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1mm  作者: 押野桜
2/11

イチゴアイスとコーラ

今日もやっと金曜の夜の部活が終わった。今日は飲み会はないようだ。

あのクッソ先輩はあれ以来二人を避けている。

あの後二人に一升瓶を用意したのはクッソ先輩だと分かった。

走っても二人よりてんで遅い。練習態度もぬるく、部内の信用もない人だった。

誰にも言わなかったがみんなそれとなく察し、もしかしたらクッソ先輩は部を辞めるかもしれない。


「宇梶、焼肉食べ放題行かね?こないだの飲み会の分俺おごるわ。」


と、リュックを背負いながら話しかけた浅羽の携帯が、鳴った。


「大橋!元気か?エ、彼女できるかも?勘違いじゃねえの?……ウソウソ、写真送れよ!……え、来月?誰が来んの?」


弾んでいた声が、勢いを失う。


「……イヤ、俺は遠いし部活があるからな。みんなによろしく言っといてよ。」


じゃあね、と、言って通話を止め、携帯をバッグに放り込む。

宇梶は浅羽をじっと見ていた。


「……嘘が下手だな。多分大橋は分かっていたぞ。」

「うるせえ!焼肉行こうぜ。」

「あの先輩の言ったことはちょっとだけ当たっている。お前はいつも誰かを探しているような気配がするんだ。」


余計な世話じゃねぇの?!と、にらみつける浅羽を宇梶は静かに見た。


「探しているのが宗谷ならば会ってくればいい。終わっているなら気持ちを馴らした方が良いし、まだ諦められないならもう少し頑張ればいい。余計な世話だと自分でも思うし、俺はまだお前の事をよく知らないが、チームメイトになったからには何かしてやりたい。」


宇梶の低い声は誠実な響きだった。


「……もう、終わったことなんだよ。大橋には忘れちまえって言われてるし、知ってる奴らはホモの怨念コエエって思ってたと思うしな。」


夜の空気が重く湿っている。もうすぐ梅雨が来るのだ。


「寮で罰ゲームでゲイのビデオ見て、宗谷のバカがこれやりてぇやろうぜってやりやがって、二人でバカだから猿みてぇにドハマリして、でも宗谷には常に他に、2・3人は女が……いて……」


部室棟の脇にある、春の部員勧誘のいらなくなった立て看板や謎の道具のなれのはてが捨てられた暗い隙間で、体中を熱くしながら浅羽は話していた。

汗をかいて重くなった髪と身体がうっとおしい。早くシャワーを浴びたい。

そうや、と、久しぶりに口にしたら思ったよりもまだいとおしい響きだと感じる自分は大バカ者だ。


「泣かせてすまない。焼肉は俺がおごろう。」


くしゃ、と、濡れた髪を宇梶がなでた。


「その後でスーパー温泉追加な!それは俺が出すよ。」


涙をぬぐって、浅羽は笑った。

前から思ってたけど、お前笑うと異常に歯並びいいな、と宇梶も笑った。


焼肉とスーパー温泉のコンボは最強だ。天国だ。

帰宅途中のコンビニでコーラを買い、体を冷ましがてら歩いて宇梶の部屋に向かった。

宇梶はアイスを買っていた。

イチゴ味かよ!と浅羽がつっこむと、美味いぞ、後で一口やろう、と宇梶は笑う。

生真面目のようでちょっとおかしい、こいつの隣はなんだか妙に居心地が良い。

家もキレイでサービス満点、居ついてしまいそうだ。

帰宅する頃には午前零時を回っていた。

ネトフリをつけて、ベッドに並んで座り、浅羽はコーラを飲み始め、宇梶はアイスをパクッとひと口食べて、しまった、と、つぶやいた。


「浅羽に最初の一口をやろうと思っていたのに。」


人の食べたのは嫌じゃないか?と、気づかう宇梶に、浅羽は、平気、食べさせてもらうな、とスプーンをひょいと取り上げ、パクリと食べた。


「……コーラと混ざると微妙だな。」

「それはそうだろうな。普通に食べるとうまいぞ。……ところで、この女優知ってるか?」

「俺に聞くなよ。お前と同じ陸上バカだよ。とにかく胸がでけぇのは良いな。」


そうだな、と言うと宇梶は集中してアイスを食べ始めた。

浅羽はコーラのふたをしめ、ベッドの脇に置く。

確か話題のオリジナルドラマだったが、話の筋がちっとも見えない。


(でも、マラソンの録画見始めると徹夜コースだからなあ……)


隣りに座っていた浅羽が、すぅ、と寝息を立てはじめた。

話が分からないながらもドラマに見入ってしまった宇梶は、食べ終わったアイスのカップをテーブルに置いた。

次回予告を見ながらリモコンを操作して毎週予約を設定する。

ザァ、と、窓を雨が叩いた。

浅羽が、ズ、ズズ、と寄りかかってくる。二人で寝るには狭い。

宇梶はベッドから降りようとした。


「待てよぉ。」


すい、と、浅羽の長い手が宇梶の首にからんだ。

浅羽は完全に寝ぼけている。宇梶は不意をつかれて浅羽に乗りかかった。

ふっ、と、浅羽は宇梶の頬にキスをして、笑った。


「……!」 


宇梶を抱きしめたまま浅羽はまた眠りに落ちた。


(そんな顔どこに隠してたんだ。)


心とろかすような手放しの笑顔。

握ったままのスマホ。

コーラの匂いのする呼吸。

不自然で苦しくなってくる体勢。

首にからまった細い腕。

熱くなっていく耳たぶ。

窓の外では雨が降り続いている。ネトフリのドラマは次の話が始まった。

梅雨入り宣言だとスマホが告げてくる。

やっぱりな、明日は室内練習だ。

冷静なつもりだがキスされたキスされたキスされたと心臓はハイペースで鳴っている。

宇梶は1ミリも動けなくなった。

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