ブーゲンビリア、新月
だれもいない研究室で一人、実験準備をしていた宇梶は、ガタガタッ、という立てつけの悪いドアを無理やり開ける音で振り向いた。
「ぶっ、ブーゲンビリアの、花言葉、知ってた?」
息を切らす浅羽に宇梶は無言だ。
「お前みたいな奴にはもっといいコが似合いだって知ってる。そもそも俺は女じゃねぇし、でも、お前が俺を、俺の方を1ミリでも向いてくれてるなら!」
ああ、俺は、今、何を言っているのか。
ハッピーエンドの夜に恋人を放り出して、親友を一人なくすかもしれない。
でも、こいつの特別になれる可能性が1ミリでもあるならすがりつきたい。
「宇梶、お前を好きになってもいいのか?」
いつもは読める宇梶のポーカーフェイスが今日は読めない。
「浅羽、よりによって今日に何を言っている」
「そんなことはいい、答えてくれよ」
「浅羽、ここどこだ!……あれ、宇梶?」
開いたドアから入ってきた宗谷は、二人を見て固まった。
夜の研究室に沈黙が落ちる。
「何してるんだ浅羽、早く行こうぜ」
「……」
「……あんまり待たせると帰るぞ。最終バスまだ間に合うしな」
「……」
「……引きとめろよ、浅羽」
嫌いになった訳じゃないし。
むしろ好きですきで。
ずっと思い出して。
忘れられなくて。
つらくて。
切なくて。
恋しくて。
月見るたび思い出して。
それでも。
「……ごめん、宗谷」
浅羽が頭を下げる。
「俺は浅羽をずっと好きだった」
宇梶は小さく言った。
それを聞いた浅羽の表情で、宗谷は全てを察する。
「見送りはいらない。また大会で会おう」
「宗谷……幸せに、なってくれ」
「……お前なしで、どうやって?……イヤ、俺が悪い。もう遅いんだな」
宗谷は冷静な顔を作り、低い声でさよならと言った。
「浅羽、お前こそ幸せになってくれ」
ガタガタリ、と、ゆっくりドアが閉まる。
「後悔するぞ。追わなくていいのか」
「……しねえよ、バーカ」
浅羽はためらう宇梶をそっと抱きしめた。
宗谷への気持ちを脱ぎ捨てるために。
宗谷を抱く時は、もっと荒っぽく抱いた。
大事なものをわざと乱暴に扱う子供みたいに。
でも、この、生真面目でどこかおかしい誠実な男を、俺は、死ぬほど、死ぬほど優しく大切にしてやりたい。
「一生一緒にいてくれ」
「ヤ♪」
三木道山の発音とリズムを宇梶は正確にマネた。
ブハッ、と、浅羽が噴き出す。
「……バーカ。古すぎだよ。手伝うから作業すんだら帰ろうぜ」
「ああ」
夜の研究室は蛍光灯で昼よりむしろ明るい。
窓の外をチラリと見た。
「今日は月が見えない」
「新月だ。月は見えない。古いものがなくなって新しい事が始まる日だ」
「良く知ってるね」
「さっき調べた」
変わらない態度がちょっと悔しい。
宇梶、と何気なく呼んでおいて……チュッ、と音を立てて口づけた。
「……人生のペースが狂う!」
あせった表情の宇梶を見て、
「これから俺達の人生はどんどん幸せになる」
絶対だ、と、浅羽は笑った。
【了】
お付き合いいただきありがとうございました!
その後この二人のR18がありますのでお時間ある方は読んでやってください。
自分でも読んでいて愛が重かった( ´∀` )子たちですが楽しんでいただけたら嬉しいです!!