⒏ お姉様の自覚
「ミラお嬢様がこんなに食事を召し上がるなんて……」
ミラの侍女のアイリが空になった食器を目にして、声を詰まらせながら食器を片付けていた。
どうやら母親が亡くなってから今まで食事も碌に食べていなかったらしい。無理もないとは思うけど、育ち盛りの子供がいつまでもそんな食事では問題だ。
しばらくミラの部屋に通って一緒に食事を取ろうかしら?
そんなことを考えていると、隣に座っていたミラの頭が舟を漕ぎ始めていた。
「あら、ミラ。何だか眠そうね」
「……すみません。食べたら眠くなってきて。あんなにお昼寝したのに……」
「謝らなくていいわ。今はたくさん休むべきだもの」
私はテーブルを片付けているアイリに、先にミラをベッドに運ぶように命じる。
「すぐにベッドを整えますわ」
「私も手伝います」
アイリをマリアが手伝い、すぐにミラはベッドへと運ばれた。
「……お姉様」
ベッドに横たわったミラがぼうとした顔で私を呼び寄せる。
私が松葉杖をついて移動すると、マリアがすぐに椅子を用意してくれた。
「なあに?」
私はその椅子に座ると、ミアに訊く。
「あの、私が眠るまで手を繋いでもらってもよろしいですか?」
――きゅん。
可愛い!
なんてこと!? 私の妹、天使なんだけど!?
モジモジと恥ずかしそうに話すミラに、私の母性は胸を撃ち抜かれる。
「ええ。もちろんよ」
私はシーツの傍からちょこんと出たミラのか細い手をしっかりと握った。
食事を摂ったからだろうか、柔らかいミラの手は温かく、握っているとこっちまで安心してくるようだ。
――そう言えば、こんな風に誰かの手を握ったのはいつぶりだろうか。
「おやすみ。ミラ」
「はい、お姉様」
まもなく、すぅと寝息を立てるミラに私は優しく頭を撫でた。
「……」
「……何よ」
マリアが物言いた気にさっきから私を見ているのに気づき、顔を上げて訊く。
「いいえ。その……」
言葉を濁すマリアに私は鼻を鳴らす。
「私がミラに優しくしているのが意外すぎてビックリした?」
「そ、そんなことは………………ええ、あります」
――正直者である。
だから、マリアは好きだ。
下手におべっかばかり口にして、人の顔色を窺う侍女より、マリアのようにズバリと言ってくれる人間の方が信頼できる。
「やっと、私も姉として自覚したのよ。……私も、お母様がいない気持ちはよく知っているから」
「お嬢様……」
「ああもう! しみったれた空気は嫌い。マリア、部屋に戻るわよ」
そう言って、私はアイリに明日また来ると言い残し、妹の部屋を出た。
――――――
「マリア。良い姉とはどういうものだと思う?」
足が怪我をしているためお風呂に入れない私は、部屋でマリアに濡れタオルで身体を拭いてもらっていた。
今日は久しぶり部屋から出て、あちこち移動したので、汗をかいてしまった。
「良い姉ですか?」
マリアはタオルを水で濡らすと固く絞ってから私の背中を丁寧に拭きながら、訊き返す。
水に濡れたタオルは少し冷たいがさっぱりして気持ち良かった。
「ええ。私、ミラにお姉様と呼ばれたいのよ。その為にはそれに相応しいお姉様にならなくてはいけないでしょう? でも、どうしたらミラに尊敬されるようなお姉様になれるのか、検討もつかなくて」
「まぁ! 口先だけでなく本当に心を入れ替えられたのですね、お嬢様」
「……マリア」
「痛っ」
私はタオルを持ったマリアの手を抓った。
「ううっ。お嬢様、そういう所ですよ」
マリアが抓られた箇所を摩りながら、唇を尖らせる。
「え?」
「そうやって直ぐに手を出すじゃないですか」
「い、今のは貴女が生意気言うからじゃない!」
「まぁ、今のは私の失言でした。けど、私に限らず何かあると手を出したり、物を投げたり、癇癪起こしたり、みんなを困らせるようなことをしますでしょう?」
「うっ……、そ、それは」
身に覚えがありすぎて、反論できない。
だって、今までの私の言動と言ったら、屋敷に仕える使用人に我儘を言って困らせるのは日常茶飯事。気に食わないと物を投げる、手を上げるは当たり前。
そして、その被害を一番受けたのは紛れもなくミラだ。
一例を挙げると、
・初対面のミラに「家族になる気なんてないから」「私をお姉様だなんて呼ばないで。グレース様と呼びなさい」と暴言を吐く。
・身内のパーティで披露されたミラが気に食わず、ドレスにジュースをぶちまける。
・ミラのお気に入りのぬいぐるみを隠す。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ……
うわー。私って嫌なやつ!
よく、ミラは「お姉様」って呼んでくれたわね!?
あんなに意地悪され続けていたのに、純粋すぎない?
ピュアの塊なの?
天使?
そうね、やっぱり天使だったんだわ。
「それではミラ様に尊敬されるようなお姉様になれません」
「……う、あ。………………そうね」
マリアの言葉に観念して、私は頷く。
自分の誤ちを認めることは、かなり難しい。
今まで意固地にミラを嫌い、屋敷の者に我儘言い放題だった私にとって、それはとても大変なことのように思えた。
しかし、私はミラの尊敬される素敵なお姉様となるのだ。
それには今までのような我儘いっぱいのグレースではダメだ。
私はここから生まれる変わる!
それくらいの気合いを持って、振る舞いを変えなければ!
ーーしかし。
正直、今までの自分が自分なだけに、自信がない。
私は途方にくれて、マリアに訊ねた。
「……私にできるかしら」
「ふふふ。ミラ様のお見舞いに行かれた今日のお嬢様は素晴らしかったですわ。この調子でいきましょう」
そう言ってマリアは笑うと、励ますように優しく私の肩を撫でた。