オキナワマラソン
「沖縄に行こう」
宇梶が突然言い出した。
宗谷と別れさせられた1週間後くらいの発言である。
「オキナワマラソンだ。」
「行きてぇけど、夏休みはレースか集中講義か部活だぜ」
「夏じゃない、オフシーズンの冬休みに行くんだよ。沖縄は真冬でも半そでで過ごせるそうだ。金を貯めて二人で行かないか?俺はマングローブとイリオモテヤマネコを見たい」
「良く知らないけど、それって沖縄本島じゃなくて西表島じゃないか?」
「調べてみよう。とにかく俺はマングローブの中でシーカヤックがしたい」
心におもりがついてるみたいだ。
こんなに面白そうな旅行の話にも手放しで喜べない。
あの夜以来あいまいな笑顔をずっと浮かべてる。
何もないのに泣くのもおかしい、でも悪態をつく元気もない。
遠くにいても近くにいても宇梶が注意深く見守っているのが分かる。
態度はごく普通だった。
それがありがたかった。
事情を知らない部活仲間や学部の奴らとは普通に話せた。
きっとまた以前の自分に戻れるだろう。
今は無理だけど。
宇梶は許可を取って浅羽のスマホから宗谷のデータを消した。
そして大橋に連絡した。
大橋は何も知らなかったらしく、宗谷に激怒した。
「絶対に試合は欠場するな、浅羽!宗谷は見張っておく。近づかせないから、お前は戦績を残せ!」
避けようとすれば簡単だった。
声も顔も記憶が薄れてゆく。
名前まで忘れた頃には心が軽くなるだろうか。
(二人に迷惑かけちゃったから結果出さないとな)
のめり込むように走り込んだ。
大会では表彰台に上がることもあった。
宇梶のサポートもあって単位も順調に取れてゆく。
専門の授業の面白さに目覚め、俺が院とかバカか、と思っていた事が現実味を帯びてきた。
冬に向けて金を貯めないと、と思っていたら、教授に実験の補助のバイトを頼まれた。体力と手先の器用さを見こまれたのだ。
給料がこの地方の相場よりいいのが魅力だ。
「データ整理が苦手なんで、部活のヤツ連れて来ていいスか?」
夜は宇梶と二人で研究室にこもった。
「専門外のことをさせてごめんな」
浅羽が謝ると、
「いや、これはこれで面白い。浅羽のおかげだ、ありがとう」
宇梶は微笑んだ。