冬休み、沖縄
どんなに南にあると言っても沖縄は日本だ、と、迷っていたがダウンを持ってこなくて本当に良かった。
半そでの薄いシャツなのにウォーミングアップだけで汗ばむ。
この日光の強さは何事だ。
ネットと旅行本で調べた結果、宇梶のしたいことは西表島に行かなければできないと分かった。
しかし、
「美ら海水族館、行きたいだろ!」
「そうだ忘れていた!浅羽、感謝する!」
ということで沖縄本島も見ることになった。旅行期間は1週間。
ユースホステルとドミトリーを最大限利用して宿泊費を浮かし、食事はなるべくうまいものを食べる。
石垣島を経由して船で西表島は3時間ほど。
後ろの席に座ったおじいおばあの話す言葉はまるで外国語だ。
「やっぱり3泊にしときゃよかったかな」
「見どころは多いが西表島は小さい。2泊が正解だろう」
「西表島についたらソーキそば食べたい、ソーキはなるべく大きいヤツ」
「お前ソーキそばばっかり食べているな」
「食べ比べしてんだよ」
西表島は緑に覆われた島だった。
ごくごく小さな港に船が着き、おじいおばあが小さなワゴンのバスに乗り込んでゆく。
二人はバックパックを背負うと走り出した。
道路は細いのが一本だけ。それでも舗装されているのはありがたい。
「遠くにある茶色のカタマリ、牛だぜ。西表島の牛は放牧なのか。赤牛って美味いのかな。」
「こんな広い場所で自然に育っていれば赤でもブチでも美味くなるだろう。今日は奮発して焼肉にしてみるか?」
「良いねえ。」
後ろから来たワゴンはゴトゴトとのどかなペースで走っており、並走することになった。
『ブッ、ブー!』
クラクションが自分たちに向けられたものだと気づいて、二人はスピードを落とした。
「すごいスピードだ。観光かい?」
「そうです。マングローブとイリオモテヤマネコを見たくて。」
「ははぁ、イリオモテヤマネコは数が少ないし、普通見られないよ。でも、もうちょっと走ったらイリオモテヤマネコ関連の施設があるからそこを見学しなさい。」
ポーカーフェイスの宇梶がショックを受けていることが分かるくらい、浅羽は宇梶に慣れてきている。可哀想にな。
「残念だったね。でも、マングローブはどこにでもあるよ。」
「俺達シーカヤックに乗りたいんです。」
「その施設で聞きなさい。一番良いところを教えてくれるはずだから。」
ありがとうございます、と二人は頭を下げてまたスピードを上げた。
ほどなく施設が見えてきた。
ずっとカンカン照りだったので日影が嬉しい……一月だぞ。
小さな建物の中はひやっとして人気がなく、入口の事務室で数人が書類を片付けている。
「すいません、俺達、岡山からイリオモテヤマネコを見に来たんですけど。」
ええ?!と、お姉さんが申し訳なさそうに言う。
「ツアーはありますけど、なかなか、見られないんですよ……。」
「さっき聞きました。」
「剥製があるから、せめて見て行って下さい。触るのはダメよ。あと、イリオモテヤマネコ関連のパンフレットならあげられるけど……文字も小さいし、迷惑かしら?」
「俺ら理系の大学生です。嬉しいです。」
「あ、ステッカーがある。これかっこいいな。」
「かわいいでしょう?2種類ありますよ。」
二人がステッカーを2枚ずつ買うと、これおまけ、とお姉さんは袋入りの黒砂糖をくれた。
「冬は収穫したさとうきびから黒砂糖ができあがるシーズンなの。できたてだから一年で一番おいしいんですよ。さんぴん茶と一緒に召しあがって下さい」
ひとかけ口に入れた黒砂糖はアッサリしているのにコクがある甘さで、長旅の疲れが取れた。
オススメのシーカヤックの場所を教えてもらい、出ようとした時、ちょっと待って、と声がかかった。
「マングローブの砂浜に、裸足で入ってみるのも気持ち良いですよ。ここから10分くらい走ったところにブーゲンビリアがブワッと咲いている場所があるから、そこから小道に入ってしばらく行くとマングローブの浜に出ます。地元の人しか知らないところ」
「ありがとうございます、ホントにお世話になりました」
と施設を出る。
「ブーゲンビリアって何だァ?」
「調べる……花だな」
鮮やかな赤紫の花の画像をスマホで検索し、宇梶が浅羽に見せた。
さらに詳しい説明を宇梶は調べている。
本州では春から夏にしか咲かないが、沖縄では冬の花らしい、と語った。
宇梶がこういうウンチクを調べるのが好きな男だ、という事ももう浅羽は知っている。
しばらくまた走っていると、ブーゲンビリアの群生を見つけた。
ブロック塀いっぱいに、赤紫が「ブワッ」と咲いていた。
「浅羽、前に立て……もう少し右、そう、そこ」
カシャリ、と、宇梶はスマホで浅羽を撮った。
赤紫のじゅうたんを背負ったような、笑顔の浅羽。
「うまく撮れた。この花を見るたび、お前を思い出すのかな」
「いいねぇ。後でデータくれよ。お前も撮る?あと二人で撮ろうぜ!」
「そうしよう」
背の高い草が左右に茂った砂道をさくさくと踏んでしばらく歩くと白い砂浜に出た。
「……マングローブだ!」
海水と真水が混じり合うところで水の中から生える木、それがマングローブだ。
「木の丈は俺らより低いけど、ちょっとした森だな!」
宇梶一気にテンションMAX、と浅羽が笑う。
シューズを脱ぎ捨て膝まで海に入った。森を見下ろしているみたいだ。
「……冬にしちゃぬるいっていうか、ちょっとヒヤッとしてちょうどいいな」
「来て良かったなぁ!これも撮ろうぜ!」
撮影ポイント、多すぎ!とはしゃぐ。
撮影が終わってスマホを砂浜に戻してから、浅羽は宇梶にふざけて海水をかけた。
「本当に汽水域だ。塩味が薄い」
二人して水をなめあい、すげえな、自然は不思議だ、と言いあった。
結局はしゃいでいるうちにシーカヤックの時間を過ぎてしまい、海沿いの素泊まりの宿を決めてその日は終わった。
めちゃめちゃ美味い焼肉を食べ、満腹で部屋に落ち着くとテレビをつけたが、すぐに宇梶が消した。
「何?」
「静かに……聞け。」
網戸にした窓から、木々のざわめき、動物や虫、鳥達の声、波の音が圧になって押し寄せてくる。
「田舎が静かなんて嘘だな。渋谷の交差点くらいうるさい」
濃紺の空の下、黒い森がどよどよと風に揺れている。
海の波が銀色に揺れていた。月を映しているのだ。
「月がついてくるんだよな」
浅羽はぽつりと言った。
「宗谷からは逃げられた。でも、月見ると何でだか思い出すんだ。こんな楽園みたいな場所に来てまで、思い出すんだ。自分からは逃げられないんだよ。」
浅羽は淡々としていた。
泣くでもなく、怒るでもなく。
宇梶は浅羽の頭をなでた。
ありがとな、と、浅羽は頭をなでられ続けた。
景色がもったいなくてカーテンを閉めずに二人は眠りについた。