
今生徒たちが走っている間に用事を済ませれば、とも思ったが……一人ひとりをちゃんと見ていた、ということだろう。
さな含め、走るのが不得意だったであろう生徒たちはその場に座り、息を整えていた。
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