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1mm  作者: 押野桜
3/11

雨、キス

「俺達なんでシングルベッドに男二人で寝てんの。めっちゃ重いんだけど!それと部活まであと30分!」


浅羽は容赦なくドカドカ宇梶を蹴り飛ばした。

パソコンも電灯もつけっぱなしだ、次からは俺が気をつけよう。

コイツ案外だらしないな。

宇梶は、ああ、とか、うう、とうめきながらぎしぎし起きてくる。


「……寝た気がしない。」

「そりゃあんな体勢で寝てりゃな。次からは俺が下で寝るわ、ごめんね!それと洗面台借りるわ。ヒゲ……どうすっかな、今日だけならごまかせるだろ。」


浅羽が顔を洗っていると、宇梶が歯ブラシとひげそりを渡してきた。


「安物ですまない。」

「おっサンキュ。ここから部室までどれくらいかかる?」

「裏門からなら15分くらいだ。急ごう。」

「あ、洗濯済みのジャージが部室に置いてあった、ラッキー!」

「フッ、何だそれは。」

「昨日のジャージ着なくて良いのはラッキーだろ。それとこの歯ブラシとひげそり置いてていいか?またすぐ来そうな気がすんだけど。」


一瞬、宇梶が止まった。ポーカーフェイス。


「何?ダメなのかよ?」

「……いや、そうしよう。」


プラスチックのコップに2本の歯ブラシが並んだ。


***


土日が朝から晩まで部活なのは高校もそうだった。別に慣れている。

練習量はもしかしたら減ったかもしれないくらいだ。

しかし、もう1週間雨が降り続いている。

狭い部室、湿った体育館の中に野郎ばっかりギュウギュウ詰めで汗まみれ、こんなの楽しい訳がない。

必要だとは分かっているが、スタートダッシュの練習にもにも、ランニングマシーンにも、筋トレにも飽きあきだ。

早く夏が来て街でも山でも海岸線でも走り抜けていきたい。


「浅羽に客だぞ。」


もうすぐ部活が終わる午後10時前、ボタボタ汗を流しながら走っていた浅羽に入口から声がかかった。


「あと3分ッス。」


とだけ答えて、走り続けていると、


「南智高校の宇梶!聞いてなかったぜ、浅羽と一緒か!」


入口から聞こえてきた声に、ビクリとなった。


「そうか、早くレースでお前達と走りたいな」


宇梶と話すその声。

自分の意志とは関係なく、ぐんぐんと心拍値が上がった。

これじゃダメだ、ペースはもっと一定にしないと。

振り向きたくない、ずっと走っていたい、と思ったが、


『ピー!』


あっけなくアラームが鳴った。


「……宗谷。久しぶりだなぁ。」


タオルで頭をガシガシふくフリをしながら顔を隠して、浅羽は部室から出た。

外が暗くて良かった。今日が雨で良かった。

自分で制御できない表情とドキドキし過ぎている心臓の音に気づかれないで済む。

部活棟の外れの雨よけ部分で宇梶と話していた宗谷が浅羽に向きなおる。


「東京から岡山って、高速バスがあるんだな。案外近い。」


お前ずぶぬれだな、と、泣くほど見たかったけど泣くほど会いたくなかった顔が笑う。


「お前今日部活は?」

「夜だけ休みもらった。甲高大の偵察って言って来たけど着いたらもう終わりだな。」

「外走れないから早く来ても一緒だよ。」

「そうだな、梅雨が終わったらもっと早くにまた来よう。」


それより浅羽、と宗谷はちょっとぎこちなく微笑んで言った。


「俺達、もう一回やりなおさないか?」


ドドォ……と、雨が一層激しく降り始めた。潮騒みたいな音だ。

宇梶はポーカーフェイスだ。コイツ表情変わんねェナァ。

部室に近いのがヒヤヒヤする。これだけ雨が降れば何も聞こえないか。


「大学で彼女を何人か作ってみたんだが、みんな、違うこの子じゃない、この子も違うなって感じでダメになって……。めちゃめちゃ突き詰めたらお前しかいなかった。いつもお前は俺のダメなところを受け入れてくれた。お前と俺との間には、1ミリの距離もなかったと思う。頼む!」


手を、掴まれた。

なじんだ手だ。

掴まれた部分から体温が伝わるのと一緒に、じわじわっと好きだって気持ちがあふれてくる。


「キ」


声が震えた。


「キス……ここでキスしてくれたらつき合うよ。でき」


できないだろ、と続けようとした瞬間に浅羽のくちびるは宗谷のくちびるにふさがれた。

宗谷は身辺はだらしないが人前でやたらとどうこうするタイプではない。


「……必死だな」

「必死じゃなきゃ岡山まで来ない」

「宇梶、いたな」

「……ああ、邪魔をしてすまない」


さすがの宇梶、ポーカーフェイス。

気がつけば前方30㎝も見えないような雨だ。

通行人がいるのかさえも分からない。助かった。


「俺は先に帰る。浅羽、なるべく他の部員には見せない方がいいと思うぞ」

「あぁ、分かってる。俺ももう帰るわ」


雨の中を駆け去る宇梶はすぐに見えなくなった。

今日は泊まっていいかと確認する宗谷にいいぜと答えながら、浅羽は体の奥からホコホコと幸せに染まるのを感じた。


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