⒎ 悪役令嬢はお姉様と呼ばれたい!
「――う、うん? ここは?」
重い瞼を擦り、目を開くと見慣れない天井があった。
寝返りを打つと、そこに美少女がいた。
――え、天使っ!?
すごい美少女がいるんだけど??
前々から可愛いとは思っていたけど、実際改めて間近で見ると本当にミラは可愛かった。
ふわふわの柔らかい金色のブロンドに、陶器のような白い肌。
長いまつ毛に綺麗な鼻筋、そして小さな口と、なんとも整った造形だ。
まるでお人形さんのよう!
なんて可愛いのっ!
これが私の妹?
「う、うーん。……おねえさま?」
ぼんやりと薄瞼を開けたミラが私の姿を確認して、ニコッと笑みを浮かべる。
――はぁぅ。私の妹、天使!!
え、本当に背中から白い羽生えてないよね?
これが誰からも愛される乙女ゲームヒロインのキャラクターなの!?
いや、まだゲーム世界とは信じていないけれど、もしミラがヒロインならば説得力のある可愛さだ。
私は胸の奥から湧き上がる初めての感情に戸惑った。
「お姉様?」
ミラがキョトンとした顔で私を見る。
ーーお姉様っ!
なんて耽美な響きっ!
え、私のことよね。
自分から言ったことなのに、慣れない響きに体がむず痒く感じる。
そうか、お姉様か。
愛らしい妹から発せられる響きがこんなにも気持ちの良いものだなんて!
ああ、今まで意固地になっていた私の馬鹿。
「お姉様」と呼んでくれる妹、最高じゃない?
「……大丈夫ですか?」
気づけば、心配そうな表情でミラが私の顔を覗き込んでいた。
はっ。いけない。いけない。
お姉様が妹を心配させてどうするの!
「ゴメンなさい。少しぼんやりしていたわ」
私はキリリと顔を取り繕うと、キョロキョロと首を巡らせて状況を確認した。
どうやらここはミラのベッドの中らしい。
「私たち、いつの間にか眠ちゃったようね」
「……わたし、久しぶりにぐっすり眠れました」
「…………」
「わぁ。お姉さま、くすぐったい」
愛おしい感情に任せてミラの頭を揉みくちゃに撫でると、彼女はキャッキャと声を上げて笑った。
その笑い声を聞いて、天蓋の布が開き、マリアが顔を出した。
「お目覚めになりました?」
「ええ。ごめんなさい。いつの間にか眠ってしまっていたわ」
「いいえ。――もうじき、お夕食の時間になりますが如何されますか?」
「……夕食」
私は横にいるミラの顔を見て、マリアに言う。
「私たち、ここで食べるわ」
ーーーーーー
「ミラ。少しでもいいから口にしなさい。スープはどうかしら、温まるわよ」
マリアとミラの侍女(名前をアイリと言うらしい)が用意してくれた夕食がテーブルの上に並び、私はここ数日碌に食事に手をつけていないミラに負担の少なそうなスープを勧めた。
ミラはゆっくりとした動作でスープを啜る。
「……美味しいです」
「良かったわ。少しでも食べなくちゃね。もう少し食べれそうなら、このリゾットはどうかしら」
「はい。食べてみます」
「熱いから気をつけてね」
少しずつだが食べ進めるミラにホッと肩を撫で下ろす。
全く食べれないということは無さそうだ。
この分なら早めに回復するかもしれない。
「……ねぇ、貴女」
私はミラに気づかれないよう、こっそりとアイリに声をかけた。
「お父様って、ここに顔を出してる?」
「……旦那様ですか」
戸惑いの表情を浮かべるアイリの様子に返事を聞くまでもなかった。
「あ、分かったわ。ありがとう」
「……はい」
ーーお父様め。
母親を亡くしたミラのところへさえも顔を出していないなんて。
知っていたけれど、本当にクズね!
私は怪我で参加できなかったが、リリーのお葬式からずっとミラは一人でこの部屋にいたのだろう。
さっきまでの憔悴しきった姿を思い出し、胸が痛くなった。
――なんて、可哀想なミラっ!
ここがゲームの世界だとか、ミラがヒロインで、悪役令嬢が私だとかは、どうでもいい!
こんな可愛い天使を私が守らなくて、誰が守るの!?
健気に一生懸命食べるミラの姿を見て、私は硬く心に誓う。
――決めた!
誰がなんと言おうと、ミラの平和はお姉様である私が守る!!
「ミラ!」
「は、はい。……何でしょう、お姉様」
突然話かけられたミラは、目をまんまるにして私に注目した。
「これからどんなことがあっても、貴女はこのお姉様が守ってあげるからねっ!」
前世の記憶を取り戻したグレース・ローランド伯爵令嬢。
彼女は悪役令嬢という妹を虐める意地悪な姉の設定だったが、齢12歳でその役割から大きく運命を変える。
――これが超シスコンお姉様の爆誕の瞬間であった。